第10話ㅤ鉄箱の宿


◆◇


ㅤアイリオスの厚い鉄壁に空いた通路を潜ると、その内側には、また別の景色が広がっていた。

ㅤ地面には鋲打ちされたものや、なんの加工もされていないつるりとしたものまで、様々な鉄板がツギハギのように敷き詰められている。草木はおろか、地面だって見えない。

ㅤ一定間隔で太く頑丈そうな柱が立っていて、窓の付いた住居と思われるものや、赤い幕を張った商店らしきもの、窓も何もついていないただの箱に見えるものまで、様々な鉄箱が柱の上に積み重なって、まるでコンテナ埠頭のような様相をしていた。

ㅤ側面には鈍色の板と棒を組み合わせた階段が備え付けられていて、住民がそこを登ると、ギシギシと軋む音が聞こえる。


「なるほど、籠……」


ㅤ周囲をぐるりとやや傾斜のついた厚い鉄壁で覆われている様は、まさに籠の中にいるみたいだ。そこに外から見た鎧のような外観を組み合わせて、鎧籠と呼ばれるわけだ。

ㅤこれはおそらく、先程襲ってきた巨大な何かのような、変調域に出没するものから身を守るために築き上げられたものなんだろう。たしかに、ちょっとやそっとじゃ陥落できないような、強固な造りになっていると思う。

ㅤアイリオスの町並みに感心する私と、クロ、そしてすっかり腰が抜けてしまったフリュエは、詰所と呼ばれる場所に連れて行かれる事になった。

ㅤ灰色の鎧を着て、長槍を手にしている衛兵らしき男性に先導され付いていくと、鉄扉を打ち付けたようなひときわ大きな鉄箱に差し掛かった時、その扉が勢いよく開き、そこから先程姿を見かけた赤いバンダナを頭に巻いた茶髪の青年が姿を現した。


「おー、ご苦労さん。後はこっちで引き取るわ。持ち場に戻ってくれ」


ㅤ鎧の男性は無言で頷くと、くるりと身を翻し、元来た道を戻っていった。

ㅤバンダナの青年は私達に向き合うと、こちらを手招きする。


「遠慮せず中に入ってくれ」


ㅤ鉄箱の戸をくぐると、無機質な外観とは裏腹に、内部には所々に穴の空いた古びた絨毯が敷かれ、いくつかの空き瓶や書類の束、擦り切れた地図のようなものが乱雑に置かれたテーブルや、引っかき傷の付いた椅子がいくつも並んでいるなど随分と生活感に溢れていた。

ㅤ壁に貼られたタペストリーには明らかに見慣れない文字が書かれているけれど、かみさまがそうしてくれていたのか、私でも読むことができる。


「飛び兎連合設立記念タペストリー……?」


ㅤバンダナの青年はどこからか丸椅子を三脚引っ張り出して均等に並べると、自分用の椅子にどっかと座り、私たちにも腰掛けるよう促した。


「まあ座ってくれ。茶菓子の一つでも出してやりたいんだが、あいにく切らしててな」


ㅤバンダナの青年はテーブルから飲みかけの液体が入った瓶を手繰り寄せると、波打つ紫色の液体を一口含んだ。ワインか何かかな。

ㅤ私たちが丸椅子に腰掛け終えると、青年はひとつため息をついて、話し始める。


「まずはそうだな、ようこそアイリオスへ。見たことのない顔だが、旅人か何かか?」


ㅤええと、なんと答えるべきか。旅人です、と素直に答えるのでいいのかな。それが一番無難な気がする。私もクロも訳ありの身だけれど、フリュエは本当にただの旅人だろうし、素性を打ち明ける理由もない。


「旅人よ。それ以外に見える?」


ㅤクロがまたも勝手に答えてくれました。


「ふぅん、ま、そうだな。特にあんたはなかなか目につく格好をしてるから、旅芸人か何かかと思ったよ。俺の名前はハズマ。この町の監督者だ。で、お前らの名前も聞いておきたいんだが」


