第16話ㅤ出発
◆◇
ㅤ妙な夢を見た、気がする。しかし内容は覚えていない。
ㅤ目が覚めたとき、私はやけに目がじんじんと痛んで仕方がなかったけれど、どうしたものかともたもたしている内に痛みは引いていった。何か強く瞑りすぎていたりしただろうか。額に浮く汗を拭ってちらりと横を見ると、きちんと折り畳まれたフリュエの布団と、お腹を出して寝ているクロの姿があった。実験場から逃げてきたにしては無防備すぎませんか。
ㅤいやまあ、それだけ彼女自身に余裕があるか、私たちを信頼してくれているからなんだろうけれども。
ㅤきちんと身嗜みを整えて、外に顔を出してみる。部屋の入り口すぐそばにある階段の踊り場で、フリュエが準備体操をしていた。
「あ、おはようございます」
「おはよう……今何時?」
ㅤフリュエはパンツのポケットから懐中時計を取り出して、パカっと開く。あ、この世界でもそういうのはあるんだね。
「ちょうど六時ですね。あ……ごめんなさい、もしかして起こしちゃいました?」
「ああ、いや」
ㅤ正直言えばまったく気がつかなかった。外へ顔を出したのは、朝の空気を吸いたかったというのもある。
ㅤ私はフリュエの動きを真似して身体を動かし始める。こんなふうに朝早く仕事の支度以外で身体を動かすのは、小学生の夏休み以来じゃなかろうか。私たちが泊まった部屋は三階なので、ある程度の高さから町が見渡せるのだけれど、さすがに朝六時となるとまだ町の殆どが眠っていて、誰かが話す声や歩く音はなく、どこかの家からぽっぽっと湯気の塊が昇っていくのが見えるだけだった。
ㅤするとアイリオスを囲う鉄壁の上に、灰色の鎧を全身に纏い重そうな盾を担ぐ男性の姿が見えた。男性だと分かったのは、兜を被っていないからだ。
ㅤ燃えるような赤い髪。離れた位置からでも分かる勇敢な顔立ちは、この町を守るに相応しい頼もしさがある。
「もしかして……あれがジン、かな?」
「え?ああ、ちょっと待ってくださいね」
ㅤフリュエはどうも視力が良くないらしい。踊り場の脇に置かれていた荷物から、半径二センチほどの二重の輪が細い棒で繋がっている器具を取り出し目にかざすと、そこから生じた光の輪が彼女の瞳に吸い込まれる。
ㅤもしかしてこれがこの世界のコンタクトレンズ代わりだったりするのかしら。さすが魔法のある世界。フリュエは数度目をパチパチさせると、遠くを見て頷いた。
「あ、そうですね。ジトさんに写真を見せてもらったので、わかります。兄妹揃って同じ髪色なのを、嬉しそうに話していました」
ㅤ一度も髪を染めたことのない私からすれば、金髪も赤髪もどちらもかなり羨ましいものだ。
ㅤ鉄壁の上部には外周に沿って警備用の通路が設けられており、等間隔で開けられた細い監視用の窓に鉄網のシャッターが降りている。ジンはそのシャッターを手動で開けて、外の様子を見て回っているようだった。
ㅤそういえばこの町を襲っているあの巨大な蛇は、なぜか夜だけは来ないんだったっけ。朝早くに来る場合もあると言っていた気もする。
ㅤ大変だなあ、と呑気な顔をしている私に対して、フリュエは色々な道具が入っているらしい、ガチャガチャと音を立てる荷物を担ぐと、私に向かって一度お辞儀した。
「本当は置き手紙するつもりだったのですが、トーカさんが起きてきてくださって助かりました。昨日の夜、布団の中で考えていたんです。あの蛇への対策を考えるために、朝早くに自警団の方に挨拶をしておいた方がいいのではないかと……」
ㅤ自警団とフリュエは初対面だろうから、たしかに挨拶はしておいた方がいいのだけれど、いくら自警団自体が朝から活動しているとはいえわざわざこんな時間に起きるあたり、フリュエの真面目さが見て取れる。私だったら多分起きない。失礼。正しく言うなら、起きれない。
