第14話ㅤジトとイルチェ


◆◇


ㅤ持ち上げられたのなら、どんなに良かっただろう。大風呂でのぼせたクロを私が抱えたはいいものの、浴槽から抱き上げる事は叶わず、へろへろと倒れ込みそうになるのを、アッシュとフリュエが助けてくれた。

ㅤクロは意識を失ったりしてはいないものの、油断した、と口惜しげに呟きながら、アッシュにおとなしく身体を拭かれ、タオルを巻かれてベッドに連れて行かれた。

ㅤ私はその間身体を拭くのを手伝ったりしたものの、自分の不甲斐なさを実感していた。そして改めて体感したけれど、困ったことに、今の私の身体はやはり慣れ親しんだアラサーボディではないような、どこか他人事のような感覚のズレが生じる事がある。いくら日頃運動不足で湯船の中という不安定な場所だったとはいえ、自分より小柄な少女を抱き抱えることすら叶わないとは。

ㅤしかし一人で参っている場合ではない。私はアッシュに聞いて部屋に貯蔵されていた果実を一つ受け取ると、所持枠インベントリに収納して手早く瞬間作成インスタントクラフトでジュースを製作し、水分補給としてクロに飲ませた。その様子を見て、自分の身体を拭いていたアッシュが感心した声を出す。

ㅤそういえば私達は急いでクロを運んでくるのに夢中で、素っ裸のままだった。身体に付いたお湯で床を汚してしまった事を謝ると、アッシュは首を横に振った。


「別にいいわ。元々濡れてもいいように設計されてるし。ところでそのジュース、アタシにも一本貰える?」

「勿論」


ㅤもう一つ製作したジュースを受け取ると、アッシュは美味しそうに喉を鳴らして一気に飲み干す。


「ところでこれ、なんて果実なの?結構な数積まれていたけれど……」

「メザエの実よ。この町で作ってるやつ。種一つからたくさん実をつけるし育てやすいから、一箇所に篭りがちなここの人間には長年親しまれているワケ。味は酸っぱいけれど、水分豊富で栄養もあるから、こういうジュースにしたり、料理に添えたりもする。だけど副作用もあってね」

「ふ、副作用?」


ㅤ副作用がある果実を親しんでいいんだろうか。心配する私を他所に、アッシュは随分と気楽な様子だった。


「これ、精がつく成分が含まれているのよ。だから目が冴えて、長時間作業をするのに向いてるワケ」

「ぶっ」


ㅤ思わず噴き出してしまった。

ㅤベッドに横たわるクロが、力なく握った右手を挙げて抗議する。


「なんてもの飲ませてんのよ……」

「て言っても、結構な量食べないとそこまで効果ないから、大丈夫だって。水分補給できて良かったでしょ。あんたはそこで熱が取れるまで寝てなさい。その間に、アタシは武器の作り方を教えてくるから」

「ぐ……」


ㅤクロもその様子を見たいようだったけれど、今は仕方がない。私はもそもそと服を着て、自分はどうするべきかおろおろしていたフリュエに後を任せ、アッシュに付いて鍛冶場に移動した。

ㅤアッシュは入浴前に着ていたチューブトップを上半身に着たはいいけれど、下半身は黒い下着のままだった。いくら自宅だからとはいえ、大胆すぎやしませんか。なんというかその、いい具合に引き締まった腿が露わになっているというか、目のやり場に困るというか。


「なに、アタシが下着でいるのが恥ずかしいって?いいじゃない、女同士なんだし。というかアッツいのよ。炉に火を入れるとね。あんたもすぐに暑くなるから、今から薄着になっといた方がいいと思うけど」


ㅤそう言うと、彼女は散らかっていた炉の前の道具を乱雑に隅に寄せて、煤けた手袋を履き、チューブトップから小さな赤い石を取り出した。

ㅤえっ、どこから取り出したって?