ㅤクロが横目で私の方を見た。とりあえず頷いておく。別に、名前を名乗らない必要性もないと思う。


「あたしはクロ。こっちがトーカ。で、へろへろになってるのがフリュエ」

「なるほど。よろしくな。ところで早速質問だが、お前達は何の目的でここまでやってきた?」


ㅤ椅子に溶けるように座っていたフリュエがおどおどしながら説明する。


「私達、フラシャリテからここを旅の目標としていたんですが、思ったより時間がかかってしまって……」


ㅤハズマはふん、と鼻を鳴らす。


「フラシャリテから、ね。よくここまで来たな、お疲れさん。しかし変調域に入ったあの街道を通るなら、気配消しの魔導具を用意するとか、もっとしっかり旅の計画を練っておくべきだったな。それにしたってお前らが来たタイミングは、最悪だったわけなんだが」

「どういうことですか?」

「お前らが追われていたアレ、な」


ㅤ姿をよく見る余裕がなかった、表面に眼の浮き出ていた巨大なアレの事だろう。思い出すとぞわぞわする。


「何故か閃光弾がよく効くやつなんだが……あれは、過去に類を見ないデカブツなんだ。変調域に入ってすぐ、この辺りに出没するようになってな。あいつさえいなけりゃ、変調域とは言ってもいつもはわりかし平穏なんだぜ」


ㅤそう言って、ハズマは一枚の写真を取り出して見せてくれた。


「これは俺の仲間が転写してくれたものだ。アレがどんな姿をしているか、覚えておくといい」

「これは……」


ㅤ思わず息が漏れる。そこに描かれていたのは、土色をした蛇のような巨体。頭部に空いた複数の穴には恐ろしい赤い瞳が詰め込まれていて、きっと現物を直視したならば、足がすくんで動けなくなるだろう。いや、そんなものでは済まないかも。失禁、気絶してもおかしくない。まさに蛇睨み。ああ、あの場で注視しなくて本当によかった。

ㅤクロが首を鳴らしながら問いかける。


「これがなんなのか分かってないわけ?」

「分かってないんだ、それが。ここアイリオスは建造されてから長いが、過去にこんなものが現れた記録もない。困った事にアレは何度もこの町に襲いかかってきているが、幸いこの町にはアレを撃退するとっときの手段がある。ま、それが何なのかはそのうちわかるさ」


ㅤなんだろう、ハズマの説明はしっかりと聞いているはずなのにやけに遠くに感じ、写真から目が離せない。巨大な蛇。街道で長い体をうねらせているその姿は、どこか引っかかる。小さなズレのような、違和感。

ㅤしばらく見つめて、そこでようやく気がついた。蛇の頭の上。目を凝らさないとわからないくらいに豆粒の、。その瞬間。


ㅤズキン。


ㅤ眼球の奥の方が焼け付くように痛い。それに伴って、怖気が全身を駆け巡り、焦点が合わなくなる。息が荒い。身体が寒い。震えが止まらない。まるで吹雪に晒されているようだ。私は過去にインフルエンザに罹ったことがあるけれど、それでも十分辛かったあの時の寒気なんかより遥かに辛く、力も抜けて、丸椅子にしっかりと座っていられない。

ㅤガタン、と私が椅子から崩れ落ちたのを見て、クロが慌てて私の身体を抱きかかえた。


「トーカ、どうかした?」


ㅤ彼女の腕に抱かれた瞬間、先ほどまでの怖気はどこへやら、突然体調が元どおりになって、眼球の痛みも消えていた。写真から目を離したからだろうか。自分でも何がなんだかわからず、とりあえずクロに大丈夫だと伝えて、立ち上がる。

ㅤもう一度写真を見てみるも、どれだけ注視しようと蛇の頭に人影が見えることはなかった。

ㅤあれは気のせいだとは思えない。もしかして、一種の忠告、だろうか。これは間違いなくよくないものだと、或いは決してこれに関わるなと誰かが私に伝えているような。かみさまだろうか。いや、かみさまといっても関わったのは始めだけで、あれから彼?がこちらに干渉している様子はないし、これほどのおぞましさで忠告するような性格にも思えない。


「その転写図に……何か見えたか?」


ㅤこの世界における写真は、転写図と呼ぶらしい。そういえば妙に表面がザラザラしていて、紙の上に絵の具を塗りつけたような、機械的にプリントアウトされたものよりか水彩画のような趣きを感じる。