ㅤフリュエが自警団に協力するという話は昨夜アッシュとジトが通しておいてくれるという話だったし、なんら問題はないだろうけれど、もしかしてあの二人が伝える前に顔を出すことにならないかしら。しかし頭が良さそうなフリュエの事だから、きっとなんとかなるんだろう。
「なので、クロさんが起きたら、伝えておいてもらえますか?蛇はこちらでなんとか対処しておくので、谷底の調査をお願いします、と」
「オッケー、分かった」
「よろしくおねがいします」
ㅤそう言って
ㅤ私は遠ざかっていく彼女の背中を見て、なんだか身が引き締まった。
「さて、寝坊助が起きるまで、昨日作った武器の調整とか、朝食の準備とか、しておこうかな……」
◇◆
ㅤ時刻は朝の九時。
ㅤ朝食を終え、アッシュの鍛冶場に向かった私達は、入り口の開け放たれたシャッターの前で伸びをするジトに手を振った。
ㅤつい先程までまどろみの中にいた町は嘘のように目が覚めていて、町中の至る所から活気に満ちた人々の話し声が聞こえてくる。
ㅤジトは私たちに気がつくと、元気よく跳ねながら手を振り返してくれた。明朗快活な美少女はいい。こっちまで元気になってくる。
ㅤしかしクロはどうも朝が弱いらしく、緊張感の抜けた顔で頭を掻いていた。
「おはよう!二人とも!昨日はよく眠れた?」
「それはもう、すっきり」
ㅤアイリオスは鉄箱が積まれたコンテナ埠頭のような町である。当然住居もまるっと鉄箱であるので、床は硬い。だけれどさすがに対策を怠るということはなく、ほとんどの商店や宿の部屋にはふかふかの絨毯が敷かれているし、布団も床の硬さを感じさせないほどに分厚いものになっている。
ㅤ鉄箱の外観を見た際はこれできちんとした生活を送れるのだろうかと不安にもなったけれど、いざ布団を敷いて眠ってみると、肩が凝ったり腰を痛める事もなく、思った以上にしっかりと眠りにつくことが出来たのは嬉しかった。
ㅤ言われるまでまったく気がつかなかったのだけれど、鉄箱には隅の方にしっかりと通気用の切り込みが入っていたため、寝苦しくなかったのも納得と言える。
ㅤジトに案内され鍛冶場の奥にある居住スペースに向かうと、アッシュとイルチェがなにやらにらめっこをしていた。
「だーかーら、こんないい鉄があるんだったらイルの……ううん、ジトのためのいい武器を作りなさいよ!」
「自警団の連中にはちゃあんと
「う……それは」
ㅤ遠出用の格好もそれなのだろうか、昨日と同じようなヘソだしスタイルに厚手のジャケットを着たイルチェが、困り眉でプリプリ怒っていた。
ㅤ昨日食卓として囲んだテーブルの上には、同じく昨日アッシュが加工して見せたような鉄板が数枚と、青く透き通る、まるで南国の海の一部をそのまま切り取ってきたかのような
しかしなんだってこんなものが置いてあるのかというと、理由は一つだ。
アッシュはジトが連れてきた私たちを見て、諦めずに迫りくるイルチェの顔を押しのける。
「おはよう、トーカにクロ。しっかり眠れた?」
「おかげさまで」
「そ。それなら良かったわ。……後ろのお姫様はまだ寝ぼけているようだけれど」
ちょうどあくびを噛み殺していたクロが、恥ずかしそうに口をへの字にしてそっぽを向いた。かわいい。
「いい鉄がどうとか……一体何を話してたの?」
「ああ、別にいつもの駄々こねよ。このイルチェっていう女は、ジンやジトが強くなるためのものならなんでも欲しがるの。今だって、アタシが倉庫から引っ張り出してきたクロ用の武器素材に珍しいものがあるのを見つけて、それをなんとかしてジトの持つ槍なり鎧なりに加工できないかってお願いしてきたわけ」
