第9話亜空間ワープ

  鹿島陸佐にしては、

ジャンプ前の日まで休むことはないのだが、

今日のような朝からのんびりするのは、

目の保養をさせていただいた化粧した副艦長のおかげであると感謝している最中に、


「隊長。」


 また、脳筋娘がノック無しで入ってきやがったので、

鹿島は、今度こそは注意せねばと思っていたが、


「今度は何だ。」


「昨日の説明必要ですか?」

「あ、あ、頼む。」


「副艦長殿は、隊長のことを訓練、訓練と言うことだけの、

パラハラスメントだけの上司だと、思っていたようです。

私が隊の事情を説明して、納得して頂きました。」

「何を、どの様に、サッパリわからん。」


「隊長は、私たちを絶対一人も見捨てないと、言い聞かせました所。

副艦長殿は、隊長のことを武士道の人と、言っていました。」


「また別の誤解をさせたようだが、

想像で、副艦長殿は、俺に対しては、心情がよくなったと納得しよう。」


「これは、貸しということも。」

「安くしてくれ。」

「値段は、わたしが付けます。」

脳筋娘は、ガッツポーズしながら退室した。


 鹿島は、あれでよく副艦長にナッ得してもらえたなと思いながらも、自分の交渉は、余りにもまずかったのかと鹿島なりには反省した。


 副艦長の心情がよくなったとの事は、

鹿島に淡い安らぎを与えていた。


 だが、脳筋娘へのノック無しの注意を忘れていたことも気づいた。


 鹿島の表情からは、今はただ副艦長の料理に感動しているので、

太陽が西から上がっても許せてしまう様子である。


 ジャンプ、三十分前。


 ワープ耐性室座席では、陸士達のベルトや吸引器等の点検を、

ビリー陸曹、ヤン陸曹、ポール陸曹等が、陸士達をせわしく確認している。


鹿島は脳筋ムキムキ娘に目をやり、

「シーラー陸士長、どうだ!」

「大丈夫です。ジャンプは、不安ですが。」


「無理してくれ!誰か不都合な者は?」

「いません。準備は完璧です。」

と、ホルヘは答えた


陸曹三人共に着席して、トーマスの点検を受けている。


「ベルトOK,座席角度OK、座席固定OK,吸引器位置OK。」


 トーマスも席に着き、4点検OKの確認している。


「亜空間ワープ、10分前、、、9分前、、、8分前、、、、、、、、、、、、、、、、1分前、59、58、、、、、、10,9、、、、、3,2,1、今。」


 緑色の天井は一面何もないはずなのに、ゆっくりと揺らめき、

水玉に変化しては、ちぎれてまた伸びて飛んでいく変則な動きだ。


 直線性のものは、

芸術的にねじれて曲がりくねりに見えるだけである。


 亜空間ワープを開発した科学者グループは、三分間の初運航の後、


「乱気流の中をジェットコースターが、超高速で走っていた。」

と、評価した。


その後、私し事としての会話では、

「二度と体験したくない。」

と、追加表現されたようである。


 此れは、有名なエピソード話として、語り継がれている。


 目をつぶるとめまいや頭痛がして、頭を中心に回転するが、

いつまでも目をつぶらないのが胃の物を守る。


 白い天井だと、眩しくて目を開けられないそうである。


 黒はジャンプ後も目の前がいつまでも暗く、

何故か精神を壊すらしい。


 赤色と黄色は論外で、

目の前には花は咲かないらしいが、頭の中がお花畑になるらしい。


