第8話 容姿端麗
ホール食堂内は、広い長めのテーブルを一列に並べていた。
ひな壇には艦長席と空席が一つ有り、
向い左側席に艦員が席についている。
陸戦隊の礼服は、ベージュ色に金糸の刺しゅうで、
左胸に師団マークに桜連隊マークを貼り付けてある。
余談であるが、
陸戦隊の菊連隊と鹿島達の桜連隊はライバル関係である。
航宙軍礼服は白地に青のストライプで、
同じ様に左胸に師団マークに連隊マーク、
しかし全員のマークはばらばらである。
艦員同士も初顔合わせらしく、
出航時の通信ミスをお互いに謝りあっている。
他方では、
修理部品と工具の情報交換を話し合っているのが聞き取れた。
この輸送艦は、余程の慌ただしい出航様子だったと鹿島は理解した。
「お待たせ~~」
「お待たせしました。」
六人の陸士給仕達は、礼服の上にエプロンをかけて現れた。
六人は、艦長殿から席順に手儀よく配膳していった。
「隊長~まだ、掴んではだめですよ~。副艦長殿も、もうすぐきます。お代わりもありますから、がっつく必要はないです。」
と、ホルヘ陸士が囁いた。
白米だ。サバの味噌煮だ。
肉じゃがに唐揚げだと、故郷の豪華料理内容に、
鹿島の心の中は踊りだした。
更にテーブルの中央に、すきやき鍋料理も五つ並べられている。
「おおおおお~~」
と、皆も目を輝かせて最初の一口をどれにするか決めようと、
各料理を見比べている。
エプロンをはずした陸士達がそれぞれ席につくと、
副艦長が脳筋ムキムキ娘を従えて入場して来た。
場の皆は、物音一つさせないで副艦長に見入っている。
副艦長が化粧しているのを鹿島だけでなく、
皆も初めてみた様子である。
男って奴は、好感度の少しの欠片が残っているだけで、
忽ち元の結晶を創ってしまう生き物であるらしい。
鹿島は、副艦長に対しては、
はれ物に触る心境であったのを忘れしまったようで、
“キレイ、キレイ、
立てば芍薬(しゃくやく)、座れば牡丹(ボタン)、歩く姿は百合の花”
と胸の中で歌いだした。
既に鹿島の目玉は、
ハートマークになっていて、頭の中はすでにお花畑であろう、
いや、きっとなっているだろう。
副艦長が艦長に軽く頭を下げると、
艦長は、ハッとしたように強く速く拍手しだした。
見とれてしまっていたのは、鹿島だけではなかったようだ。
艦長の拍手を合図に、
現実に引きもどされた様に全員の拍手が始まった。
脳筋ムキムキ娘は席に着きながら、
「隊長。目がウルウルで、口が開いていますよ!」
脳筋娘の言葉に、鹿島は慌てて左手で口を抑えた。
「冗談ですよ。」
と、言われた鹿島が振り向くと、
脳筋娘はニコニコしながらも目は笑っていない。
「この料理は、白いのがササニシキです。
魚のサバの味噌煮とポテトの肉じゃがといいます。
鳥の唐揚げは、鶏肉に油がしみこみ、絶妙な味です。
中央にあるのがすき焼き鍋で、
これらはすべて、祖母の故郷地球の家庭料理です。
これ等の材料は、この艦の永久保存庫の中身です。」
みんなは、副艦長の話の途中から、
むしゃぶるように食べ始めていた。
鹿島も皆に負けまいと嚙ぶり付いた。
副艦長の前置き挨拶は、料理の紹介をしているのだが、
皆の口はそれどころではないようである。
しかしながら、
鹿島は、何か懐かしい単語を氣いたような気がしたが、
副艦長の前置き挨拶ごと、
ご飯で無理矢理にお腹の方へ流し込んでいる。
食事風景は、
一人用の皿に盛られた料理を奪われでもすると、
修羅場とならんばかりである。
小ホール内では、
飢餓人の群れかと思えるほどの食欲旺盛な群れと化した。
既にみんなは満腹感はあるようだが、
まだすきやき鍋料理があるので、食欲は飽きることなく、
すき焼き肉を求めて争奪戦に入っていた。
鹿島も受皿を構えて鍋からすき焼き肉を箸で摘み取っていると、
艦長と副艦長の会話を聞き取る気はなかったのだが、
しかし、二人から気になる言葉が発せられたようで、
肉を箸で摘み取りながら聞き耳している。
「初めての料理と味だが、すごくおいしい。
飲み込んだ後、口の中に残る微かな甘さが、
口の中から次を要求している。
こんな感じのある料理は初めてだ。
貴官は、全てに於いて完璧な達人だ。」
「そんな~ことご座いません。
口に残るのは、甘味と言い、祖母の故郷の規範味付けです。
私も大好きで、いつも祖母におねだりしていました。
お蔭様で、味は、覚えていました。」
鹿島もつい甘味の規範味付けとの言葉に、
懐かしさの香りを感じて二人の会話に割って入ってしまった。
「ご祖母殿の故郷とは、地球星の日本と言う地方でしょうか?」
「そうです。」
と、マーガレットは、
交渉時、鹿島に見せたことのない満面の笑顔で返事してくれた。
返事された鹿島の心の中は、
“貴方は、観音菩薩の生まれ変わりか、それともヴェーナスの再来か?”