ㅤハズマの問いに素直に答えるべきか。しかしもう見えないものを伝えたところで、信じてもらえるかは怪しい。私がどうするべきか悩んでいると、クロが私の前に立った。


「申し訳ないけれど、あたしたち、街道を歩き続けて疲れてるの。あんな化け物に追われれば、その姿をもう一度見せられて身体がショックを受けることくらいあると思う。その身体を休めるためにも、できればどこか落ちつける所を借りたいのだけれど」


ㅤハズマは何か考える仕草をした後、軽く頷いた。


「そうだな。あれだけ派手に逃げてきたんだ。他にも聞きたいことはあるが、今はいい。金は持っているか?」


ㅤクロがフリュエの方を見ると、彼女は急ぎ三度頷いた。


「そうか。ならここを出てすぐの所に、旅人を迎えるための宿屋がある。人を向かわせておくから、そこで部屋を取るといい」


ㅤハズマがテーブルを指で二度叩くと、詰所の奥から人がやってきて、ハズマの指示を聞き、出て行った。


「しっかり休めたら、またここに来るといい。見たところお前らは、只者じゃなさそうだからな」


ㅤどうもハズマは私たちの扱いについて決めかねている様子だったけれど、その声色は気を使っていて、そして酷く疲れていた。



◇◆


ㅤ詰所を出ると、すぐ向かいに積み上がった鉄箱の底に、染物らしいカラフルな模様が描かれた幕を垂らし、戸口の開けたなんらかの店と思しき建物があった。おそらくここが宿屋だと思う。

ㅤ入り口にかけられた暖簾を潜ると、先ほど詰所を出て行った人が立っていて、私たちに会釈をして足早に詰所へと戻っていく。

ㅤ宿屋の中は思った以上に広く、そして賑やかだった。部屋の隅にある暖炉のような凹みに二リットルのペットボトル並みの大きさをした色のない水晶が置かれていて、そこへ向かって木製の机と備え付けの丸椅子がいくつか置かれている。

ㅤ椅子に腰掛けた利用客らしい面々が口々になにかを話し合いながら、賑やかに食事をつついていた。そういえば、フィルターを撃退してからちゃんとしたものを口にしていない。

ㅤお腹をさすっていると、どうもそこが受付らしい鉄製のカウンターの裏に立っている女性が、愛想よく私たちに向かって微笑んだ。


「いらっしゃい!ハズマさんの紹介があったのは、あなたたちのことね。私はクルミエ、ここの宿長やどおさをしているの」

「あっ、どうも」


ㅤクルミエと名乗ったお姉さんは、白いふわふわの髪に青い瞳をした綺麗な風貌をしていて、これがアイリオスの文化なのだろうか、赤いラインの走ったお洒落な服を着ている。

ㅤ先ほど出会ったハズマは現場監督者だからだろうか、動きやすさを重視したかのような特に語ることのないラフな格好をしていたので、この町にもお洒落な服はあるんだな、と感心する。いや、アイリオスの町に住む人にとって失礼だったかも。

ㅤだって、鎧籠と呼ばれる街並みは鉄色だらけで味気ないけれど、内装や宿の外観など、各所において見た目に気を使ったらしい配色は感じられたからだ。このお姉さんもそうだけれど、主に赤色を好むらしい。町中には赤があふれていた。


「ご宿泊のお客様には、この宿帳に名前を書いてもらっているの。あ、代表者一名で大丈夫よ」

「あ、じゃあ、私書いてきます」


ㅤフリュエはクルミエから分厚い宿帳を受け取ると、筆記用具だろうか、一緒に渡された持ち手に布の巻かれた細い鉛の棒らしきものですらすらと自分の名前を記入する。

ㅤ横から覗いてみた。やはり文字の形は見慣れないものだけれど、なんと書かれているかは読むことができる。読めても書けないのは困るな。それとも、書こうとすればわからずとも書けるんだろうか。

ㅤ自分の名前を書き終えたフリュエが宿帳を返すと、クルミエは細い鉄の棒にハリガネを何重にも巻きつけたような鍵を一つ渡してくれた。


「ありがとうございます」

「部屋は外の階段を上がって地面から三つ目の部屋だからね。宿泊代は明日の朝にもらいます。それじゃどうぞ、ごゆっくり」


ㅤ鍵を握りしめて宿屋の外へ出るなり、クロが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「階段ね……なかなか休めないわね」

