第6話過去の殺人
さて、島から俺がいじめられていた中学校生活を送っていた199X年の日本にタイムスリップした。忘れたくても忘れられないサッカー部の三人組が俺を病院送りにした日、俺が病院送りにされる少し前だ。今頃では、中学生の俺がサッカー部の三人組におおいにいじめられていることだろう。
「かい子。この俺と中学生の俺がはちあわせるといろいろまずいよね」
「そうなりますね、アラタ様」
となると、物陰に隠れてこっそり過去の俺が殺されるのを見物するとするか。
「かい子。本当に過去の俺の傷害事件を殺人にできるんだろうな」
「それはもう、アラタ様。あたしはミステリーの女神ですから。そのくらいお茶の子さいさいですよ」
「過去の俺は苦しんだりするのかな?」
「お望みならそうできますけれど……どうしますか、アラタ様」
ふむ。いくらなんでも、過去の俺自身が苦しむところは見たくない。ここは……
「かい子。過去の俺が苦しまないように一思いに殺してくれ」
「わかりました、アラタ様」
そんな会話をかい子としていたら、なにやら騒ぎ声がする。聞きおぼえがある。サッカー部の三人組が俺をいじめている声だ。
「ぎゃはは。とろいアラタ君にヘディングの練習をしてやるよ」
「どうだ、うれしいだろう。うれしいと言え、アラタ」
サッカー部キャプテンのトップ下と補欠の一人が過去の俺をこづきまわしている。くそ、なんてかわいそうなんだ、中学生の俺。それにしても三人組はもう一人いたはずだ。実際に俺に魔法瓶入りのかばんを振り落としたエースのセンターフォワードが……
いた。実行犯のセンターフォワードが憎たらしい顔をして、カバンにそれはそれは硬くてぶつけられた時痛かった魔法瓶を詰め込んでいる。
あいつめ、『カバンに魔法瓶が入ってるなんて思ってませんでした。せいぜい柔らかいジャージがはいっている程度だと思っていました』なんて左目に眼帯付けた中学生の俺も同席している中、サッカー部顧問の前で言ってたが……
やっぱりかばんに魔法瓶を自分で入れて、そのうえで俺にぶつけたのか。後で俺も調べたのだが、当時フーリガンというものが話題になり、新聞紙を筒状にしたものに小銭を詰めたものを凶器にして暴れまわっていたと知った。
サッカー部ならそれを知っていてもおかしくない。センターフォワードめ、絶対に許さない。さあ、中学生の俺を即死させるんだ。
そんなことを考えたら、サッカー部顧問が『あんまりやりすぎるなよ』なんて言いながら通りがかる。だが、おおいにやりすぎることになるんだなあ、これが。
「ふしょう、このわたくしアラタ君にヘディングを上達させるアイテムを開発いたしました。さっそく使用させていただきます」
そう言ってセンターフォワードがかばんをぶんぶんふりまわして中学生の俺に襲い掛かっていく。そうだ、しくじるんじゃないぞ。
ぱかん!!!
けたたましい音がする。なんだかふっと意識が遠くなった気がした。
「あ、アラタ様! なんだかふわふわした存在になってますよ。中学生のアラタ様が死んだからいまあたしの隣にいるアラタ様も死んでいることになったんです」
かい子が興奮してまくし立てている。言われてみれば、なんだか気分もふわふわしてきた。それに、俺の右手を見るとこれがぼんやりしていて向こうの景色がすけて見える。
「かい子。ということは俺は幽霊みたいな存在になっているということか」
「その通りです、アラタ様」
「ならば、今の俺はかい子以外には存在を認識されないと言うことか」
「はい、そうです。ちなみにあたしもアラタ様以外には認識されません」
ならば何も遠慮することはない。中学生の俺を殺したサッカー部顧問とサッカー部の三人組はどういった行動にでるか特等席で見物させてもいらおう。
「おい、なんだかやばいんじゃないか」
「いくらなんでもこれは……」
「まずいかも……」
サッカー部の三人組があわてているなか、サッカー部の顧問が叫びながら近づいてくる。
「おい、アラタ。平気か? いかん。返事がない。お前たち、先生がアラタを病院まで運んでいくから、このことはほかの誰にも話すんじゃないぞ」
そう言うとサッカー部の顧問が息絶えた中学生の俺をどこかへ運んでいく。おそらく自分の車で病院へ運んでいくのだろう。サッカー部の顧問の頭の中は自分の保身のために事件をもみ消すことで頭がいっぱいだろうな。
「そうそう、アラタ様。アラタ様が中学生の時に今あった事件が起こる前にどんなふうにいじめられていたか、そしてそれをどうアラタ様自身が思っていたかこのパソコンで文章に起こしてもらえますか」
そう言うとかい子はどこからともなくパソコンを取り出す。
「まあいいけど……」
「それではあたしはアラタ様がいままでの恨みつらみを執筆している間、どんなふうにこの事件がもみ消させられるか見物してきますね」
そう言うと、かい子はサッカー部顧問の車の後を追いかけていった。
残された俺は、うろたえつつもその場を去って何もなかったことにしようとしているサッカー部三人組の様子を横目に見つつ執筆を始めた。
いじめっ子その人である三人組をこうしてみながら、これまで数十年間にわたって積もらせてきた恨み節をしたためるとこれまたはかどるな。かい子のやつ、これも計算ずくだったのか。
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