「震え、揺らぎ、その姿を示せ。結晶は火の具現。ならば、燃える焔こそ正しき姿なり」


ㅤ彼女がそう祈るように唱えると、摘まれていた石がたちまち燃えるように真っ赤に輝き、炎の塊そのものになって、炉に投げ込まれる。

ㅤ私はその光景から目が離せず、口が開きっぱなしだった。石の輝きは昇る朝日のように美しく、透き通るような赤い煌きが胸を打つ。その輝きに照らされるアッシュは澄ました顔をしながら、胸に手を当ておとなしくしていた。そういう作法なのかもしれない。


「火を入れる時は、決まってこれを使うの。簡単だから。これは何かって言うと、火の魔力を石の形に練ったものよ」


ㅤごく自然に練ったものよ、などと言われたけれど、私にとってはごく自然なものではないので、理解するのにタイムラグがある。多分彼女の口ぶりから察するに、魔力というものは色々な属性を持たせることができて、加えてそれを持ち運んだりできるよう石に加工できる技術がある。

ㅤあの石の役割は現代で言えば、さながらいかなる状況下でも火を起こすことができるように作られた着火器ファイヤスターターみたいなものだろう。

ㅤ続けてアッシュは炉の前に置かれた椅子に座り、その辺に転がっていた、柄に布を巻きつけたハンマーと、金属を摘んだりするのに使うハサミを取り出し金床の上に置くと、後方から眺めている私によく見えるようにして、一枚の鉄板を取り出した。


「これはテツノジカの角から取れる鉄から不純物を取り除いて、板状にしたもの。どの町でもこういった形の金属は需要があって、店を探せば見つかるから、予めこういう加工用に作られたものをうまく調達するといいわ。純度が低いものを素材にするとそれだけ品質に影響が出るから、より良い素材探しは入念にね。これが使い捨ての投擲武器なら適当な素材でもまだいいかもしれないけど、主要な武器がしっかりしたものでないと、戦闘中に折れたりすぐ刃こぼれしたりして大変だから、決して忘れないで」


ㅤなるほど、そりゃそうだ。道端で拾った石で作ったナイフなら、脆くなるのも当然な気がする。せっかく便利な能力を使っておいて、出来上がったものが粗末なものでは能力が泣く。クロに持たせる武器は、例えば軽いけれど強度のある金属だとか、然るべきものを選び抜いて作ってあげたい。


「さて、ここからさっそく加工していくわけだけれど」


ㅤそう言って、ハサミで摘んだ鉄板を火に焚べ、赤熱したそれを取り出し、表面をハンマーで一発叩くと、用済みと言わんばかりにそれらの道具を脇に避けてしまった。

ㅤあれ、もう使わないのだろうか。


これハンマーはあくまで、材料の構成領域をいじるために必要な突破口を開くための、いわば解錠道具ね。構成領域ってのはつまり、金属ならどれくらい硬いとかを決めている数値が記されたメモみたいなもの」


ㅤ構成領域という単語が、構成領域コンポーネントみたいなルビが振られている単語でなくて助かった。覚える単語に横文字が多いと、頭の中がよりこんがらがってしまうからだ。機能メニューの能力名だけでも、すでにだいぶこんがらがっている事はさておき。


「数値、ってことは、アッシュはその数値をいじる技術を持ってるってこと?」

「そういうこと。ただ、数値をいじるってのはあくまでイメージの話で、本当はもっと複雑なんだけれどね。それこそやり方を聞いたくらいじゃ、並の魔術師だって実際に行うのは不可能なくらい」


ㅤアッシュは上目遣いで私を試すような表情をして見せた。どことなく愉快そうだ。私みたいな相手自体、そういないのかもしれない。


「だけどあんたはさえあればなんとかなるって言うから、しっかりとその目に焼き付けて、具体的なイメージを浮かべられるようにするといいわ」


ㅤアッシュはそれじゃ早速始めるよ、という目配せをして、熱された鉄板に指で触れた。


「うひゃあ」


ㅤ私は身をよじり、思わず声が出る。そりゃそうだ。手袋をしているからとはいえ、魔法で熱された鉄板に直接触れれば、手袋ごと指が焼けてしまうのではないかと心配もする。しかしアッシュは私の情けない声など意に介さず、

