第3話 樹木と蟲
樹木と蟲
陽が沈みだしたころ、
降下輸送ポットはパラシュートとゴムの部分以外は、
蟲の好む鉱物であったのか、
全ての資材や機材もろとも無くなっていた。
鹿島は残りの二台の構築ロボットを磁器岩上に避難させろと命じたが、
すでに一台の構築ロボットは腕の部分は動くが、
移動部キャタピラーは切れていて、移動は不可能状態になっていた。
移動が不可能状態となった構築ロボットの残骸がなくなってしまうと、
蟲の姿は地中へ消えてしまった。
真っ暗闇の中、脳筋ムキムキ娘と二人の陸士は、
背中に火炎放射器を背負いながら、壁の上で歩哨番をしている。
「この惑星独特の磁気嵐の中では、
司令本部と中隊への通信は不可能のようです。」
と、ビリー軍曹は、鹿島に申し訳なさそうに報告した。
「仕方がないさ。その内に、磁気嵐も止むだろう。」
と、鹿島は険しい顔で返答したが、
険しい顔の原因は、遠くの二カ所での閃光が気になっている様子である。
「まさか、あの閃光は、、、爆裂弾を使っているのでしょうか?」
「あの閃光からすると、手榴弾だな。」
「強塩酸が飛び散るだろうに?」
「Aポットも、Bポットでも、パニックになった奴が、、、いるのだろう。」
「、、、、、、。」
寡黙なビリーは何かを言いたげである様子で、
口をパクパクさせるだけであったが、
意を決した様子で思いっ切り息を吸い込んだ。
ビリーは息を吐き終えると、自分の階級で他の隊を批判することは、余計な干渉事だとの思いからか、
「指揮官の、、、、、違い、、、?」
と、口の中と頭の中で、ぽつりとつぶやいた。
AとBポットからの一晩中の遠方爆裂音は、
耳鳴りだけが五月蠅い静寂な惑星に響いていた。
「夜通し、爆裂音を響かせて、
わざわざ蟲等を興奮させなくてもいいだろうに。」
と、トーマスが憎たらし気に遠方からの爆裂音に愚痴ると、
ビリーは頷き声を抑えて首を上下させた。
二台の構築ロボットは、二重に重ねた床と、
二メートル高さの壁をはぎ取りながら森までの道を繋いでいった。
二台の構築ロボットの地響きか、
鉱物材の塊である構築ロボットの匂いに誘われるように、
「周りの地面いち。敵九。」
と、トーマスの声が響き続いた。
蟲どもは、焼かれても頭を打ち抜かれても、
軍隊アリの大群みたいに次々と現れた。
鹿島は、蟲の大群が森を避けているかのように、
森の手前の枯れ木群には、一匹の虫さえいないことに気が付いた。
「誰も来るな!」
と言って、[地面いち、蟲九]の間の地面をけって、
蟲からの酸噴射攻撃を避けながら、
枯れ木群の中で森を背にして佇んだ。
鹿島は蟲の大群が枯れ木群の手前で止まっているのを確認すると、足元に大量に転がっている大きな松笠を踏み付け蹴飛ばしながら、
緑の枝木が生い茂っている森に向かった。
鹿島は、森の中からの強いアンモニア臭を感じながら、
枝木と枝木に隠れるように蠢(うごめ)く蔓を観察する様子で見つめた。
地面のあちらこちらで、
いまにも何かが飛び出す体制の微かに動く地表面の動きをも見つめた。
鹿島は、枯れ木群の中に戻ると、
[地面いち、蟲九]の間の地面をけって、磁器岩上に避難して来た。
「隊長。何かわかりましたか?」
と、トーマスが心配顔をして尋ねた。
「ヤバい、やばい森だ。」
と言って、鹿島は、トーマスの肩を叩いた。
二台の構築ロボットの足場は常に磁器岩上であったのと、
鹿島隊の保護援護を受けていたために、
蟲の酸攻撃を受けることなく再び基地スペースを構築し終わった。
森の二十メートル手前に、再び基地スペースを構築し終わる頃、
静寂な夜と無粋な爆裂閃光を隠すように、
虹色に輝くオーロラが真っ暗闇の空一面に訪れた。
鹿島は、遅い夕食中のみんなを見回して、
「森の観察報告をする。
森の中は、強いアンモニア臭であり、
無数の枝蔓攻撃が頭上から襲うであろう。