 ジャンプ後、時々陸戦隊に於いては、

頭の上にお花畑を乗せているのではと感じさせる奴もいるが、

その後の戦闘後、お花畑を乗せているみたいな感じの奴と、

二度と会うことはないらしい。


 ワープ中には、周りに時間を知らせるものは何もないから、

時間は確認でき無いのである。


「もう~限界だ。」

と、呟き、目疲れなのか眼球の奥が痛いと更に呟くが、しかしながら、

目をつぶると地獄が待っている。


 陸戦隊皆は気を失いたいだろうができないから、

もう少し頑張るしかないのである。


 ジャンプが終わるまで周りの音は何も聴こえないが、

耳鳴りだけは五月蠅いらしい。


 鹿島は、

突然に重力加速度Gをジャンプ中であるのにも関わらず背中に感じた。


 艦司令室においても、

全ての窓側と天井にはドーム型緑色の防護壁が下ろされた。


 マーガレットは、

副操縦席に座り舵の固定位置を確認して握り絞めながら、

再度固定ベルトの点検をも確認した。


「各部所機関は、亜空間ワープ準備OKですか?」

と、全乗務員用無線通信を発した。


「機関部です。計器確認、燃料圧力80、燃料残63、すべて正常。」

艦司令室は、各部位機関からの通達を確認した。


 各部位機関において亜空間ワープ中にトラブルに見舞われた場合は、どことも連絡が取れなくなるので、各機関で対応するしかないが、ワープ中はそれさえも不可能なことだ。


 マーガレットは、亜空間ワープゲートを確認して舵を握りしめた。


 傾斜状態で足元のランプの色を確認する為には、

座席で首を持ち上げなければならないのは、

設計ミスだと毎回愚痴をこぼしてしまうようである。


 赤色はワープ前と完了後で、青はワープ中である。


 亜空間ワープに入るのには、

光速の0,01%減の速さが安全性上必要であるうえに、

少しでも進入角度がずれると目的地よりかなり遠くへ出るので、

航宙技官は腕の見せ処である。


全乗務員はこの艦に初乗艦であったが、

六度目のワープまでは、

無事に予定地点についたので最後の亜空間ワープである今回も不安はない。


「3,2,1、今。」

マーガレットの足元は青である。


 マーガレットは、今の後、2~3センチ浮いたような気がしたが、

そんな些細な動きは感知できないと思い直した。


 しかしながらも、いつもより水玉の千切れが速いのではと感じて、気にしだしていた。


 それにワープ中には理論上は加速しないはずであるが、

背中に加速Gを少しずつ感じるのは、何なのかも理解出来ない。


 マーガレットは眠気に耐えた長い時間も、

そろそろあと一時間位で亜空間ワープ完了かなと思いながら、

連続眼球運動をしながら水玉を追った。


 突然、

重力加速度Gが、マーガレットの全身を背もたれに押し潰した。


 ワープ中に、突然の重力加速度は、理論上有り得ない事であるのに、ブラックホールに吸い込まれているのだろうかとマーガレットは不安になるが、

それでも加速するなど有り得ないと思い直した。


 航宙コース近場のブラックホールまでの距離は、

100万光年以上あるはずなのに、

ブラックホールの影響は何度も繰り返し確認しているので遭遇する確率は0%のはずだと確認済みである。


 Gがますます強くなる為に、

マーガレットの口からすべての内臓が飛び出しそうになる。

 