「もうすぐそこだから、がんばろ」


ㅤかくいう私も足がもう棒のようで、だいぶへろへろだ。それに食事だってしなくちゃいけない。となると、食材だって調達しないといけない。となると、買い物に出なけりゃいけない。


「そうだ……お金もなんとかしないとね。ええと、ここで使える通貨って……何?」


ㅤ宿屋を出てすぐ横、鉄箱の側面に板を釘のように打ち付けた階段を登る最中、私はフリュエに聞いてみた。この際、恥も外聞もない。知らないことは聞いてみるべきだと思う。それに、クロは事情を知っているし、フリュエだって人を馬鹿にするような事は言わない性格のように思える。

ㅤ予想通り、フリュエは無知な私を小馬鹿にするようなことは一切せず、優しく解説してくれた。


「ここの通貨はクロムですよ。この辺りでは広く普及しているものですが……お二人のいた地域では、何か別の通貨があったんですか?」

「ええと、そう、そうなの。エンとかね」

「エン!聞いたことないですね……すごいです」


ㅤすごいのか。よくわからないけれど、そんなことも知らないのか、と思われずに済んだ。

ㅤそうして階段を登っていくと、積み上げられた鉄箱を下から数えて三つ目、クルミエに言われた宿泊部屋の扉の前にたどり着いた。扉といっても、箱の側面をくりぬいて板をはめ込んだ簡素なもののように見える。

ㅤ念のためだろう、クロが扉に耳をくっつけて、異音がしないか中の様子を伺う。何も聞こえなかったのか扉から離れると、フリュエが鍵を取り出し、扉のドアノブに空いている鍵穴に差し込んで……

ㅤあれ、鍵穴がない。それどころか、ドアノブもない。

ㅤ私が間抜けに口を開けて驚いていると、フリュエはそのまま鍵を扉に差し込んで、時計回りに一回転させた。

ㅤ鍵、というか細くて小さな鉄の棒の先端が、どういうわけか鉄の扉の表面に沈み込んでいる。まるで水面に物を差し込んだときのよう。波紋こそ広がっていないものの、扉の表面が小刻みに揺れている。フリュエが鍵から手を離す。すると棒に巻きつけられた針金が解かれて、棒の先端に寄り集まって塊になった後、元からそこのドアノブであったかのようにくっついて大人しくなった。

ㅤ現代科学ではできなさそうな、まるで魔法のような出来事に、もっと口が大きく開いた。この世界のドアノブ、というか、防犯システムはこうなっているのか。CGじゃないというのに、すごい技術だ。しばらく開いた口は閉まりそうにない。


「なぁに。馬鹿みたいに口をポカンと開けちゃって。よだれ垂らさないでよね。さ、早く入るわよ」


ㅤさすがクロさん。容赦のないツッコミです。

ㅤまず先陣を切ってクロが、続いてフリュエ、最後に私が部屋の中に入る。中はやはりというべきか、床に赤い絨毯が敷かれていて、備え付けの家具が少しと、ダブルベッド、くつろげそうな長めのソファ、そしてよくわからない半透明な長方形の箱が置いてあった。ん、ダブルベッド。ダブルベッドと言いましたか。興奮を抑えるために深呼吸。うん、大丈夫だ。私たちは三人だしね。三人でダブルベッドで寝ろと?

ㅤ思ったより部屋は広い。おそらく外見がよくないんだろうね。いくら人の何倍も大きいとはいえ、鉄箱がどんと置かれているだけだと、中は窮屈そうだなと思ってしまう。

ㅤ私が得体の知れない半透明の箱を触っていると、フリュエがこちらに寄ってきた。


「それ、冷蔵箱ですよ。ちょっと型が古いものですけど、蓋を開けて中に食べ物を入れておくと、後で取り出した時にとっても冷たくなってるっていう、便利な魔導具です」


ㅤなるほど。ハズマも先程言っていた魔導具っていうのはおそらく、魔力でなんやかんやする便利な道具のことを指してるんだろうな。にしてもどれくらい冷たくなるのかは知らないけれど、コンセントも何もなく、しかも持ち運びもできる冷蔵庫となると、それはもう、ひっくり返るくらい便利だ。クーラーボックスの進化も目覚ましいだろうけれど、電源無しでいつまでも冷たいままならそれはもう科学の常識を超えている。

