第13話ㅤ秘湯と鍛冶師アッシュ


◆◇


 私達は町の北門に併設されている検問所の、その裏手にあるという鍛冶場に集まって、半ば無理やりアッシュの話を聞かされることになった。この先鍛冶場、と書かれた鉄製の看板を通り過ぎ、大橋の補強工事の騒音が反響する細い道を抜けると、これまで見た中で一番大きな鉄箱にいくつもの煙突を突き刺したようなゴテゴテとした建物がある。これが鍛冶場なのだろう。しかし煙突からは煙ではなく湯気が出ているように見える。湯気?お風呂でも沸かしているのだろうか。

 随分と急な話だったけれど、クロもフリュエも特に異議を唱えるでもなく、おとなしくアッシュの後をついていく。ハズマはクロと何やら話した後、用があるからと詰所の方へ戻っていった。

 私はクロに顔を近づけて、ひそひそと話しかける。


「成り行きで話を聞くことになっちゃったけど、良かった……?」

「良かったもなにも、足止めを食らって他にすることもないし、気が紛れるからいいわ。それにあのハズマって男に、厄介事を引き受ける代わりに妙なやつが町に入ってきたら知らせなさいって言っておいたから、その辺も大丈夫でしょうしね。あと……」

「あと?」


 クロが不意に私に向かってふっと微笑んだので、危うくキュンとして心臓が止まりかけた。不意に見せる緩んだ笑顔はずるい。私もそうだけれど、彼女もまた、私が思う以上に気を許してくれている気がして嬉しい。


「あんたには、鍛冶場で武器の作り方を学んでもらわないと。そうでしょ?」


 私が鍛冶場にあった用とは、まさにそれだ。鉄製の剣やその強化版である祈りの剣を生み出した時は、森の中で無我夢中だったとはいえ、随分とぼんやりとした製造方法をイメージして作ったものだった。だって仕方がない。平和な一般社会で汗水を流してきた民間人が、武器の製造方法を知るはずもない。仮に知っていたとしたって、それはアニメやゲームから感じ取ったぼんやりとした知識というか、手順や仕組みをシステム上で簡素化したものがほとんどだと思う。そう考えると、瞬間作成インスタントクラフトは利便性を突き詰めたものだ。

 祈りの剣は活躍こそしたけれど、結果としてクロの前進ブーストには耐えきれず、砕け散ってしまった。いくら想いを込めることで特殊効果を付与することができる、という瞬間作成インスタントクラフトの使い方がわかった所で、今後も彼女とずっと旅を続けるなら、今度こそ彼女の振るう力に耐えうる武器が必要になる。そのためには、本職の鍛冶師の知識を得たい。だから私はここに来たかった。

 さすがにクロも自分の武器がない事に思う所があったのか、私が鍛冶場に向かう理由もお見通しだったらしい。


「まあ、うん……」


 自惚れかもしれないけれど、どうも彼女の口ぶりは、私が鍛冶場で知識を得て強度のある武器を作れるようになることに期待しているような言い方だったと思う。気の所為じゃないよね。だとしたら、これはその期待に応えないと。

 鼻息を荒くして意気込んでいると、鍛冶場の入り口部分に降ろされた鉄製のシャッターを上げ、アッシュが内部へ招き入れてくれた。


「こっちよ」


 鍛冶場の中はずいぶんと散らかっている。部屋の突き当たりにはひときわ目立つ火が焚べられていない大きな炉があり、そばにはふいごや形の異なるいくつかのハンマーに、真っ黒いハサミ、水の入っていない木桶、名前のわからない数種類の道具が詰め込まれた工具箱、失敗作のように見える曲がった剣などが置かれていた。

 アッシュはそこをすいすいと通り過ぎ、奥に併設された作業場の、大小様々な鉱石の乗った木製の大きなテーブルの下から丸椅子を引っ張り出し、私達に座るように促す。居住空間も兼ねているのだろうか。壁際には簡素なベッドも置かれている。


