第34話エピローグ・其の2

「そもそもタイムスリップなんてアラタさんには荷が重い題材じゃないんですか。なんで戦争直後の日本人であるはずの島民にギミックなんて言葉が通じるんですか。そういういちゃもんをはねのけるために異世界モノがはやったって言うのに」


「いい加減にしてくれ。俺の本格ミステリーにケチばかりつけやがって」


「トップ下さん、センターフォワードさん、補欠さん、それに顧問の先生さんを1号室、2号室、4号室、8号室に宿泊させる手段も無理やり過ぎませんかねえ。あれなら、いっそのこと前もって十六角館に『何号室はだれだれが泊まる』って建築時に書いておけばよかったんじゃあないですか。それなら不気味さも増したかもしれませんよ」


「ああ、そうですね。俺の『十六角館の殺人』は本格ミステリーとしてはダメダメだったようですね。どうも失礼いたしました」


「そもそも、読者への挑戦状なんて本格ミステリーによくあるものを出しておいて、冤罪の擦り付け方が黒幕のアラタさんと探偵役のあたしが天使と悪魔的にささやいて殺人犯になった方がましだと先生さんに思わせるのもお粗末と言いますか」


「もういい加減にしてくれないかな。俺に本格ミステリーなんてものが書けないことはよくわかったから」


 ぼやく俺だが、かい子さんは今度は誉め始める。


「では、今度はアラタさんの『十六角館の殺人』の長所を言っていきましょうか。タイトルにもある『十六角館』と言うのはいいと思います。古臭いともいえる本格ミステリーにコンピューターゲーム好きならおなじみの16進数を暗号として取り入れるのはいいですね」


「そ、そうかな。俺も気になってググったんだがな。『十六角館』なんてものは引っかからなかった」


「元ネタの『十角館の殺人』のパロディとしての十六角館と言う建築物のデザインはなるほどと思いました。1号室から15号室のカギが2進数表記に対応しているのも良いアイデアですね」


 ほほう。この女神さまはなかなか見る目があるじゃないか。


「で、『DEAD』と『CAFE』、そしてハロウィンとクリスマスを10進数に変換することで暗号が解読できる。そして『ate』と『eight』をひっかけたダイイングメッセージ。これもググったんですか?」


「そうだ。数学的ジョークで検索したらすぐにたどりつく。16進数で本格ミステリーを1本書こうと思ったら、まずはこれが目に付くだろうな」


 そう俺は得意げに言うが、かい子さんの反応は冷ややかだ。


「ですが、アラタさんが簡単にたどり着いたと言うことは読者も簡単に調べられると言うことですよねえ。となると……『16 DEAD』なんてキーワード検索したらすぐにこのおはなしのタネがわかってしまうと言うことに……」


「黙れ! そんな検索だスマホだなんてものが本格ミステリーを駄目にしたんだ。だから作中でもスマホを使えなくしたじゃないか」


「作中では使えなくても、読者はスマホが使えますからねえ。読者のスマホを使えなくするわけにもいきませんし……それに暗号解読のくだりがわかりにくいんじゃあないですか。しまいには驚き役に『……」しか言わせないで『なんだかこの探偵役はすごい謎解きをしてるんだな』くらいにしか描写してませんし」


 くそ、持ち上げたと思ったら突き落としやがる。いったい何がしたいんだ、この本格ミステリーの女神様とやらは。


「だから、作中で暗証番号を最初から明示しているじゃないか。それに、いまのご時世に頭を使う本格ミステリーなんて求められていないんだよ。ロジックな謎解きよりもキャラが立った探偵が活躍するところをみんな見たがるんだ。ただ悪役に濡れ衣を着せる描写だけすれば十分じゃないか」


「それで、チート能力を持った完全犯罪者ですか」


「そうだ。いわゆるダークヒーローだな。本格ミステリーだからと言って、主人公が探偵サイドとは限らない。犯人視点で展開される本格ミステリーにも名作はある」


「それもそうですが……」


 俺がまくし立てると、かい子さんがたじろいだ。


「そもそも、本格ミステリーの女神とかいうあんたがこうして俺の目の前に出現したんだ。俺の作品が小説として優れているかどうかはこのさいもうどうでもいい。さあ、いますぐ俺にチート能力をあたえるんだ。そして俺の長年妄想してきた復讐計画を実行させてくれ」


「いや、あたしはアラタさんにチート能力なんて与えられませんよ」


 俺は勢い込んで至極当然とも思える要求をしたが。かい子さんがはねのけた。


「ふざけるな。数十年間の間にわたって引きこもり続けた俺の目の前に女神であるあんたが現れたんだぞ。ここは俺にチート能力をあたえて異世界に転生なり転移させる流れじゃないか。異世界に比べたら過去なんて軽いものじゃあないのか。じゃあ、お前は俺にどんなスキルをあたえてくれると言うんだ」


「特に何も」


「『特に何も』だって。お前は女神の癖に何もできないのか」


 興奮して叫ぶ俺だったが、この自称本格ミステリーの女神はにべもない。


「ごあいさつですねえ、アラタさん。唯一神とか絶対神、あるいは造物主なんてものが信じられているキリスト教徒やイスラム教徒ならいざ知らず……アラタさんはやおよろずの神様がいる日本の人じゃないですか。クリスマスを祝った直後に除夜の鐘を聞いて神社に初詣に行くような国民性の人にそんなことを言われましても」


「じゃ、じゃああんたはどういう女神なんだ」


「あたしですか。あたしは人間が書いたミステリーを読まさせてもらっているだけですよ。いやあ、ミステリーっていいですねえ。こんないいものを、最近は無料で読めるようになったんだからいい世の中になったものです。いや、あたしはいまだかつて対価としてお代を払ったことはありませんが」


 この自称本格ミステリーの女神さまは、先人が悩みに悩みぬいて作り出したミステリーをただ享楽的にむさぼっていただけなのか。貧乏神とか死神とかにカテゴライズされるありがたくない神様なのか。


「そうですか。そんなミステリー好きの女神さまに俺の『十六角館の殺人』はお気にめさなかったようですね。なにせ45点と採点されたようですから。お見苦しいものを読ませてしまって申しわけありませんでした。それでは女神さまはこのダメ人間のところから早いところお引き取り願えませんかねえ」


「勘違いしないでください、アラタさん。あたしは『本格ミステリーとしてどうか』なんて質問されたようですから本格ミステリーとして採点しましたが、別にアラタさんの『十六角館の殺人』がミステリーとして45点とは言ってませんよ。


 ???




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