そして、地面からは、矢張り木の根蔓攻撃が間違いなく来る。」
と言って、鹿島は携帯食料を口に含んだまま考え込んだ。
鹿島隊は、東の空が曙空になった頃、早い朝食に入っていた。
「夕べは、凄いオーロラでしたから、
まだ暫くは原隊との連絡は、できないでしょう。」
と、鹿島は誰にとはなく呟いて、
「今日は、俺とビリー陸曹で、人食い森に向かう。
トーマスとポール陸士補にシーラー陸士とハバロフスク陸士は、
枯れ木群からの援護を頼む。
ヤン陸士長は、トーマスの指示があるまで残りの皆と基地スペース壁の中で待機してくれ。
森に入った調査団が、誰一人帰ってこなかった原因の一つは確認した。皆は、蟲にも注意しながら、
森からの蔓攻撃をも充分注意してください。
森への爆裂団や火炎弾は、控えること。
森の中は、
硝酸ガスも充満しているらしいので、レーザー銃の使用は、俺が試す。」
「森の中では、蔓攻撃以外にどんな敵がいるのかの、
情報は無いのですか?」
「蔓と木の根からの攻撃しか、報告されていない。
森の中から、誰一人と帰ってこないのだから、
帰れない原因は、報告されていない。
だが、帰ってこられない原因の敵は必ずいるはずだ。」
と、鹿島は全員の顔を見回した。
「食事が終わり次第、装備の点検をしろ!」
と、トーマスが叫ぶと、ホルヘはこそこそと基地スペースの隅で、
アーマーの下半身を開いて用をしだした。
「ギャー。」
との叫びに、全員が声の方へ振り向くと、
無数の蔓がホルヘの体に巻き付いて持ち上げていた。
ホルヘを持ち上げた蔓を追い抜くように、
若葉を増やしながら樹木が伸びていくと、
根っこを器用に動かしながら移動しだした。
鹿島隊全員は、
携帯食を放り投げてホルヘを持ち上げた蔓に向かっていった。
全員は蟲の頭部を避けながら、
わずかな隙間の地面をけってホルヘを連れて枯れ木群の方に向かって逃げる樹木を追いかけた。
逃げる樹木を追いかけたのは、鹿島隊だけではなかった。
蟲達も一斉に、逃げる樹木を追いかけている。
歩くほどの速さの樹木に最初に挑んだのは、
アンモニア臭を出している根っこに喰らい付く蟲達であった。
樹木の蔓は二十本程であったが、
ホルヘに巻き付いている蔓以外の蔓は、
全て蟲達に向かって伸びていくと、
蟲を破裂させることなく串刺しにして樹木の根っこの刺にさしていくと、
蟲達は干からびていった。
蟲達を栄養源としたのか、
樹木は更に多くの枝を伸ばしながら、生い茂っていく。
鹿島は樹木の枝をつかんで、
気を失っている様子のだらりとしているホルヘを抱え込むと、
巻き付いている蔓を叩き切った。
ホルヘを肩に乗せた鹿島は、大きく伸びた枝の先に向かうと、
皆が蟲の頭を射抜いて確保した場所にホルヘを下ろした。
ホルヘを救出できた幸運は、全ての蟲たちの関心が樹木に向かっていたためでもあった。
トーマスは蟲等を無視して樹木の根元から一メートルの高さの部分を切断した。
切断時、木と木をこすり合う音が響いたのは、
樹木の断末声なのだろうかと鹿島は思った。
ビリー陸曹とヤン陸士長は、
ホルヘの腕を両脇から抱えているポール陸士補とハバロフスク陸士を先導しながら、
蟲の頭を射抜いて基地スペースへと向かった。
後ろ足を抱えているのは、ヤス陸士とシーラー陸士であるが、
用足し中のホルヘの下半身はむき出しのままである。
脳筋ムキムキ娘シーラーは顔を真っ赤にして、
むき出しにされた逸物を眺めならにやけている。
無事に救出されたホルヘは、何とか息を吹き返していたが、
ビリーから生体点検機器と、透視スキャナーを押し当てられていた。
鹿島とトーマスは、ホルヘの防護アーマーを調べている。
「十トンの重さに耐える甲冑なのに、締め付けた後のへこみと、
刺されたと思われる凹みから、かなりの力がある蔓と刺のようだな。」