ㅤ通常であれば、人の指が鉄板の中に沈むことなどない。当たり前である。溶解したならばまだ柔らかいかもしれないが、鉄の溶ける温度は千五百度以上とかなので、そうなると今度は指が無くなってしまう。だから今目の前で繰り広げられている光景は、いくら首を傾げようが理解できるはずもないだろう。

ㅤ目に焼き付ける。今の私にできるのは、まさにそれだけだ。理解するのは後。熱された鉄に指を沈め、素材の情報そのものに触れるイメージ。目を見開いて集中していると、脳裏を走る羽根ペンが、カリカリと音を立て高速で文字を刻んでいる気がしてきた。


「硬いのならば、少し柔らかくして、少し硬いものに。少し硬くてもダメならば、今度はもっと柔らかく。指で触れた素材に言い聞かせるようにして、それを繰り返し、魔力を使って材質そのものを変えていく」


ㅤ火の熱さと噴き出す汗を除けば、まるで子供をあやす母のようにも見えたろう。アッシュの面持ちは柔らかく、指も鉄板を撫でるように揺れていて、とても鍛冶をしているようには見えない。彼女のやり方が特別なだけで、本来はもっと力に任せた、想像通りの鍛冶というものもこの世界にはあるのかもしれないけれど、私はとにかくその様子から目が離せなかった。相当ワクワクもしていると思う。

ㅤすると、そんなワクワクに応えるように、金属が次第に形を変えていく。アッシュは今度は鉄板の両端に指を添えて、面積を広げるように引き伸ばしていく。長さとしては、八十センチくらいはあるだろうか。撫でるような優しい仕草はそのままに、片側が刃の先端になるよう徐々に細め、もう片方には柄を作り、陶芸品のように形を整えていくと、あっという間に両刃の刃を持つ、装飾のないシンプルな十字の剣が出来上がった。

ㅤアッシュは小さく頷いて、膝に力を込める。よく見れば、鉄から赤みが引き始めている。火から引き上げて時間が経ったからだろう、熱が引いて、冷め始めているんだ。その間にも彼女は表面をなぞったり揺すったりして、手を止めない。

ㅤすっかり熱が取れたらしく、鉄板だったものが元の色を取り戻すと、アッシュは沈んでいた指を引き上げて、ふうっと大きく息を吐いた。

ㅤ鍛冶というよりは、やはり陶芸に近い。粘土をこねるか、鉄をこねるかの違いだろう。彼女は始めにハンマーで鉄を叩いただけで、それ以上道具を使うこともなかった。


「これで完成。一つ覚えておいて欲しいのは、本来熱して鍛えた鉄を鋼と呼ぶのに対して、これはそういった製造方法を用いていないから、名称は魔法鉄。あと、今は柄も含めて鉄で製作したけれど、柄に最適な硬さを持つ木材なんかがあれば、それに合わせて刀身を形作ったりもする」


 なるほど、簡単だ。見ている分にはとても単純な作業をやっているように見える。鉄板を撫で、形を整える。出来上がった刀身は美しい光沢を放っていて、覗き込めば自分の顔が映り込みそうなほどにピカピカだ。


「いや、全然簡単じゃないね……」

「そう、やってることは簡単じゃない。でもしっかり見られたでしょう。どう、イメージできた?」


 アッシュは額に浮かんだ汗を腕で拭い、手をパタパタとさせて扇いだ。つい先程大風呂に入ったばかりだというのに、相当集中していたせいか私もいつのまにやら汗だくだ。もう一度あの大風呂に入りたい。私も釣られて額の汗を拭う。

 しかし考えてみると、鉄をハンマーで叩いたりするよりは、私にとってはずっとイメージしやすい気がしていた。先程も言ったとおり、鉄をこねているのだ。正直言えばこねるやり方の詳細については分からない。魔力というものをどうすればそうなるかなんて想像しようもないし、まず魔力についてすら具体的に掴めていないわけだから。