「適当に座って」


 鍛冶場の中には他に人がいないようだ。入り口のシャッターも閉まっていたし、人の気配を感じない。


「そりゃ、ここはアタシ一人でやってるとこだからね」

「一人?」

「そ。アタシの鍛冶はちょっと特殊で、人に教えるのが難しいから、弟子はいないの。たまに手伝いにきてくれる人はいるけどね。クルミエとか」


ㅤクルミエとは、宿屋のお姉さんのことか。


「特殊な鍛冶ねぇ……」


ㅤクロがほんのわずかだけ困った顔をして、私を見た。特殊な鍛冶、というのがどんなものかは分からないけれど、要はイメージさえ掴めればいいので、やり方がどれだけ独特で難しいものであったとしても気合でなんとかなる、はずだ。まずは話を聞いてみよう。そこからは私の感受性次第。私は自分の顔をキリッとさせて、力強く頷いてみせる。

ㅤアッシュはベッドにどかっと腰掛けると、布団の下から書類の束を取り出して、私たちに見えるようにテーブルの上へ放り出す。


「アタシがあんた達に頼みたいのは、要は用心棒よ」


ㅤアッシュが取り出した書類は、アイリオス近辺の地形を記した地図と、そこで採れる鉱石類を記した資料だった。

 鎧籠アイリオスは、フラシャリテから長々と続く街道の果てにある、森林と渓谷の境にそびえる砦の町だ。渓谷は性質と色の違う二種類の土がまるで織物のように独特な模様を形作っており、それがまるで二つの布を縫い付けたようであったので、縫合の谷と呼ばれるようになったらしい。

 アイリオスの北門から町を出て少し歩くと坂道が続いていて、谷底へ降りることができる。そこではアイリオスの自警団が装備している灰色の鎧や、槍など武器類の材料となる「大地のエレメント」という、地属性の魔力を多量に含む鉱石が採れるのだが、元々大した魔物も出ず、変調域になっても荒れることなど滅多に無いため危険のなかったその谷底に、突如気性の荒い生物が多数発生し、発掘作業が困難になってしまったというのだ。


「これが例えばただの小鬼ゴブリン粘性鬼ゴブスライムなら、わたし達でなんとでも片が付くわ。ザコだもの。でもこれが困ったことに、谷底には精魂虫バグスピリットや、見たことのない生き物がいくつもうようよいて、ちょっと腕に自信があるくらいじゃ手が出せなくなってしまったの」


小鬼ゴブリンはまだわかる。西洋ファンタジーにおいて定番の、鼻と耳の長い子供のような姿をした生き物のことだ。しかし粘性鬼ゴブスライムとはなんぞや。ゴブリンとスライムを掛け合わせたものかしら。精魂虫バグスピリットとなると、もはやなんなのかさっぱり分からない。虫だろうか。

ㅤアッシュが理解できないといったように首を傾げる。


「何、あんた粘性鬼ゴブスライム精魂虫バグスピリットを知らないの?旅人だって聞いたけど、どんな田舎から来たワケ?」

「ええと、粘性鬼ゴブスライムとは、本来水の眷属である粘体スライムが、生息地域に溢れる地の魔力に当てられて性質変化したものの事です。色が小鬼ゴブリンのような茶褐色になるので、粘性鬼ゴブスライムと呼ばれています」


ㅤフリュエが捕捉してくれました。助かる。


精魂虫バグスピリットは、精霊になり損なった魔力の端くれなんかがわっと一箇所に集まって、蚊柱のようになったもの。魔力の塊に近いけれど、性質もめちゃくちゃだから、巻き込まれると体調不良を起こしたりするわ」


ㅤアッシュは説明しながらずっと不機嫌そうな顔をしている。物を知らない私に怒っているとかじゃない。その精魂虫バグスピリットという生き物に一際腹を立てているようだ。


「そのバグなんたらは、本来谷底にいないものなの?」

「精霊ってのがそもそも、自然豊かな場所で生まれるの。妖精が花から生まれるー、みたいなお伽話があるようにね。だから砂と土と岩だらけの谷底に、精魂虫バグスピリットが生まれるなんてことは本来あり得ないワケ」