 鹿島は、強いGの中で、

「苦しい。潰れる。」

と言って、不覚にも目をつぶってしまった。


 光速での移動中は、

外側から見る光速物は、薄い紙程に見えるらしいが、

ワープ耐性室座席での今は、紙一枚になっているのではと思えた。 


「~~完了。」


 アナウンスの声掛けで、ワープ耐性室座席の鹿島も気が付いた。 


 どの位気を失っていたのだと、

周りを見渡して座席角度90度に戻すと、

不安な気持ちを振り払うように隣席のトーマスの太股を力いっぱいに叩いた。


トーマスは、うつろに目を明けて、

「隊長、何が起きたのですか?」


 トーマスは、両手の拳を開いて見つめながら、

生きていることに安どしているようだ。


「わからん!みんなだいじょうぶか?」


 まばらな低い声がするので、もう一度確認する為、

「隣に声掛けしろ!」

と、怒鳴ると、後ろがざわつきだしたので、


「番号!」

「1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11.」

鹿島は、全員無事のようで、緊張していた力が抜けた。


 亜空間ワープ中に気を失うことは、生死に係わる事だが、

強靭な肉体であれば生存率は50%であるらしい。


 鹿島の不安は的中することなく、全員無事であったことに安堵した。


「おれ~、ペラペラになるかと思ったぜ」

誰かが言うと、賛同の声が多々聞こえた。


「みんな楽にして、暫くそのまま待機してくれ。」

だが皆は、思い思いの不満と感想を主張し始めているが、

鹿島は咎めることをもしなかった。


 一斉に、イヤホンからのわめく声で、マーガレットも気が付いた。


 どのくらいの時間気を失っていたのだろうかと、

経験したことのない不安が襲った。


「ランプの色、赤色。」

と、イヤホン越しに何人かの声がする。


「司令室!こちら機関部から緊急状況報告、エンジン機関停止中、

主タンク燃料0です。艦長!指示願います。」


「艦長は脳波停止の為に、

指揮不能になったので副艦長に指揮権が移行しました。

マーガレット.パラベシーノ3等航佐は、

艦長代理になり指揮権発動してください。

なお、亜空間ワープ中の犠牲者は、一名です。」


 リカーからの無線通信に、

マーガレットは、緊急事態の状態でやらねばならない事があふれてきた。


「代理拝命うけました!マーガレット3等航佐艦長代理です。リカーわかる範囲で、現状報告。」


「現在地不明です。

300万光年内座標無し、

座標軸500万光年先に追加延長中、

燃料圧力0、燃料補助タンク五千ガード残、

現在艦維持残エネルギー325分、

艦体表面のソーラーパネルは外圧により、60パーセント変形したが、航宙に支障無し。」


「機関部機関長!

燃料補助タンクのエンジン通穴パイプライン開け!」


「努力していますが、外側バルブの変形により、開けきれません。」


「300分以内に、燃料圧力5%を確保すること。

確保したのちは、指示するまで5%維持。各部連絡ください。」


「探索部、オードリー重力探索技官です。

ワープ中にGが起きたようですが、

Gの重力点は感知出来ませんでした。

不審な艦外映像をスクリーンします。」


「映像オープン了解です。」


 映像からは、周りに幾重もの見慣れた光の次元糸が流れている。


 前方映像には、ねじれて蛇行した光の広い川が映し出されるが、

映像は、ねじれ蛇行しながら浮き沈みを繰り返して進んで行くと、

突然にミルク中に入った様に白一色になった


「オードリー技官。巻き戻して後方スローモーション映像。」


 後方映像には、ワープに入った瞬間に、

ミルクみたいな塊が後ろに現れた。


 広範囲に広がっている白色靄(しろいもや)は、

徐々に艦尾に接近し出してくる。


 接近後、白色靄が艦を包み込んでいるようである。


「なんだ、これは、何なのだ。」

マーガレットは、理解不能に陥ってしまった。


 鹿島は艦からの状況連絡がないので、

陸戦隊は忘れられているのかと感じた。


「リカー、通話いいですか?」

「はい、鹿島陸佐!」


「司令室に連絡取りたいが?」

「了解しました!」


 リカーからの、マーガレットに通信が入った。


「鹿島陸佐より、通信要請があります。」

「許可する。」


「艦長代理からの許可が出ました。どうぞ!」

マーガレットからの返事は速かった。


 鹿島は、リカーから艦長代理との言葉に違和感があったが、


「鹿島陸佐です。

開示出来る範囲での状況に付いて、教えて頂けませんでしょうか?」


「亜空間ワープは、完了しています。

現在地不明で、座標調査確認中です。

なるべくその場から放れないよう、お願いします。」


 現在地が不明であるなどあり得る事だろうか、

ジャンプ後、多少の誤差はあるが、

不明な別地点に出る事は、

理論上あり得ないことを鹿島は学んだように思った。


 鹿島は、思いがけない弱気なマーガレットの声に驚きつつ、

艦長代理の言葉をも理解しないまま、


「状況把握しました。

個人的に、何かお手伝いできることがあれば、お声掛けください。」

と、声がけしたのは、

艦長の身に何かが起こったのではと感じてのことだった。


 マーガレットの弱気発声音を聴いたときに、

何か緊張しているなと感じつつ、

戦闘中の兵士のうめきにも似ていると想いながら、

何か良くないことが起きている雰囲気を感じた様子である。


 トーマスは怪訝な顔で、

「隊長、今個人的と、聞き取れたのですが?