 それなら何故イメージしやすいのか。それは私が持つ能力の、瞬間作成インスタントクラフトにある。森の中で試行錯誤した際にも思ったけれど、瞬間作成インスタントクラフトはどうも細かい所を追求しない。言ってしまえば大雑把でもなんとかなる、ということである。そうでなければまず剣など作れない。私が鉄製の剣を生み出す際に思い浮かべたイメージを他人に話したならば、よくそんなイメージで武器が作れたものだと失笑されてもおかしくないわけだ。

 つまりは、どうやって剣を作るのか、そのイメージさえ湧けばいい。この世界には素材を魔法でこねくりまわして、形を変える製法がある。それが分かってしまえば、瞬間作成インスタントクラフトはどうとでも補完してくれるのではなかろうか。


「それじゃさっそく……試してみる?」


 アッシュは先程熱したもの、よりはやや小ぶりな灰色の塊を取り出して、私に手渡した。私はまずそれを所持枠インベントリに入れてみる。


 【精錬鉄(小)】

 精錬された小サイズの金属。鉄は最も幅広く様々な用途に用いられている金属であり、また様々な地域で採掘可能である。


 これをアッシュのように加工して、剣の形に整える。

 目を伏せると、私の脳内に妙にこじんまりとした炉が出現して、そこに小さな火が焚べられた。その火の小ささでは鉄を溶かすことなど出来なかろう。

ㅤしかし、今までこんな風にイメージが具体的な形を持つことなどなかった。瞬間作成インスタントクラフトは脳内イメージと実際の製作を驚くべき早さで結びつけ、気がついた頃には手のひらに出来上がったものが乗っているため、こうしてゆっくりとイメージを練る事ができているのは初めてだ。もしかすると、私の精神や、瞬間作成インスタントクラフト自体の機能が成長しようとしているのかもしれない。

ㅤ現に、さらにそこへ精錬鉄を焚べ、アッシュの真似事をして鉄の赤に指を沈める自分の姿が見えるのである。火の小ささなど問題ではなかった。なにせこれは現実ではなく、私の頭の中での出来事であり、そしてすべては瞬間作成インスタントクラフトが作用する瞬間であるからだ。森の中で祈りの剣を作った時に感じた腕の熱さほどではないけれど、こめかみがピリピリとひくついて、全身が妙に熱っぽさを帯びている。

ㅤ上手くいかなくてもいい。せめて少しずつだけでも感覚を掴め。手のひらの中にある鉄板を撫で、整える、撫で、整える。反復して繰り返す内に、どうやら集中しすぎて呼吸を忘れていたらしい。胸が詰まる息苦しさを感じて、慌てて息を吐いた。


「へぇ……?」


ㅤ感心するように私の手元を覗き込むアッシュ。目線を落とすと、先ほどアッシュが製作したものよりは小ぶりで、上手く形を真似ようと足掻いて出来た、鉄製の短剣の刃が出来上がっていた。しかしあまりに剣先を整えるのに必死で、柄が付いていない。


「こりゃいいわ。材料さえあれば刃が作れるんだもの。あんた鍛冶師……というか、武器商人でもやればこの町以外でなら儲けられるんじゃない?」


ㅤ武器商人、というのはあまりに物騒じゃなかろうか。けれど彼女が言う通り、こうやって前より余程頑丈そうな武器やそのパーツを生み出すことができるのならば、それをたくさん作って武器屋に卸す事で、儲けが出そうではある。

ㅤしかし私が武器を作るのは、あくまでクロのため、ひいては私の護身のためだけであるので、売り物にしようなどとはさっぱり考えてもいなかった。

ㅤ作ったものを売るというのは考えていなかったわけではないけれど、せいぜいがジュースや調理品、なにかの道具くらいが現実的なもので、武器や防具を作って売ったならば、私が作ったそれが誰かを傷つけたりする原因になってしまいかねない。