「なるほど、そういうもん……」

「奴ら、アタシ達が欲しがる鉱石に群がって、石を劣化させるから、嫌いなのよ。もっと実体を持ってる生き物なら、ハンマーでぶっ飛ばしてやるのに」


ㅤテーブルに置かれた書類に一通り目を通したクロが、鼻をふんと鳴らして疑問を投げかけた。


「それで?用心棒ってのはつまり、谷底に住み着いた精魂虫バグスピリット達を退治して、この書類に書かれている鉱石や、大地のエレメントを採取する手伝いをして欲しいって?」

「それもあるけど、もっと言えば谷底に何がいるか、どうしてそれがいるかについての調査よ」

「発生源の解明ってこと?」

「そういうこと」


ㅤなんだろう。勝気な性格だったり、一人称があたしだったり、クロとアッシュは共通点があるけれど、どうやら性格も似ているところがあるらしい。会話がやけにスムーズに進む。残念ながら、身長はアッシュの方が勝っているのだけれど。


「そもそも変調域というものが、おかしな生物が湧く時節ではあるけれど、巨大な蛇が街道を彷徨いたり、谷底に生態系の合わない生き物が発生するとか、ここで生まれて27年、物心ついてから今まで、一度だってこんな事はなかったの。だから、何かがおかしい。何かが。アタシはこのズレが、なんらかの要因でこの辺りの環境がねじ曲げられて発生したものだと思ってるワケ」

「上から何か確認できたり、とかは無かったんですか?」


ㅤフリュエがおずおずと口を挟んだ。


「勿論ジンが……この町の自警団のリーダーね。彼が率いる調査隊が出かけて調べはしたけれど、肉眼では何も確認できなかったの」

「肉眼では……」

「そう。肉眼ではね。降りて確認するには人が足らなかったから。でも、ある箇所に精魂虫バグスピリットが異様に集まっている空間があったのを確認できた。精魂虫バグスピリットは魔力の集合体で、密度の高い魔力は空間を歪めて視認性を落とすから、そこに何かが隠されている可能性もある、けれど」

「上からでは調査できず、谷底を伝って調べる必要があり、しかし人員は蛇からの町の防衛に割かれているので、そもそも調査に出ることができないと」

「それであんた達に声をかけたワケよ」


ㅤアッシュは煤けた手袋を履いた手で、フリュエの腕に嵌め込まれている手甲を指差した。


「あんたのソレ、武器でしょ。それもふんだんに魔力が織り込まれた、ね」

「わかるんですか!?」


ㅤいやまあ見ればただの手袋ではないという事はわかるんだけども。メカメカしいし。フリュエが随分嬉しそうに驚くので、思わずツッコミを入れてしまった。


「で、白髪眼帯のあんたも、相当特殊な能力を持っているように見える。あんたの言動には自分の持ってる強さに裏打ちされた、自信が現れてるもの」

「わかるもんなの?それ」

「まあね。職業柄、常日頃からいろいろな魔力に触れるから、そういう波長とか、感覚がわかるもんなのよ。わかりやすいものだと、身体から色が立ち昇って見えたりするワケ」


ㅤなるほど。深いな魔力。

ㅤ考えてみれば魔力ってとっても便利な能力値だ。世界によって扱いに差異はあるけれど、媒体はなんであれファンタジーものに触れる機会があれば、例えば魔力とは身体や自然に満ちる生命力だとか、そういうイメージはできると思う。フリュエが言ったように魔術として、不可能を可能にするために必要な非現実的なエネルギー。

ㅤおそらくこの世界でも、そういった便利なエネルギーなのだろう。アッシュが常日頃から触れるものと言うなら、鍛冶師にとっても必要不可欠であるものなのは違いない。色々な職業に応用が効いたりもしそうだ。