顔を抑えつけられたイルチェは、喚きながら不機嫌そうに頬を膨らませている。
「だって、ジトは天才なんだから、ジトが強くなればイル達にとっても有利でしょ?」
なるほど、イルチェのジトへの接し方が独特なのは既に見たけれど、彼女にとってジト達兄妹とは、仲間だとかただ好きというだけでなく、何より優先すべき相手なんだろう。いい装備が、いい素材が手に入るなら、それはジトや彼女の兄ジンの役に立つべきものであってほしい。献身的というか、なんというか。自分が強くなる事には興味はなかったりするのだろうか。
アッシュはイルチェを抑えつけていた手を離して、青い金属が周囲によく見えるよう、テーブルからつまみ上げた。
「そもそもね、これはアタシじゃ加工できないの」
クロに似て強気な口調アッシュが、きっぱりと無理だと言ってのける。
鍛冶師としての矜恃を持っていそうなアッシュでも加工できない金属がある事に、私は驚いた。
「加工できない?」
「そう。昨日、アタシが火と魔力で金属をこねくり回すのを見せたでしょ。あれは色々な金属に用いる事ができるけれど、技術として火という属性によって変化する素材であるからこそ出来るに過ぎないワケ」
「……それはどういう……?」
「つまり、火で加工できない、変化を起こさない素材にあの技術を用いる事はできない」
彼女の持つ鍛冶師としての技術は、いくら魔術を用いているとはいえ、素材の性質、その法則に則って工程を簡略化しただけのものに過ぎないという。
ㅤ火を用いる事によって変化する素材。例えば鉄や金、銀といったよく耳にする金属たちは、超高温によって融解し、ハンマーで打ったり型に流し込んだりして加工する事ができる。
これが火を用いない素材となると、どういうもので加工するのだろう。
「代表的なのが、寒冷地にある工房でよく取り扱われる、氷の属性を用いた超低温下でなければ変化させられない素材。氷冷銀なんて呼ばれる金属ね。これを用いて製造される
「なるほど……」
「あとは自然の竜巻によって削られる事で形が変わるものや、
私はアッシュの話を聞いて、なんだかすごくワクワクしていた。なぜかというと、ここに来て属性の概念が強く表に出てきた事と、特定条件下でなければ加工できない素材などという話が出てきた事で、この世界がぐっと広がりを見せたからだ。
元々戦争だとか、英雄だとか、その英雄を捕らえた民衆の話だとか、未だ消化しきれていない世界の出来事は数多くあるけれど、こうして世界の法則に纏わるような話を出来る事は、私の想像を掻き立てて胸を一杯にさせる。
おそらく、幼い頃に童話を読み聞かせられた時のような、知らない世界に触れ、知見を広くする事で得られる充足感のようなものだと思う。もっと色々な話を聞きたい。私はこの時、ただただ純粋にそう思った。
「じゃあこの青い金属は……どうやって加工するの?まさか荒々しい海の波に晒されながらじゃないと加工できないとか……」
「それがわからないの」
「え?」
「だから、わからないの。どうやって加工したらいいか、さっぱり。元々この鍛冶場に古くから残る正体不明の金属でね。元々は行商人が持ち込んだらしいけど……過去にたくさんの鍛冶師や魔術師達がこれの解明に挑んだけれど、その正体を突き止める事はできなかった。でも鍛冶の工程すらイメージでやってのけるあんたのその力なら、これを加工できるかもしれない。だからこうやって引っ張り出してきたわけ」
「加工方法がわからない金属って……」