ㅤでももしここで売った武器がこの町を守る人たちの力になるというのなら、それはありなんだろうか。

ㅤううん、こういう時にもっと利己的な考えが出来ないのが私の面白くないところだと思う。これが異世界での冒険だ、と意気揚々テンション高めに大手を振って能力を披露し歩く冒険者であったならば、材料が手に入り、それで作ったものが高く売れると知った瞬間、即座に増産して売り捌き、富を築いたりするだろう。お金があれば旅が豪華になるのは必定。例えば移動式の魔法の馬車みたいなものだって、買えちゃったりするかもしれない。そんな便利なものがあるかは知らないけれど。


「ねえアッシュ、これは少し気になるだけなんだけど……」

「うん?」

「例えば私がこの力で作ったものを売りたい、なんて言ったら、買い取ってくれるところってあるのかな」


ㅤアッシュは私の手のひらに置かれていた刀身を拾い上げまじまじと観察している。


「この町には例えば大都市にあるような、便利な買取屋はないわ」

「そうなんだ」

「でも例えば道具なら雑貨屋、魔導具なら本屋とか、専門の店に行って交渉すれば、質の良いものなら買い取ってもらえたりもする。アタシだって他所でしか手に入らない材料を旅人から買ったりするしね」

「じゃあ、武器や防具もアッシュが?」

「あのねえ、うちは鍛冶場。あくまで作る場所であって、ものを売るところじゃないわ。ここで作られてるものはこの町の人間、主に自警団が装備するためのものだから、ここで旅人相手に直接売買をするようなことはないの」


ㅤ私がクロのために武器を作るように、アッシュはこの町のために作っている。しかしそうなると、例えばここに立ち寄った人間がアッシュが作った武器を買い取りたい時なんかはどうするんだろう。


「でも、旅の途中で落としたり壊したりして装備品を無くした旅人なんかはもちろんいるから、そういう時は詰所でハズマが相談を受けて、あいつが必要だろうと感じた相手にだけ売ったり直したりしてるわ。持ち込まれたものが余程強力なものだったりしたら考える価値はあるかもしれないけれど……基本的にこの町は、この町の力で守って行ってるの。今回は例外ではあるけれど」


ㅤこの町はこの町の力で守る。彼女が胸を張ってそう言い切れるのは、自警団の力になる確かな質の装備品を生み出せるだけの自信と実力があって、それでどうにかなっているからだ。

ㅤ国境砦という役割をもって建てられた町だからこそ、他所から持ち込まれる余計なものは入れないという信条が受け継がれているのかもしれない。

ㅤアッシュは話しながらも私の作った刀身をじっくり観察し終えると、それを側にあった台の上に置き、手にしたハンマーで殴りつける。

ㅤこれが石で作ったナイフなら、ものの見事に砕け散っていたろう。なにせ地面に落とすだけで砕け散るほど脆いものだったからだ。しかしガチン、と重い金属音が鍛冶場に鳴り響いた後も、刀身は形を保ったままだった。


「うん、使えるんじゃない?これ」

「ほんとに!」

「本当はもっと威力が出るように、魔力で加工するやり方なんかもあるけれど……あんたには難しい話だろうしね。ちょうど柄に組み込めそうな形もしているし、あんたがもっと剣の形状なんかを勉強すれば、より良いものになるはず」

「なるほどぉ……!」


ㅤ思った以上に褒められたので、思わず頬の筋肉が弛緩する。


「これがただ弱い動物を斬りつけるだけのものなら文句はないでしょうけれど、使用者によっては武器に魔力を乗せる人間もいるし、そうなると魔力を乗せやすい加工方、みたいなものもある。だからもっと回数を重ねて上手く作れるようになったら、その時色々な人に聞いてみなさい。勿論、場合によってはアタシも話を聞くわ。でもま、依頼の報酬としてのレクチャーとしては、今はこんなところでいいでしょ」

「うん、作る工程が見られてよかった……!」


ㅤ彼女にとっても何か手応えがあったのだろうか、アッシュもまた満足そうににっこりと笑うと、チューブトップから無色の石を取り出して、炉に放り込む。するとたちまち石が火を吸収して、先ほどまでパチパチと火花の散る音が鳴っていた鍛冶場が、急に静かになった。