「あと……アタシが言えることじゃないけど、お風呂に入ってないでしょ」


 クロは突然体臭を指摘されたもので、口をへの字にして黙ってしまった。いやだって、そもそも彼女は森の奥にあるらしい実験場から逃げ出してきた身だし、私だってこの世界に来たばかりで忙しかった。人が密集している施設に着いたのだって初めてだ。それはそうと、彼女の身体の匂いを嗅いでみてもいいだろうか。ちょっとくらいなら。なんならさっき背中を拭いたときに嗅げばよかったな。

 鼻を近づける私の顔面は、クロのアイアンクローによって抑えつけられてしまった。


「ま、それはともかく、あんた達なら戦力になる。町の人間以外の戦力が手に入るのは、願ってもないことだわ。だからあんた達にその気があれば、アタシの調査を手伝って欲しい。というか……そうだ、むしろ手伝いたくなると思う」

「それは……例えば報酬が良いとか、そういう材料で?」

「もちろん、成功してもしなくても、手付金としてまず一人につき二百クロム。成功したら報酬金として一人につき三百クロム出すわ」


 クロとフリュエが、感心するように同時に声を出した。

 先程購入したクロの服が四十クロム。一人分の手付金でこれが五着買える。それが三人分だから、合計六百クロム。こうなると十五着も買える。いや、そんなに同じ服いらないけど。

 クロの服は生地もそこそこ良さげなものに思えたので、仮に一クロムが二百円くらいだと仮定して、四十クロムは八千円。手付金と成功報酬金を合わせると五百クロムなので、この依頼を完遂すれば、一人につき十万円もらえるという計算になる。

 これが命を懸ける仕事の報酬としてふさわしい額なのかは、素人の私にはわからなかった。


「相場がわからないけど……ねえフリュエ、こういうのってこれくらい貰えるもん?」

「これが例えば旧王都を主な活動拠点とする名うての傭兵を雇うとなれば、手付金だけでも最低千クロムは支払わないと耳を傾けてすらくれないと思いますが、私達は無名な上に知り合って間もないので、これでも十分もらえている方だと思いますよ」

「千クロム……むしろ二百クロムも出してもらっちゃっていいのかな」


 アッシュが二十七歳にしては成長途中に見えるサイズの胸を張り、自慢げな様子で答えた。


「こっちには貯金が結構あるから、別にこれくらいなんともないわ。むしろこの調査が上手くいって、障害を取り除くことができれば、今以上に仕事が回るようになるだろうしね。それに今はそんなに悠長にもしていられない状況下だし、準備が必要であればある程度の予算も出すわよ」

「太っ腹だぁ……」

「それに……そうだ、あんた達、詰所向かいの宿に泊ってるんでしょ?この町には風呂付きの宿なんて高尚なものはないし、入浴できる場所も限られてるから、この依頼を快く受けてくれるって言うなら、アタシの家の大風呂を貸すわよ」

「え?大風呂?」


 そういえばアッシュが腰掛けている壁際のベッドの脇に、さらに奥へ繋がる通路があるのが見える。入り口には紺色の暖簾が掛けられ、床には空になった瓶がいくつか入った木箱が置かれていた。もしこの通路の先にあるのがその大風呂であるならば、この瓶はつまり、牛乳など入っていたのかしら。風呂上がりには牛乳と相場は決まっている。それはどこの世界でもそうあるべきだからだ。


「そういえば、なんだかいいにおいがしますね」

「ハズマに話をつけて帰ってきたら、ひとっ風呂浴びるつもりだったのよ。だから今すぐ入ることもできるワケ」


 なるほど、この建物を外から見た時に上がっていた湯気は、大風呂が湧いている湯気だったのか。炉に火が入っていないので、おかしいと思っていた。しかし大風呂か。正直言うと空腹を満たすことや今後どうするかについて考えるばかりで、入浴して身を綺麗にすることなどあまり考えていなかった。先程服を購入する時にとやかく言われなかったのも、一度身体を拭きはしていたし、あのお店自体香水の匂いがかなりきつかったので、それで紛れていたせいだろう。


