第42話カナリア街の開戦
この場から逃げ出したい鹿島は、マーガレットとパトラが台所脇のテーブルで何やらひそひそ話を始めるのを見て、現状二人が自分を無視するかのように感じた。
鹿島は幸いにも、二人のうちから一人を選べないことで、昨夜の追及から逃れることに感謝しつつ、コソコソと居間のほうへ向かった。
周囲の居間空間は静寂漂う様に整理整頓されているが、漂う雰囲気は暖か味持っている。
鹿島はマーガレットとパトラの姿を横目で見つつ、コソコソと居間のソファーの陰に隠れて、タブレットパソコンを静かに開いた。
そこで静かにタブレットパソコンを開き、画面に映し出されたサンビチョ王国を含むパンパに面した四か国と、その外側にある傭兵を募集していた二国の動きをも、注意深く観察しだした。
サンビチョ王国を含むパンパに面した四か国の動きを個別に注視し始めた。
特にサンビチョ王国を含む、パンパに面した四か国軍の行動が、特に激しく移動しているのが目立つのを感じた。
彼らの活動は非常に活発で、その動きは激しく、顕著に移動していることが感じられる。
しかしながら、他に傭兵を募集していた二国は、パンパに出るには,共に他国領土を越えなければならない位置である。
それゆえか、その二国とも兵の動きが遅く、戦闘前夜とは思えないほど活気が感じられない。しかし、パンパに出るにはその二国共に他国領土を越えなければならない位置である。
それゆえか、その二国とも兵の動きが遅く、戦闘前夜とは思えないほど活気が感じられない。
だが、傭兵を募集した理由が他にある場合、その答えは一つ、空き家を狙っていることであろう。
また、サンビチョ王国と境界を接する国で傭兵を募集し軍勢を整えたのは、新興のカントリ王国である。
亜人協力国から侵攻を計画しているヒット王国は、サンビチョ王国とのみ国境を接している。
そのため、戦闘中や戦後の問題は少ないと思われるが、過去に高原での戦いでサンビチョ王国を越えて新興国家カントリ王国が侵攻してきたことがあり、再侵攻は無きにしも非ずだろう。
だが、新興国家カントリ王国軍の配置を分析すると、前回のように他国の領土を越えて進軍するよりも、直接、防御が手薄なサンビチョ王国への侵攻が予想される可能性の方が高い。
軍備を整え、活発に行動している他の二カ国と接している近隣一のムー帝国はパンパまでは遥か遠く過ぎた。
だが、反テテサ派の損傷が甚大であったり、パンパでの紛争が長期戦になれば、これらの国々に攻め込む可能性がある。
しかし、反テテサ派の勝利の可能性が高いため、カントリ国とムー帝国は様子を見守る態度を取っているようだ。
反テテサ派が勝利すれば、勢力バランスが変わるだろう。そのため、現状ではカントリ国とムー帝国は慎重に警戒を続けているように見える。
軍備を整え、活発に行動している他の二カ国と接している近隣一のムー帝国はパンパまでは遥か遠く、ムー帝国も間違いなく、反テテサ派の損傷が過大であり、長期戦になるならば、これら二カ国に攻め入る可能性があった。
とは言え、反テテサ派が短期間で勝利する可能性があるため、カントリ国とムー帝国は軍事行動について結果を待つ構えを見せている。
反テテサ派が勝利を収めた場合、勢力バランスが変化することが予想される。
そのため、カントリ国とムー帝国は警戒しており、互いに連絡を取り合っている様子が伺える。
鹿島とムンクを含む四名の運営委員は、ヘレニズ公爵の亡命申請を受け入れるため会合を開催した。
会合場のテーブルには、力なくうつむいているイアラ王女も、ヘレニズ公爵のそばにいる。
「ヘレニズ公爵の亡命は、受け入れましょう。臨時政府を樹立する予定ですか?」
「現時点でそれが最良の案だと思います。」
「旗印はどなたですか?」
「イアラ王女にお願いしましたが、サンビチョ王国間の戦争を嫌がっています。私が旗印となり、ゲルグ新国王に立ち向かうつもりです。勝利すれば、幽閉されている前国王を復位させます。」