ㅤそれにしてもまたチューブトップから取り出しましたね。彼女は平坦な胸をしていて、チューブトップを着けていようがいまいが起伏がないに等しいのだけれど、いったいどこに石が収められているのだろう。もしかしてなんでも取り出せるなんたらポケットのような、魔法の道具だったりするのかもしれない。


「ところで、あんたが決めかねているみたいだった自分用の武器だけどね」

「あっ、うん」


ㅤそういえば大風呂の湯船の中で、そんな話をしたっけ。


「あんたのその力を見ていて一つ思いついたことがあってね……聞いていく?」


ㅤそう言ってニヤリとするアッシュを見て、私は胸が高鳴った。そもそも武器というもの自体に詳しくない私にとっては、私が持つべき武器種について専門家から提案を受けられるのは非常にありがたい。それは例えば巨大な斧を所持枠インベントリに収納して戦う時だけ取り出して一撃に全てを賭ける、なんて脳筋戦法でない限りは、考える余地のあるものだろうに違いないからだ。

ㅤ喜んで返事をしようとした私だったけれど、不意に背後から聞こえた明るい声に、返事が遮られてしまう。


「あっ、新人さんー?」


ㅤ振り返るとそこには、灰色の鎧を装備したこの町の自警団の一員らしき女性が二人、立っていた。



◇◆


ㅤ鍛冶場の開けた入り口に立っていたのは、上半身を灰色の鎧で覆う燃えるような赤い髪に灰緑の瞳の女性と、胸と腰だけを灰色の鎧で覆い、ヘソだしルックで桃色の髪と瞳をした派手な女性の二人組。

ㅤ私の目は桃色髪の女性のヘソに釘付けだった。


「陽キャギャルが来た……」

「え?」

「ねえアッシュ、あの鎧って結構自由にデザインできるもんなの?」

「そりゃ、人の戦闘スタイルに合わせたものは作るけど……ああ、あの露出は単なる彼女の趣味よ」

「なるほど……!」


ㅤ私が適度な露出に心の中でガッツポーズをしていると、赤い髪の女性がぱぱっと私のそばへ駆け寄ってきて、勢い任せに私の手を取った。

ㅤ彼女の手はとても柔らかく、ふわりと揺れる髪から漂う花のような甘い香りに意識が蕩けそうになる。私は握られていない手で背中の肉をつねり、なんとか意識を持ち直す。


「あなた、あの時蛇から逃げてきた旅人さんだよね!ようこそアイリオスへ!あの時は別の用で挨拶できなかったから、改めて!」


ㅤ女性は私の手を離すと、くるっとその場で回って見せた。すっぽりと鎧で覆われた上半身に比べて下半身はデニム生地のような質感をしたラフなパンツスタイルで、所々がおしゃれに破けている。背中には身長以上の長槍を背負っていた。


「私はジト!ここの自警団をしているの!旅人さんが歳の近そうな可愛い女の子たちだって聞いて、気になってたんだ!よろしくね!!」


ㅤ語気を強めるエクスクラメーションマークがとても多い。ジトはとても朗らかな笑みを浮かべる元気な女性で、ぱっちりとした目が宝石エメラルドのように美しく、見てるこっちまで口元が緩む。

「わ、私はトーカ。よろしく」


ㅤ前の世界では奥手なわけではなかったけれど、初対面の人間にこうして笑顔を振りまけるほど明るいわけではなかった。だからというわけではないけれど、ジトの眩しい笑顔に照らされて、思わず少し言葉が詰まってしまう。


「トーカ!よろしくね!!」


ㅤジトはそう言うなり、私にガバッと抱きついてきた。ああ、せめて、せめて大風呂にもう一度入ってからハグしたかった。鍛冶のやり方をアッシュに教えてもらう間中炉に炙られて、なかなかの量の汗を掻いてしまっていたと思う。汗臭くって引かれはしないか。