「どうする?要件は、谷底の調査。きっとこの辺りでは見たことのない魔物と呼ばれる生物がいたりとか、想定外のこともあると思うわ。内容如何によっては、報酬金を追加で出すことを考えてもいい。そして、アタシの家の大風呂を好きに使っていい権利も付いてくる。これ以上ないと思うけれど」


 考えてもみてほしい。大風呂を好きに使えるということは、つまりクロやフリュエ、あまつさえアッシュの裸すら、好きに見られるかもしれないということだ。これは私には何より極上の報酬である。もちろん、お金だってほしい。この世界で立派に生きていくためには、ある程度まとまったお金を持っておく必要がある。報酬金もそれなりにもらえるわけだし。しかし私にとってはそんなお金よりも美少女だ。これが重要である。この旅の根底にあるのは「美少女と旅をしたい」ことなので、美少女に纏わるイベントは、拒む理由がどこにもない。

 私がにっこにこしているのを見かねたのか、クロが呆れるように、観念したように首を左右に振った。


「報酬については、提示される分についてはそれでいいわ。十分だと思うし」

「提示される分、というと?」

「困ったことに、あたしやトーカはここに来る途中、武器を失くしてしまったの。だから、こっちから一つ提案したい。あんた、見た所鍛冶師なんでしょ?だったら、このトーカと協力して、彼女とあたしの武器を作ってほしい」

「へえ……!」


 アッシュが目を爛々と輝かせてこちらを見る。さすが本職、と言うべきだろうか、鍛冶については別腹と言った様子で、クロが私と協力して、と言った部分に、大変興味があるらしい。私の手を勢いよく掴むと、手や腕を触って何かを確かめ始めた。ちょっとくすぐったい。


「筋肉が付いているようには見えないし、強い魔力があるようにも思えないけれど?」

「彼女には特別な力があるのよ」


 クロが目配せしたのを見て、私はこくりとうなずいた。崖の上でせっせと集めた石や枝などの端材からツギハギのナイフを瞬間作成インスタントクラフトで生み出して、手のひらに乗せる。

 ナイフの出来はともかく、アッシュは大層驚き、手のひらからナイフを拾い上げると、観察される途中に真ん中でぽっきり折れたことにもまた驚いて、私に言われて地面に放ると粒子となって消えたことにも驚きっぱなしだった。

 クロがまるで自分のことのように誇らしそうにしている。むちゃくちゃかわいい。


「なぁるほど、これが特別な力かぁ……!」

「この能力は、大まかに説明すると素材と、イメージするレシピさえあれば出来る。極まればあんた達鍛冶師泣かせの能力だと思うけれど、生憎トーカは鍛冶の経験なんかこれっぽっちもないみたいだから、作れるのは精々がこのくらいで、立派な武器なんて夢のまた夢なのよ」

「素材とイメージするレシピか……つまり、アタシに鍛冶のやり方を教えて欲しいと?そうすれば、こんな脆いナイフなんかじゃなくて、もっと立派な武器も作れるってワケね。理屈は理解したけれど……アタシのやり方を真似すると、こういう武器が作れるようになるわよ」


 アッシュはニヤリとして、部屋の隅にあった箱から一本の長剣を取り出すと、私達によく見えるようにテーブルの上に乗せる。一見するとシンプルな鉄製の長剣であるけれど、よく見ると刃の部分がまるで大理石のように光沢があり美しく、一種の芸術品のようでもある。しかしなぜこれほどの剣が部屋の箱に乱雑に詰め込まれていたのか。よく見ると柄の部分だけは凝っていないようで、到底刃の重さになど耐えられそうもない木枠の簡素なものが取り付けられているだけだった。もしかすると刃は美しいけれど、一撃で刃こぼれしてしまうほど脆いとか、そういう失敗作なのかもしれない。それでも芸術品だと嘯けば、物好きな貴族に売れそうに見えるけれど。


「それ、磨きに磨いてピカピカにしたはいいけれど、見た目をよくするだけに注力しすぎたせいで中身がスッカスカなの。持ってみて。ものすごく軽いから」


 言われて手にとってみると、拍子抜けして後方に倒れ込んでしまいそうになるほど軽い。まるで綿のよう、は言い過ぎかもしれないけれど、例えるならそれくらいということだ。これなら私だって携行することは容易いかもしれないけれど、実戦ではまず役に立たないこと間違いないだろう。