航宙軍に、我々を必要とすることが、起きているのですか?」


「わからん!副艦長の声は、

重圧の中、ぎりぎりの戦いをしている感じだ。」


 脳筋ムキムキ娘が斜め下から、上目づかいに、

「隊長は、副艦長殿を、仲間と認めたのですね~。」


「何で?」

「仲間は、見捨てないでしょ!」


 そんなやり取りしている最中に、リカーからのアナウンスがあり、艦長代理から要請があると言ってきた。


 マーガレットは、鹿島からの、

「個人的に、何かお手伝いできることがあれば」

との言葉で気付かされた。


 「個人的?あっ!艦長。」

と、マーガレットは短い声を発して、

艦長の容態の事はすっかり頭から抜けていたようで、

この様な緊急事態経験はしていたはずなのに、

正体不明の白色靄や座標を確認できない事で、

既に冷静さをなくしている様子である。


 以前の事故では、終わったあとでの反復では、

たいしたことはない事ばかりだったので、ひとつずつ片付けていけば、これ以上は、悪くならないはずであると、マーガレットは思い直した。


「ソシアル航宙技官、エンジン稼働したら、速力5%で推進。」

「了解です。艦長」


 マーガレットは、

司令席の横に立ち艦長の腕を取って脈拍を確認すると、

冷たい手と無脈拍であるのと、

苦しんだ後なのか全体の皮膚が黒ずんでいるのを確認した。


「リカー、鹿島陸佐に、連絡して。」


 マーガレットは、猫の手も借りると決めたようである。


「了解」

「はい、鹿島です。」

「鹿島さん。お友達と四人程で、医務室からタンカーを持って、

艦指令室に来ていただけませんか?」

「はい、承りました。」


 マーガレットの心には、

鹿島殿から心地良い、頼もしいと思える返事が返ってきた。


「トーマス、ビリー、ヤン、来い!あと、待機。」


 鹿島は、マーガレットが自分を必要と認識してくれた事で、

改めてわだかまりを溶かしてくれたのだと確信した。


 鹿島は、

マーガレットの鹿島に対する冷やかさが今度こそ溶けてしまっていると確認出来た事で、

自信と喜びが湧いて来た。


「マーガレット嬢、階級で俺を呼ばなかったことは、

個人的と言い方にすぐに気が付いた。さすがだね。」


 上級航宙士官であろうと陸戦隊に命令はできないが、

個人的に頼むことは可能である。


 四人は駆け足で医務室からタンカーを二本持ち出すと、

韋駄天の走りで司令室へ向かった。


 白磁色肌のマーガレットは、司令官席の前に立っていた。


 普段から肌は白いが、今は度を超えているような白さである。


「艦長を、医務室へ。」


 四人がかりで、艦長をタンカーに移して医務室へ向かった。


 艦長の露出した肌は青黒く、全身内出血のようである。


 艦長を医療ポットに入れて全身をスキャンすると、

脳内出血、心臓破裂、全身血管破裂と表示された最後に脳死確認がされた。


 マーガレットは、医療ポットの保管スイッチをONにすると、


「2級非常事態宣言となりますので、一か所に待機願います。」


 3級で、持ち場に1分以内に待機できる状態である。


 1級では、敵景を確認した戦闘状態になった事である。


 2級の発令は、

対敵戦闘地域に入ったことで、受け持ち場への待機状態である。


「小ホール室で待機しています。」


 鹿島は、

マーガレットがあまりにも緊張していることに気が付いて、

「現在地不明で、座標調査確認中」との言葉を思い出したが、

輸送艦は、宇宙空間で漂流艦になってしまったのではないのか、

との事には触れずにその場を離れた。


 

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