ㅤしかしそんな心配など必要なかったようで、ジトは私の汗を気にするようなこともなく、私の体をぎゅうっと抱きしめてくれた。多幸感が身体中を駆け巡り、どうにかなりそう。

ㅤこんなに連続で美少女と知り合ってしまっていいのかしら。こういう異世界に登場するのが決まって美男美女ばかりとは、なるほどこれは帰ってこられなくなる。


「ジト?汗臭そうよ、その娘。それにイル達だって仕事を終えたばかりで、汗臭いんだから。まずはお風呂に入らないと」


ㅤ桃色髪の女性が私からジトをひっぺがし、睨みつけてきた。

ㅤうっ、こっちの女性は物言いがきつそうだけれど、見事なジト目だ。いいよね、ジト目。人をジトーっと見つめるような目の事だ。ジト目女子という言葉があったり、常にそんな目をしているキャラクターがいるくらい、人気のある要素だと思う。


「あっ、そうだよね、ごめんね私、汗臭いだろうに抱きついちゃって!」


ㅤいや、大丈夫。いい匂いがしました。というかジトと後ろの彼女は名前が逆だったりしませんかね。ジト目だからジト、だとそのまんますぎるかな。

ㅤ決して口に出さないよう注意してそう考えていると、ジトが謝りながら桃色髪の女性を紹介してくれた。


「彼女はね、イルチェ!私の同僚で、相棒なの!ちょおっと口が悪いけれど、根はとっても良い子だから、仲良くしてあげて!」

「ちょっと!口が悪いは余計なんですけれど!?」


ㅤイルチェはジトのことを睨み付けると、つん、とそっぽを向いた。はい、かわいい。多分ツンデレだろう。ジトの相棒だと言っていたから、彼女とは非常に仲が良かったりするのかもしれない。だとしたら、それはもう眼福以外の何者でもない領域が広がっていたりはしないだろうか。具体的に言うと「百合」的な領域が。

ㅤ私の背後からアッシュがにゅっと顔を出して、イルチェの身体の前で鼻をくん、とさせた。


「あー、ほんとあんた汗っ臭いわ。今日の持ち場は外回りだったワケ?」


ㅤ思いの外ショックを受けたような顔をして自分の腕の匂いを嗅ぐイルチェを他所に、ジトが明るく元気に答える。


「そうなの!蛇が出たでしょ、だからまた橋が壊されないようにって、何人かで見張ってたんだ!でもあの閃光弾がよっぽど効いたのか、蛇が姿を見せる様子が全然無くって!だからお兄ちゃんが、お前達は休んでもいいって言ってくれたんだ」

「お兄ちゃん?」

「ジトの兄貴はジンっていう、自警団のトップなのよ」

「へぇ……!」


ㅤもしかして私たちを詰所へ案内してくれた槍の男性がそうだったりするんだろうか。

ㅤ自分の匂いを確かめていたイルチェははっと何かに気づいたように口を開け、手のひらを頬にぱちっと当ててくねくねしだした。なんだろう、その動きは。恥ずかしいやら嬉しいやら、そんな感情がごた混ぜになって暴れているようにも見える。なんというか、あざとい。私にはそんな動きはきっとできないだろう。


「もしかしてジン様、イルの体臭を気にして……?こうしちゃいられないわ、お風呂借りるわよ!」


ㅤそう叫ぶなりジトの首根っこを掴んで、一目散に大風呂へと向かっていった。途中でベッドに横たわるクロとそれを看病するフリュエに出くわしたんだろう、悲鳴が耳をつんざいた。


「ぎゃあ!あんた達誰よ!?」

「わっ!また可愛い子達!私はジト〜よろし」

「……いいから!お風呂!」


ㅤまるで嵐のような賑やかな声が奥の部屋へと消えていき、そうしてまた静寂が訪れる。

ㅤアッシュはやれやれといった様子で首を鳴らすと、すっかり火も消えてわずかばかりの熱だけが残る鍛冶場にふうっと息を吐いて、私に微笑みかけた。


「アタシ達ももうひと風呂、浴びてきましょ」

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