 アッシュはこんな武器を作る職人なのだろうか。

 信じられない、といった顔が表情に出ていたのか、アッシュは私の顔を見ると、思わず吹き出した。


「ぷっ……!ああ、ごめん。冗談。こんなお遊びの剣だけを作るような鍛冶師が、この町で大きな顔してこんな大きな家に住んでるはずないでしょ。それにここは、先代に先々代から、さらにはもっと向こうの顔の知らない先祖まで、ずっとこの町を守るための武器や防具を作る職人達の情熱を受け継いでるわけだから、もちろんちゃんとした装備品だって作ってるワケよ」

「ああ~なんだ、びっくりしたぁ……」

「ご先祖、ということは、アッシュさんのお家の方々が永く受け継いできた場所なんですね、ここは」

「名が知れ渡ってるのは精々がこの町の中くらいだけれどね。ここは元々砦だった所をたくさんの人が住めるようにした所だから、この鍛冶場はずーっと昔から今まで、ここの人達のためだけにハンマーを奮ってきた……」


 アッシュは腕を組んで、なにやら深く考えているようだった。なんだろう、私の能力が何か変な印象を抱かせてしまっただろうか。やっぱり材料とレシピさえあればものが出来るなんて能力は、職人にとっては培ってきた技術をないがしろにされるズルそのものであり、ショックを受けてしまったりして、協力など拒否して当然のものなんじゃなかろうか。

 しかしどうも、彼女はそうではないらしい。ショックを受けるどころか、手のひらをにぎにぎさせるなどして、何やら楽しそうな笑みを浮かべているようにも見える。まるでかのよう。

 どうやら思い違いであったというか、彼女に限って言えば私の能力をズルだと感じるだとか、そういったことはないらしい。手袋を脱ぎ、やけにがさがさとした女性らしからぬ筋肉質な手のひらで、細くて力強さなどない私の手を力強く握りしめる。


「いいわ。あんた達の提案、聞いてあげる。さくっと二人分の武器を作って、谷底調査に向かいましょう」



◇◆


 武器の作り方について教えてくれるという約束が出来た所で、私達三人はさっそくアッシュのお言葉に甘えて大風呂とやらを借りることになった。

 入浴とは、身体についた汗や汚れを落とすために、一糸纏わぬ姿でお湯に身体を浸す神聖な行為のことだ。そう、一糸纏わぬ姿で。どんな美少女であろうが、例外なく。ほら、お風呂に服を着たまま入るのは、火傷とか危ないからね。ちゃんと脱がないといけない。

 ここは異世界ということで、変わった入浴方法や決まりがあったりするんじゃないかと一瞬だけ心配したけれど、人が十人飛び込んでも余裕がありそうなほど広い石造りの大風呂をこの目で確認して、備え付けの脱衣所で服を下着まで全部編みカゴに放り込んで、沸かしたてのお湯を木桶で一杯掬って身体を流し、湯船に肩まで浸かるまでは一瞬だった。なんてことはない、よくあるお風呂なのだけれど、だからこそ人を惹きつけてやまない。浴槽にはなんともいえない形をしたなんともいえない色の果実が浮かんでいるけれど、柑橘系の甘酸っぱい香りがして、お湯の温かさと相まって心地が良い。

 しっかり湯船に浸かってしまってから気がついた。クロとフリュエが服を脱いで裸になる所を、ちゃんと見ていない。盲点だった。


「はぁあ~…………いいお湯ですねえ。まさかここでこんなにいいお風呂に入れるとは、思いもしませんでした……」


 フリュエは長い金髪をタオルを使って器用に纏めているのだけれど、それもすぐに解けてしまいそうなほどへにゃへにゃで、ともすればそのままお湯にとろけるくらい脱力しきっている。そういえば、ついさっきまで熊に追われ、続けて蛇に追われ、彼女からすれば追われ続ける散々な一日だったろう。そういえば町を歩くついでにここまで付き合わせてしまったけれど、彼女自身、谷底の調査にまで付き合うつもりはあったんだろうか。しかしこうして一緒に入浴している所を見るに、協力してくれるんだろう。