「イアラ王女自身にとって、血肉分けた兄との争いは難しいかもしれません。だが、援軍の件了解しました。我が軍を貸しましょう。」
「ありがとうございます。」
イアラ王女は突然椅子から立ち上がり、
「兄上様を説得します。兄のやり方は無謀で、摂理に反する行動です。道理を訴えれば、理解していただけるでしょう。」
イアラ王女は、兄であり新たな国王である彼に対して、敵対することを躊躇している様子が見受けられた。
「イアラ王女殿下、それはかなり困難かもしれません。」
ヘレニズ公爵は、何とかしてイアラ王女を旗印にしたいという希望を含めつつ言った。
「なぜでしょうか?兄は父を尊敬しています。ただ、何かの原因で心が曇り、周りが見えなくなっているのです。
その原因を突き止めれば、対策を立てることができるでしょう。」
「イアラ王女殿下は、皆が善意で行動すると信じているようですが、新国王ゲルグは前の国王を幽閉しました。彼は今、慢心から傲慢へと変わってしまいました。戦いに敗れて初めて気づくでしょうが、戦いが始まるまで彼に何を言っても通じないでしょう。」
イアラ王女にとって、兄であるゲルグ新国王に関する見方は、善悪の判断や損得勘定で動かされたわけではなく、彼自身のわがままとおだてられた結果生じた慢心に過ぎないとの思いからか、そのため、彼が傲慢に変わった事実や、国の運命に関わる重大さを完全には理解していないようです。
ムンクは、
「亜人協力国として、サンビチョ王国の対応は、戦後処理の状況を考慮して判断されるべきです。したがって、イアラ王女とヘレニズ公爵には、現状で何の対策も取れないため、会議から退席していただくことになります。」
一方、鹿島はムンクに対して、
「彼らの相談に乗り、必要な支援を提供するよう頼む。」
と指示した。
コーA.Iからの報告によると、
「ムー帝国軍とカントリ王国軍は、反テテサ派が敗北したとの報告を受けると、反テテサ派の国々への侵攻を行う可能性が高いと考えられています。それに伴い、両国は同様の判断をしているようです。」
したがって、亜人協力国運営委員会の全員は、ムー帝国とカントリ王国による侵略の可能性がある国々では、亡命政府の樹立を検討する必要があると認識していた。
会議中、さらにコーA.Iから、緊急の知らせが入った。
各反テテサ派の諸国連合が動き出し、二日後の昼には神降臨街に集結できると予測された。
ヒット王国にとっては、カナリア街での戦闘を二日後の朝に行い、夕方までに鎮圧し、翌日の神降臨街での戦いに参加して戦利品の山分けに加わる計画であろう。
報告から、神降臨街での戦闘は三日後の朝から始まると仮定された。
コーA.Iからの報告には、興味深い情報も含まれていた。
二日後の朝、爆弾低気圧が近づき、午後には強風と大雨が予想される。
もう一つの情報は、三日後に低気圧が過ぎ去った後、正午頃に皆既日食が観測されるということだった。
皆既日食の予報を聞いた鹿島とマーガレットは、顔を見合わせてガッツポーズをした。
「テテサは使徒の助けを得て、聖人として認められるでしょう」とマーガレットは両手を挙げて言った。
一方、テテサ、パトラ、マティーレは、鹿島とマーガレットの興奮を不思議そうに眺めていた。
「皆既日食って何?」とパトラが不審げな顔で尋ねた。
「それはテテサが聖人であることを証明できる出来事なんです」と鹿島が答えた。
「コーA.I、皆既日食について説明してください」
「皆既日食とは、太陽、月、そしてこの惑星が一直線上に並ぶ現象です」
「太陽、月、惑星って何?」
「太陽は太陽、月は月、そして惑星は私たちがいるこの大陸のことです」
「それがテテサとどう関係があるの?」
「太陽が上空にあるにも関わらず、夜になります。太陽が月に隠れて、五分間だけ、大陸に光が届かなくなるのです」
「月が太陽の前に来るだけで、夜のように暗くなるの?」
「月の影が大陸全体を覆い、光が届かなくなるため闇夜となります」
そこでマーガレットが立ち上がり、
「反テテサ派の司祭たちが嵐と闇を引き起こしたとし、その後にテテサが使徒を使って闇を払うのです」