私の後ろで椅子にあぐらをかいて座っていたクロが立ち上がり、私に寄りかかった。何とは言わないけど、彼女の体重が預けられた事で私の背中に当たっているので、私はドキリとする。包帯で潰してはいるのだけれど、確かな柔らかさがそこにある。何とは言わないけれど。
「とりあえず収納してみればいいじゃない」
「え……?」
「だって、加工するにもしないにも、まず収納する必要があるでしょ?もしそれをあたしの武器に加工できたなら、きっといい武器になるわ」
アッシュの手から私の手に移ったそれを、クロは指先でつついてみせた。リンリンと、鈴の音のような透き通る音が手のひらで反響する。そして手のひらに乗せているというのに重さをまるで感じない、まるで金属ではないかのような質感。自分はそう安安と加工される素材ではないと、青い金属が身を持って私に教えてくれている。
「うーん、そっか。そうだね、じゃあとりあえず……」
私は言われるまま、青い金属を
【■■鉄】
■■に伝わる独自の製法で生まれる合金。■■■のように見えるその色合いは、■■が象徴する■■の恵みそのものであるとされている。
使用者が用いる魔力属性の影響を多分に受け、また馴染みやすいその性質は、■■が他者にもたらす■■を受けやすくするためのもの。
私の頭の中に浮かぶ解説文を読みすすめる内、頭を大きく揺さぶるような頭痛が襲いかかる。今まで何を収納しても、こんな事は一度だってなかった。頭痛は激しいノイズとなって私の意識をかき乱し、文章のあちこちを黒塗りして読めないようにしていく。
私が頭を抱えてうずくまるなり、クロが心配して肩を支えてくれた。
「ちょっ、トーカ!?」
ㅤ眼前に火花が迸っている。一体なぜ黒塗りにするのか。それは私が見てはいけない情報なのか。
ㅤもしこれがゲームの世界であるならば、アイテムの情報欄で読み取れない項目があるなんてのは、重大なバグだ。しかしもちろん、この世界はゲームなんかじゃない。となると、今の私が知るべきでない情報だったりするのかもしれない。
ㅤしばらくして頭痛が治まると、私を心配そうに覗き込むクロ達の顔が見えた。
ㅤアッシュが手を伸ばし、動揺したように声をかける。
「ちょ、ちょっと……大丈夫?」
「うん、大丈夫、だと思う……」
「だと思う、だと困るんだけど」
ㅤ私は
ㅤ私にはこの青い金属がなんなのかはわからない。アッシュ達もそうだろう。他の鍛冶師や魔術師だって解明できないと言っていた。分かることと言えば、海のように青い色と、その変わった質感だけ。
ㅤしかし、言いようのない、得体のしれない強大な力のようなものを私は感じていた。
ㅤだけど、この力は——
「大丈夫。アッシュ、これって、もらっていいんだよね?クロのための武器にしちゃっても」
ㅤアッシュは驚いていた。そして、にやりと微笑む。
「勿論。使えるなら使っちゃっていいわ。いつまでも倉庫の肥やしにしておくのも勿体無いしね」
「イルは勿体無いと思うけど……もっとこう、ちゃんとした専門機関に見てもらうとか……」
「そうは言っても、現物はこれっぽっちしかないんだもの、それだけ手間かけてなにも得られませんでしたー、って残念な気持ちを味わうくらいの余裕なんかうちにはないワケ。この町だってそうでしょ?もしこれが谷底を元通りに、ひいてはあの蛇を打倒できる力になるなら、この町のためになる。あんたのだぁいすきなジトのためにも、ね」
「うぐぐ……」
「大丈夫だよ、イルチェ!アッちゃんがここまで言うんだから。アッちゃんの人を見る目が確かなのは、イルチェが一番わかってるでしょ?」
ㅤジトにそう説得され、イルチェは口をばつ印にしたように黙って引き下がり、うなずいた。
「それで、どんな武器にするのかな?」