 さすがに魔導手甲フリュアステリズムはお湯に漬けるのは厳禁なようで、彼女の右手は素肌のままだ。しかしお湯を掬うその手の甲に、何やらのが見える。あの手甲を装備するのに必要な魔術的な何かかしら。

 抱いた疑問も次第にどうでもよくなり、湯船の気持ちよさに溶け、すっかりゆるみきっていると、入り口からガサガサと音がしてアッシュが顔を出す。


「思った以上に満喫してくれているみたいじゃない」


 彼女は私達の様子を見てそう言うと、おもむろに自分も衣服を脱ぎ始めた。

 おっと、彼女も入るつもりだ。今現在もこの湯船は美少女成分が染み出して大変なことになっているというのに、クロにフリュエ、これにアッシュも加わると、それはもうどんな名店や名シェフだって再現不可能な極上の美少女スープが出来上がってしまう。

 いや、何を言っているんだろうね。私はとりあえず、気つけに自分の頬を一発ひっぱたいておいた。長い髪が湯船に浸からないよう、芸術的に頭に巻き付けているクロが「あんた何してんの?」といった目つきでこちらを見ている。

 

「今日は町を駆けずり回ったから、アタシも一緒に入らせてもらうからね」


 アッシュはかけ湯を頭からざぶりと被ると、獣の尻尾のようにポニーテールごと頭を振り、愉快そうに舌をぺろりと出して足の指先から身体を湯船に浸した。


「はぁーぁ……いい湯加減だ」


ㅤそういえばこの大風呂は、どうやって沸かしたものなのだろう。辺りを見渡しても、ここから見えるのは私達の衣服が収められた編みカゴのある脱衣所と、浴槽と同じ石で造られた洗い場に、撥水加工がされているらしい派手な色が塗り付けられた壁くらいしかない。

ㅤ辺りに湯を沸かすためのシステムが見当たらない、となると、もしかすると、湯船やこの浴槽自体に何かしらの仕掛けがされていたりするのだろうか。

ㅤやけにキョロキョロする私を見かねたのか、アッシュがすっかりとろけた声を出す。


「なぁに、あんたこういう風呂ははじめてぇ?」


ㅤそうしてザブザブと湯船の中を泳ぐようにして進むと、一箇所で立ち止まり、お湯の中からひし形の、中央が橙色に発光している謎の物体を浮かび上がらせた。大きさは大人の握り拳くらい。中央に十字の亀裂が走っていて、そこから熱が漏れているようだった。

ㅤその物体は、見るからに熱そうだ。お湯から引き上げられたことで表面を伝う水滴がじゅうじゅうと音を立てていて、それ自体から湯気がひっきりなしに立ち上っている。


発熱黒石ヒーターストーン!わあ、それもかなり形の良いものですねえ!」


ㅤフリュエが嬉しそうな声を出した。なんでも知ってるな。この娘は。


「それでお湯を沸かしてるわけだ?」

「そ。魔力を含ませてお湯の中に放り込んでおくと、一定の温度まで勝手に熱してくれる便利アイテム。だけどこれは改造品でね。本当なら火山地帯で火の魔力を含んだ自然の黒石を使うんだけど、これは縫合の谷で拾ってきたちょうど良い石を、魔力練りの練習がてらこねくり回してたら偶然できたワケ」


ㅤアッシュが手首をくい、と捻ると、黒石は向きを変えて湯船の中にどぶんと沈んでいった。


「さっき、武器の作り方を習いたいって言ってたけれど、アタシの鍛冶は鉱石を溶かしたりだとか、叩いて冷ましたりだとか、そういうもんじゃなくてね」

「ふんふん」

「これはきっとよくわからないと思うけれど、物質そのものが持っている形だとか、質感だとかに火と魔力を使って干渉して、その形を整えたり、材質を直接いじったりするような事をやっているの」