と、その笑顔は、
卑怯だと思わせられる最高の慈愛あふれる笑顔である。
おそらく、鹿島の頭の中では♨浮かんでいるだろう。
鹿島は、
幸福感を味合ように口一杯に肉を頬張り天井を見つめ見上げている。
突然に鹿島の足の甲に激痛が走った。
足を踏みつけた脳筋ムキムキ娘が小声で、
「固まっているのか?会話を続けなさい!」
と、言われて、
「御祖母殿の故郷は、私の生まれ育ったところのようです。
料理は同じ物ですが、味は、老舗料亭の味付けとは、
この様な感じのおいしさだろうな~と、
想いながらいただいています。」
「お世辞でもうれしいわ~。
鹿島陸佐、祖母と同じく箸をお使いでしたので、
もしかすると、と思っていました。
祖母の先祖は、サムライだと自慢していましたし、
黒い鞘にゴールドの色で、
花と鳥を張り込んだふところ刀を、祖母に見せていただきました。
私は、ふところ刀より、きれいなカバー布地が好きでしたが。
鹿島陸佐も侍ですか?」
「私など、とんでもない!私の地方では、侍を武士とも呼びます。
戦う人の意味ですが、礼、信、節、義、技を持つ者です。
私は、そこまで及びません。
技だけは、常に丹精したいと思っています。」
「陸佐殿の特徴は、シーラーの自慢していた話しから、
信、節、義、技を兼ね備えた、最高の隊長だと思いましたが?」
「それは、買い被りです。
この様な晩餐会招待いただき、そんなに持ち上げられたら、
恥ずかしくて穴に入りたいです。」
「それならば、今日のこと、貸でいいかしら?」
「大きな借りと思っています!隊としても、何ができるか?
到着するまでには、何か恩返しをしたいと思います。
ご要望がございましたらお教え下さい。」
「では、許して欲しい。」
副艦長は、急にテーブルへ手を付いて、深々と頭を下げた。
みんなは、一斉に二人に注目している。
鹿島はこの状態をきちんと納めなければ、
危険な結果が起こりそうなので、ヤバイ状況をほぐさなければと思い、皆を敵に回さないよう収めねばならないと思ったのか、
「で~ひゃ~。許します、許しています。
全部ゆるしました。みんなが証人です。」
と、分別なく叫んだ。
「ありがとうございます。」
マーガレットの態度と顔は、
交渉時の顔とは違う優しさが漂っている。
皆は、何事もなかったように一斉に再度鍋料理に手を出し始めた。
副艦長は微笑み、軽くうなずいた後は、
安心したように鹿島から目をそらした。
副艦長は、ニコニコ顔の艦長に顔を向けて真顔で小声気味に、
これまでの鹿島との交渉経緯を説明している。
「隊長。ハンカチーフいりますか?」
「いや。持っている。」
鹿島は、ズボンのポケットからしわくちゃのハンカチをとりだすと、額とこめかみの汗を拭いている最中に副艦長殿と目が合い、
ニッコリされた事で再度有頂天を感じていた。
鹿島は、急いでしわくちゃのハンカチを手の中へ包みこみ、
副艦長の上機嫌の顔に、お腹も胸も満杯である表情しながら、
こんな心からの高ぶりを、、、俺の人生では今までになかったと思った。
これが噂に聞いた昇天では、とも、思えた様子である。
皆が完食すると、陸曹三人は、自分の皿を持ち調理場に行き、
後から脳筋ムキムキ娘が付いて行ったが、
矢張り脳筋ムキムキ娘の指示している声が聞こえた。
陸曹三名共に上下関係を気にしないらしい。
「いいの、隊の女神だから。」
と、三名はいつもニコニコ顔で寡黙(かもく)である。
陸戦隊では、陸曹三名の戦闘中以外の大声を聞いたことがない。
彼等は、作戦の理解が早い上に、
新兵を保護しながら戦闘出来る中堅であるので、
新兵がミスると、訓練場で新兵が理解するまで、
そして自分達が納得するまで付き合ってくれる。
テーブルに残った陸戦隊八人は、
航宙乗務員には手伝いを辞退してもらい、
テーブルを拭き片付けると、軽く床面を掃きだして会は終了した。
乗客乗員皆は、満足のいった食事会であった様子だ。
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