「嵐は悪魔の性質を象徴し、闇はカオスの始まりを意味するのですね」とテテサは納得した。
テテサの言葉に、全員が理解した様子であった。
どのように演出するかについての議論が始まると、鹿島はカナリア街の情勢を確認するために部屋を後にした。
監視衛星からのスクリーンには、明け方のどんよりとした薄暗い雲の下、カナリア街での戦闘が映し出されている。
六時頃から始まった外壁の戦いは、まだ続いていた。
ヒット王国は短期決戦を目指しているようだ。
三万の兵士が長い梯子を担いで、カナリア街の外壁東門に向けて突撃を開始した。
しかし、この一点集中的な攻め方は、火力が強い敵に対しては危険であった。
多くの死傷者を出し、防御が厚く守られる結果となった。
七人の戦士が操作する大砲は、東門側の城壁上に三十門全てが配備されている。
トーマスは城壁上で指揮を執っている。
副教育参謀三名が七人の戦士に各砲門の点検を命じ、彼らはせわしなく動き回っていた。
ヒット王国軍の先頭が壁から五十メートルに迫った時、密集した集団の中心で火炎爆発が起きた。
樽に積み込まれたガソリンに火が着いたらしい。
黒い煙が戦場を覆い、ヒット王国軍は火だるまとなって逃げ回っていた。
戦場の中心は残酷な修羅場と化していた。
砲門からは慈悲のかけらもない怒りの声が続き、惨劇は絶え間なく続いていた。
梯子を担いだ先頭集団は、後ろの惨事から逃れようと城壁に向かった。
しかし、壁に梯子を立てかける前に、矢と火炎瓶の攻撃に遭っていた。ヒット王国軍の先頭は、後衛からの援護射撃もなく、壁に取り付く前にほとんどが死傷してしまった。
ヒット王国本陣の首脳は、自軍の惨事を把握できなかった。
黒い煙が戦場を覆ってしまったためだ。
本陣からの視界は遮られ、兵たちの残酷な惨事は見極められない状態だった。
物見を頻繁に出しても、誰一人戻ってこなかった。
爆裂の合図とともに、南門と北門から二隊のエルフ騎馬隊が出陣した。
シリーたちと大蛇丸軍は北門から、ジョシュー知事軍は南門から東門の戦場に向かっていた。
エルフ騎馬隊は黒煙を避けるために大きく後ろを迂回し、ヒット王国本陣を両方から目指していた。ヒット王国の兵士たちは、黒煙と噴煙の中で方向を見失い、その場で右往左往していた。
最初に敵と遭遇したのは、ジョシュー知事率いる軍だった。
爆裂音が止み、彼らの後ろから強い風が吹き、戦場の煙と埃を吹き払った。
そこには、多数の死傷者が横たわる光景が広がっていた。
ヒット王国軍は、煙と埃の中から姿を現した敵軍を目にすると、ジョシュー知事軍を避けるように逆方向へ駆け出し、戦場から逃げ出した。
ジョシュー知事は、戦場に残った百人足らずの兵士を目指し、突撃を命じた。
その間に、ヒット王国の百人隊長は、自軍の死傷者の多さに圧倒されて立ちすくんでいる。
その背後からは、千人にも満たない敵軍が、逃げ惑う味方を追っていた。
百人隊長は、視界を遮る煙と埃の中で、後方に待機している万余りの完全武装の味方兵を確認すると、伝令に向かい、
「後方部隊に援護を要請しろ!」とどなり、
彼はジョシュー知事率いる軍に対し自ら先頭に立ち、部下に迎撃を命じた。
しかし、ジョシュー知事軍の勢いは強く、多勢に無勢の劣勢状態である。百人隊長は、後方の味方兵からの援護を待ったが、数百メートル後ろにいる万余りの兵は救援に来なかった。
ヒット王国軍の後衛を指揮していたササリ侯爵は、目の前で繰り広げられる強烈な爆発と炎の惨劇を恐怖に満ちた表情で見つめていた。
彼は何が起きているのか理解できずにいたが、その時、彼の前方を横切るように武器を投げ捨てて逃げ去る味方の兵士が現れた。ササリ侯爵は唖然としてその兵士を見送った。
敵による一方的な殺戮を受けている中で、敵は遠く壁に守られ、反撃することすら不可能な状況だった。
この絶望的な戦場で、ササリ侯爵は発狂寸前の状態に追い込まれていた。
そんな中、救援要請を受けた彼は、その声をうわの空で聞いていた。