ㅤはしゃいで部屋内をキョロキョロする私に対して、クロは我先にベッドへ飛び込み、布団に沈んでいた。


「はぁぁ……疲れたわ。そしてお腹も空いた」


ㅤうつ伏せになったクロのお尻に釘付けだった私は正気を取り戻すと、所持枠インベントリに収めておいたフリュエのリュックを、手のひらからにゅるりと取り出し、床に置いた。


「あ、ごめん、忘れてた。これ、フリュエの荷物」

「ありがとうございます!ごめんなさい、こんな無駄に大きくてでも軽い荷物を持っていただいて……」

「重いとかかさばるとかないから、全然大丈夫だよ」


ㅤフリュエが感心して息を漏らした。


「はぁー、すごいんですねえ。その魔術についてもぜひお話を聞きたいんですが……」


ㅤぐう。

ㅤ別にタイミングを合わせたわけでもないのに、私たち三人のお腹が急激に空腹を訴える。三人同時でよかった。これで一人だけ盛大に腹の音を鳴らしていれば、すごく恥ずかしい。


「それなんだけどね」


ㅤクロがベッドに顔を埋めたまま話す。ちょっと、起きて、クロ。その可愛いお尻をこっちに向けたままだと、私が集中できないから。


「うるさいわね。目を閉じてなさい。目を。ともかく、そこのトーカっていう変態が持ってる力は、ただ物を出し入れできるってだけじゃないのよ」

「えっ、他にも何かあるんですか!?」

「材料と作り方さえ分かっていれば、なんでも作れるの」


ㅤそう。なんでも作れるんです。これが。何を隠そう。レシピがないとダメだけれど、こればかりは私自身の問題なので、レシピをこれから学べばいい。しかしなんだか他人に説明されるのが恥ずかしくて、虚空に手をにぎにぎさせた。


「だから何か焼いて食べられるものでも持っていれば、あいつに差し出しなさい。火を起こさずに焼いてくれるから」

「火も起こさずにですか!?!?」


ㅤフリュエが爛々と目を輝かせて私を見た。いやあ、クロもなかなかだけれど、フリュエもかなり可愛い顔をしている。なにせ金髪だ。ずるい。金髪美少女は強者であると、この身体に染みている。あと私が変わった色の髪を好きということもある。

ㅤフリュエが急ぎ自分のリュックの中を弄るも、どうやらめぼしいものは何もなかったようだ。


「あいにく食べられそうなものは何も……でしたら私、買ってきます!クルミエさんに聞けばお店の情報を教えてもらえそうですし、どうやらここの一階でも食事はできるようですけど、二人はおつかれですからね!」


ㅤ私も町の見学がてら着いていきたい気持ちはあったけれど、脚が悲鳴をあげているし、クロを一人にするわけにもいかない。今彼女はベッドでだらけているけれど、一応追われている身だ。いつ新しい追っ手がくるかもわからない。

ㅤけれど、なんだろう。フィルターが退き際に後はよろしくと言ったのが、妙に引っかかる。クロを追ってきて、彼女の身をどうにかしようとしていた人間がその場に居合わせた他人によろしくなどと言うだろうか。安易な考えかもしれないけれど、追っ手はしばらく来ないから、その間面倒を見てくれという意味が込められているのかもしれない。その可能性は限りなく低そうではあるけれど、もしそうだとすれば有難い。

ㅤううん、空腹で頭が回らなくて、変な考え方をしてしまっているかも。


「だったら、何か元気の出るようなものがいいわ。お肉とか。なにせ私もトーカも、焼くことくらいしか知らないから。フリュエに料理の心得があるならそれ以上のことはないんだけれど」


ㅤフリュエが急激に申し訳なさそうな顔をする。あ、これはだめか。


「…………まあ、いいわ。あと、できればこの町の地図なんかももらってきてくれると嬉しい」

「わかりました!それじゃあ、えーと」


ㅤ彼女はリュックの中から、お金が入っているらしいジャラジャラと音を立てる布袋をなんとか引っ張り出す。


「いってきます!」


そうして、鼻息を荒くして部屋を出て行った。先ほどまでへろへろだったのに、元気だなあ。





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