「もう少し締めが強かったなら、危なかっただろうし、
刺が刺さっていたならば、干からびていただろう。」
「あと、何で突然樹木が現れたかだ?」
と、鹿島は考え込んで、顔をホルヘの方へ向けた。
鹿島はトーマスを伴い、寝かされているホルヘの脇に座り込んだ。
「何で突然、樹木が現れたのだ?分かる範囲で教えてくれ。」
「急に用を足したくなって、蟲におしっこがかかると、
何かが起きるかもしれないと思って、
蟲のいない大きな隙間に大きな松ぼっくりがあったので、
それを狙っておしっこを掛けたら、急に蔓が出現してきたのです。」
「松ぼっくりとは、松笠のことか?」
「はい。松笠です。」
鹿島は立ち上がると、
「今日の調査は、中止します。少し考え事をする。周りの警戒を頼む。」
と言って、森の方を見つめた。
『あの森に入り込んでいたなら、間違いなく生きては帰れなかった。そして、松笠が歩いて来たわけがないので、
元からあの場所にあったはずだが、ホルヘのおしっこで芽を出した。
いや?水分で芽を出したのだろう。芽≠蔓。』
「これからのことを、俺の考えを言う。ヤス陸士とダウン陸士にタゴール陸士とススイ陸士は、基地スペース角で歩哨番をしながら聞いていろ。
シーラー陸士は、歩哨番を監査しながら、聞いていろ。」
と言って、
「ホルヘ陸士、大丈夫か?そのままでいいから、二、三、質問がある。」
「大丈夫であります。救護と心配をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした。」
と言って、下着のまま立ち上がると、
シーラーは顔を赤くして下半身を凝視した。
「ホルヘ陸士。みんなを代表して、命を救われたことに、感謝する。」
「助けられたのは、私です。」
「理由はこれから述べる。松笠は、一個だけだったのか?」
「一個だけでした。」
「蟲は、松笠に、どんな反応をしていた?」
「すみませんです!蟲の表情などわかりません。」
「いや、表情ではなくて、接し方だ。怖がっていたか?石ころ程度であったかだ。」
「蟲同士の隙間よりも、
松笠の周りは、広く開いていたように、、、感じました。」
「おしっこを松笠に、直接かけたのか?」
「最初は当たらなかったのですが、すぐに調整できて、
直接かけました所、半分ほどの途中でしたが、
被子の部分から緑色した液体が流れ出たと思ったら、
蔓のように伸びてきました。
胸の部分にストレートを一発食らいましたが、
何とか耐えたのですが、お腹を締め付けられながら、
ボコられ続けられた事で、気を失いました。
もう少し丈夫なアーマーが欲しいです。」
「あのアーマーであったから、助かったのだ。」
と言って、鹿島は、満面の笑みをホルヘに向けた。
「ホルヘが、われらの命の恩人とは?」
と、トーマスが怪訝そうに尋ねた。
「あの樹木一体で、危うくホルヘは危なかったはずだ。
それがあの森すべてが四方から襲ってきたら、
太刀打ちなど不可能だっただろう。」
暫くトーマスは考えこんでいたが、
「ですね。」
と言って、真剣な顔になった。
「森に入るのは、不可能だ。だが、樹木の調査はできる。
枯れ木群の中には、多くの松笠が落ちていた。
ビリー、何人か連れて行って、松笠を十個ほど拾ってきてくれ。
絶対に森には近ずくな。」
「承りました。ポールとシーラーを連れていきます。」
「トーマス。水タンクから、携帯食料の包みをはがして、
水ボールを作ってくれ。」
「水ボールを作ります。」
と、すべてを理解したのか、晴れやか顔でトーマスは応えた。
歩く樹木の刺根はすべて食い尽くされていて、
残ったのはトーマスに切られて横たわった葉っぱの茂った部分と、
一メートルの木の根っこだけであった。
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