ササリ侯爵は放心状態に陥り、その状況で配下の兵を動かすことは自殺行為に等しいと感じていた。
その時、強い風が突然吹き抜けて、戦場の煙と埃を払いのけた。そして、続いてその先には、前国王の旗印を掲げた軍が現れたことで、彼は身体が硬直してしまった。
前国王の旗印に忠誠を誓ったササリ侯爵は、自身が硬直した理由を理解していた。
しかし、彼の敵が反乱軍と偽善的な亜人協力国であるにもかかわらず、王族の内紛に巻き込まれる理由はない。
そして、ましてや前国王の旗印に挑むことは考えられないと、彼は自分自身を納得させていた。
エルフ騎馬隊は、ヒット王本陣の後ろに回り込み、戦場に不似合いな羽飾り付きの甲冑を着た近衛兵に守られるヒット王ドーミイとタリア伯爵を確認した。
その後、彼らはカナリア街のトーマス元帥に砲撃の救援を要請した。
砲弾は的確にドーミイとタリア伯爵を避け、三百の近衛兵を半数以下に減らした。
エルフ騎馬隊は、解き放され逃げ去るエミューと共に四散する近衛兵を無視し、整然と並んだヒット王軍後衛に向かった。
そこで、徒歩で逃げるドーミイ王とタリア伯爵、及び彼らを護衛する近衛兵を確認すると、エルフ騎馬隊は近衛兵を一人ずつ銃で狙い撃ちした。
エミューに乗ったシリー等娘と大蛇丸軍、それに伴う歩兵隊はヒット王軍の後衛を通り過ぎた。
その時、エルフ騎馬隊に追われているドーミイ王とタリア伯爵が、徒歩で逃げてきて前方に現れた。
その間、ジョシュー知事の軍も戦場方向から逃げるドーミイ王とタリア伯爵を追いかけてきた。
羽飾り付きの甲冑を着た近衛兵たちは逃げ足が遅く、逃げ遅れた者たちはエルフ騎馬隊による銃剣の攻撃で次々と倒されていった。
ドーミイ王とタリア伯爵は、ジョシュー知事の軍、シリー等娘たち、そしてエルフ騎馬隊に囲まれ、動けなくなってしまった。
シリー等娘がエミューから飛び降りて、ドーミイ王とタリア伯爵の前に進むと、シリーと二人の女戦士がドーミイ王を、ジャネットと二人の女戦士がタリア伯爵を取り囲むように立ち向かった。この配置は事前に打ち合わせられていたようだ。
決着を早々とつけたのはジャネットだった。
彼女はトーマス元帥流の「肉を切らせて骨を切る」戦法で挑み、触れるものみな断ち切る様に、タリア伯爵が振り下ろした刃とともに彼の腕を断ち切った。
その後、隣の女戦士たちがタリア伯爵の甲冑を貫通するように尾刃剣を鎧越しに深々と脇下に突き刺した。
そして、ジャネットは反撃の返す刃一撃でタリア伯爵の首を落とした。
シリーは、相手が仇であるとしても、人を切ることに、特に相手が叔父であることから、ためらいを感じていた。
そのため、彼女は切り込むことができずにいた。
シリーたちの間に割り込んできたのはジョシュー知事で、彼はドーミイ王に剣ごと体当たりを試みた。
ドーミイ王は彼の剣を払いのけたが、体当たりは避けられなかった。
ジョシュー知事とドーミイ王は転がりながら、互いの剣を持った腕を掴み、攻撃を防ぎつつ、上下になりながらも格闘を続けていた。
二人はお互いに優位を確立しようと、全身で奮闘していた。
ドーミイ王がジョシュー知事を押さえ込むと、シリーに従う二人の女戦士がドーミイ王の横腹に尾刃剣を深く突き刺した。
「王女様、早く首を!」と彼女たちは叫んだ。
その声を聞き、シリーは反射的に剣を上段から振り下ろして、ドーミイ王の首をはねた。
「快感がない」と呟くシリーは、返り血を浴びたまま、その場に崩れ落ちた。
強い雨の中、ササリ侯爵が用意したゲルの中で、シリーは虚脱感に包まれていた。
その様子を横目にジャネットは、生き残ったヒット王軍にテントの設置と生存している傷兵の救護を命じた。
カナリア街とヒット王軍から集めたゲルとテントが城壁外に並び、粗末ながらも野戦病院として機能し始めた。
ガイアに愛をもらった男 かんじがしろ @tontontoyo
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