ㅤ私はクロの方をちらりと見る。彼女は私と目が合うと、あんたならあたしがどんな武器を好きかもう知ってるでしょ、と言わんばかりににやりと微笑んで見せる。その視線から信頼感をひしひしと感じて、私は背筋がゾクゾクした。私は彼女に頷き返す。
「できれば長くて、薄いやつ……!」
ㅤ私は腕に力を込めて、
ㅤアッシュ流の鍛冶を学んだからだろうか、金属が形を変える様を、より鮮明にイメージできそうだ。これならきっとうまく加工できる。
【ブラックウッド材】
ㅤ変性ガデン樹と呼ばれる、変調域の影響を受け黒く変色したものを加工した材木。十本の内一本あれば良いとされる希少種で、通常のガデン樹より堅く、耐久性・耐火性に優れる。
【プロフェッショナルロープ】
ㅤ縛りの達人との異名を持つ、ロープ加工の名人が世界各地に伝えた製法により編まれたロープ。主に山岳活動や荷物の運搬において重宝され、ちょっとやそっとでは決して千切れず、解けない。その耐久性は大の大人が十人ぶら下がっても、軋む音すら立てないとされるほど。その頑丈さはあらゆる縁を結び、決して切れない。
ㅤこれらの素材に、名前のわからない青い金属、そして私の覚悟と決意を乗せる。
ㅤ祈りの剣を作った時は、ただひたすらにクロを救いたいと願った。しかし今は違う。今の私が願うことは、この剣がクロの力になって欲しい、ただそれだけ。彼女が強くあってほしい、ただそれだけだ。
ㅤ
「まただ」
ㅤまたもカメラのピントが合うような感覚。これが魔力を扱うという事なのだろうか、私の全身がぴくりと震え、頭の先からつま先まで、熱い炎の塊が突き抜けていく。まるで全身に引火したように、熱い。しかしどことなく心地良い。
ㅤ私の手から小さな竜巻が立ち昇るかのように、辺りに風が吹き荒れた。ジトとイルチェがお互いを抱き合って、驚きに目を丸くしている。
ㅤそうして私の手のひらに、剣の柄が生えるように姿を現した。
ㅤこれは何度か
ㅤこんな事ならデザイン学を学んでおけばよかった。実は私は前の世界で、どうも他者とはかけ離れた独特な美的センスを生まれ持っていたらしく、幼い頃に描いた両親のイラストや夏休みの絵日記など、人に見せた途端に苦虫を噛み潰したような表情になること請け合いの数々の芸術作品を世に生み出していたのである。
ㅤだからこればかりは、既存の武器を大変参考にさせていただいた。だからどうか、変なデザインだったとしても怒らないでいてほしい。
ㅤ私は手に生えた剣の柄を握り、力の限りに引き抜く。眩い光に包まれ、いよいよ私がイメージした刀身がそこに姿を現した。
【フェザーソード】耐久性:EX
ㅤクロ専用。魔法金属によって生み出された、羽根のように軽く、しなやかな青い剣。透き通るような刀身には魔力がより深く浸透し、あらゆる魔術的干渉による強化に耐え、最大限活性化させるだけのポテンシャルを秘めている。
ㅤ青い金属が持っていた海のような青はそのままに、左右で長さの違う両刃が支え合うようにして伸びる妖精の羽根のような姿は、見る者を魅了する。クロの体躯からすれば長すぎるくらいだけれど、見た目通り羽根のように軽く重さを感じないので、私でもこれを振るったとして、重さに振り回されるようなことはないように思える。
ㅤジトとイルチェが感心するように剣を眺めている後ろで、上手くいったことが面白かったのか、或いは私が鍛冶場に置かれていた複数の剣のデザインを模した事がバレていたのか、アッシュがくつくつと笑っていた。
ㅤ私がクロにフェザーソードを手渡すと、その軽さに一度ぎょっとして、すぐににやけて見せる。
「やるじゃない。これなら谷底の魔物なんて、目じゃないかもね」
「ああ、上手くいってよかった。ちゃんとクロの力になれそう?」