「ふんふん……ふん?」


ㅤなるほど、わからん。

ㅤ火と魔法を使って素材を粘土のようにこねくり回すということだろうか。材質を直接いじるというのは、つまりは先ほどのやけに軽い剣のように、重さや硬さを変えてしまうような事だと思う。

ㅤなんだか、本当に非現実的なお話だ。本来であれば何かの道具や装置を用いない限り硬いものは硬く、脆いものは脆い。ところがアッシュはそれを手のひら一つで自在にコントロールしてしまうと言う。


「でもこれは長年鉱石と向き合ってきたからできる芸当で、例えば木材とか、そういったものには通用しないワケ」


ㅤ軽い剣の柄が簡素だったのはそういうわけか。


「だからまずは、アタシが実際にどうやって武器を作っているのかを、見てもらう必要があると思う。イメージのレシピ……だったっけ?それがどの程度のものなのかは知らないけど、実際に鉱石が姿を変えていく様を観察すれば、あんたが作れる武器も増えるんじゃない?勿論、素材自体は自分で調達する術を身につけてもらうとして」


ㅤなるほど、鉱石が姿を変えていく様を見る。たしかにそれは、具体的な印象として頭の中に残るだろう。鉄が剣になっていく様子を実際に見れば、武器を瞬間作成インスタントクラフトで作る時により具体的な完成形をイメージできて、出来上がったものもより良い質感を得てくれるかもしれない。

ㅤ少なくとも、ツギハギのナイフがちゃんとしたナイフになれば、大幅な戦力アップに繋がる。

ㅤそれにしても、ベッドのあった部屋からここに来るまでの間に私の能力について簡易的な説明をしただけだというのに、ここまで具体的なアドバイスをもらえるとは。職人恐るべしと言うべきか。


「あんたはどういう武器を使うんだっけ?」

「それが、どんな武器を持ったらいいか具体的に決められてなくて……」


ㅤ森の中で異世界の旅をスタートして、ナイフやオノを作ってみたはいいものの、手にしっくり来るような武器などなく、感じるのはただこの武器を人に向けたらばどうなってしまうのか、という恐怖だけだった。

ㅤおそらく私は戦いというものに向いておらず、とにかく貧弱で、クロのように獲物を狩る獣が如く素早く襲い掛かったり、フリュエのようにトンデモ武器で熊を光の彼方に消し去ったりするなんて事はできない。だから自分がどういう武器を持ちたいかいざ聞かれたところで、返答に困るのが正直なところだった。

ㅤしかし、決して武器を持ちたくないというわけではない。

ㅤこれでクロがすべての外敵から私を守ってくれるというのなら問題はないのだけれど、フィルターと戦った時のように、戦えない私が敵に捕まったりして、足手まといになる可能性は大いにある。だから武器の一つでも持って、立ち向かい、身を守る手段が欲しい。

ㅤそのためには、何を持つべきだろうか。私の問いを受けてアッシュは足を伸ばし、お湯でバシャバシャと顔を洗いながら考えていた。


「……うーん。あんたの連れの白髪は、何を使うんだったっけ?」

「クロが得意なのは、剣だったよね?」


ㅤそういえば、先ほどからやけにクロが静かだ。うっかり湯船で寝てしまってやしないかと心配になる。慌てて振り向こうと中腰になった私の背に、何かがこつんとぶつかった。

ㅤ誰かの肌だ。湯船の中でもなお、人肌の温かさというものはたしかに感じることができる。肌と肌が触れ合う感触。思わずドキドキする。しかしこれは誰の肌かしら。アッシュは正面にいるし、フリュエは左手側にいるのが見える。となると、背中にもたれかかってきたのはクロだ。


「…………そう、剣が得意……できれば長めの薄いやつ……そして、のぼせた………………」

「え?ちょっ、クロ!」


ㅤ私はいつのまにか茹で蛸のように真っ赤になってしまっていたクロを急ぎ抱き抱え、湯船から立ち上がった。



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