「なれそう?なんてもんじゃ……」
ㅤそこでどうやら、クロはなにかを発見したらしい。なんだろう、何か変なところがあったろうか。やっぱりデザインが良くなかっただろうか。もっとまっすぐとした、シンプルなものにすればよかったかな。そもそも素材としてロープを使っているけれど、ロープは一体どこへ行ったのだろう。フェザーソード自体にロープは影も形もない。あくまで繋ぎ止める、というイメージとしての素材なんだろうか。
「あんた、この武器、この効果……」
ㅤ不思議そうにしているクロの様子を見て、私は首を傾げる。祈りの剣の時のように、特殊効果が備わっているのは間違いない。解説文によれば魔術的干渉に耐え、最大限効果を発揮させられるらしい。つまり彼女が
ㅤクロもそれに気づいたのかもしれない。
ㅤアッシュが剣を指差しながら首を傾げた。
「それ、なんの魔力も帯びていないようだけれど。あの青い金属は、なんの効果も持ってなかったってこと?」
ㅤクロが自信たっぷりに鼻を鳴らす。
「それは実際に使ってみてのお楽しみだわ。少なくともあたしには、これの凄さが分かってる。なんたってトーカが作った武器だし。アッシュ。谷底の調査は、大船に乗ったつもりでいなさい。あたしがこの剣で、どんな魔物が出ようと斬り裂いてあげるわ」
ㅤなんですか、この可愛さは。フィルターに追い詰められた時に見せた大胆不敵さもまたたまらないものだったけれど、こうして自分にピッタリな武器が手に入ったことで嬉しそうにしている彼女の表情もまた、たまらないものがある。
ㅤ俯瞰する能力様様だ。ありがとう
ㅤ鼻血が溢れそうになって慌てて鼻を抑える私を他所に、アッシュはへえ、と短く呟いて、足元に置かれていた中身の詰まったランドセルくらいの大きさの鞄を持ち上げた。
「それなら、早く行きましょ!未知の金属を使った剣の切れ味は是非とも見ておきたいし。ジトにイルチェ、準備は出来てる?」
「もちろん!いつでもいけるよ!あ、そういえば、朝早く自警団詰所に顔を出したら、フリュエちゃんがお兄ちゃんやハズマさんにあの籠手の凄さを力説してて、びっくりしちゃったよ。お兄ちゃんもあの籠手には興味津々で、試し撃ちも見せてもらったんだけど、あの光量ならなんとかなるだろうって!だから谷底の調査は任せたぞって!任されちゃった!」
「はぁぁ……正直言えば谷底の調査なんて気が乗らないけれど、ジン様に期待されてるなら頑張るしかないわよね……いい?トーカにクロ、いくら新しい武器が手に入ってウキウキだからって、イル達の足を引っ張るようなことはしないこと」
ㅤアッシュがイルチェのお尻を引っ叩いた。
「いったぁ!やめてよ!イルのかわいいお尻が腫れたらどう責任とってくれるわけ!?」
「いい?谷底にはなにが待ち受けてるかわからない。いくらトーカの能力が便利で、クロやジトが強くて、イルチェの口が悪くても、決してお互いの邪魔になるようなことをしたり、言ったりしないこと。谷底調査が成功しても、ここの誰かが怪我を負ったりしたら元も子もないってワケ」
ㅤイルチェがお尻をさすりながら、恥ずかしそうにこほんと一つ咳払いした。先ほどのジトの口ぶりといい、イルチェの態度といい、どうも二人の間には特別な信頼があるらしいようにも感じる。アッシュが過去にイルチェを助けてあげたとか、そういった事だろうか。
「だから、全員無事に戻ってきましょ。アタシだって、大事な鍛冶場を守って行かなきゃいけないしね」
ㅤそう言ってにこりと微笑むアッシュを先頭に、いよいよ私たちは谷底への調査に乗り出すのだった。
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