第2話 褐色と白髮
◆◇
このままでは、人里離れた森の中で、まるで珍獣が見つかったかのごとく
「そうなってたまるか」
ガデン蔓のロープを使って大地に降り立った私は、まず近場に生えている草木や落ちている枝や石などから役に立ちそうなものを手当たり次第に拾い上げて収納した。キノコもいくらか生えていたけれど、うっかり毒キノコに触れて手がかぶれたりしたら嫌なのでまだ放っておく。そして収納した物から作り出せそうなものを、思いつく限りに頭の中で組み立てた。
私は頭が良い方ではない。それどころか、平凡か悪いと言ってもいい。自虐ではなく、できれば認めたくはないけれど年齢のせいなのか、元々の性格が災いしているのかはわからないけれど、機転が利かない。
だけど今回ばかりはどういうわけか、自分でも驚くほどに頭が回る。物の詳しい構造なんてわからない。だから、ある物はこういう素材で出来ているのではないかと、予測を立てる事にしたのが幸いしたのかもしれなかった。例えばファンタジーの戦士が振るう剣は、最低限石と棒があれば真似事くらい出来るんじゃないかとか、そんな感じ。
そうする事、三十分。結論から言うといくつかレシピをひらめき、実際に作成する事に成功した。とりわけ素材として有能だったのが木の枝、石、蔓である。木の枝は私の手に合わせた太さを選ぶ事で持ち手に、石は大きさや硬さの違う石同士を擦り合わせて削る事で刃に、蔓はそれらを合わせるための繋ぎになる。そうして出来上がったのが、スコップ、ナイフ、オノだった。剣は無理だった。
石を削って長剣のようなものを作るのはイメージできたけれど、製作そのものができない。どうも、この能力にも何かしらルールがあって、必要最低限これ以上のものでなければ作れないよ、というのが決まっているのかもしれない。例えば、剣は鉄以上でなければ作れないよ、とかね。
というわけで以下、私の異世界スターターセット。
【ツギハギのスコップ】耐久度:E
最低限の素材を組み合わせたなんちゃってスコップ。手で掘るよりかは楽に地面を掘り返す事ができる。
【ツギハギのナイフ】耐久度:E
最低限の素材を組み合わせたなんちゃってナイフ。腕力で引きちぎろうとするよりは植物や果実が切れる。
【ツギハギのオノ】耐久度:E
最低限の素材を組み合わせたなんちゃってオノ。拳で殴りつけるよりは木が切れて、薪が割れる。
「耐久度、ってのが気になるけれど……ないよりはずっとマシかな」
耐久度:Eってのは、もしかしなくても最低ランクなんだろう。だって、ご丁寧にもなんちゃってとか書かれてるし。確かにそこらに散らばってる石や枝で頑丈なものが出来てしまったら、その道のプロだってたじたじだろうね。
これらを
そして
【赤い実の生搾りジュース】使用回数:1
ガデン樹林に実る赤い果実を絞ったジュース。とても甘く美味しいが微量の強心作用があるため飲みすぎると眠れなくなる。
このジュース、便利な事に作るたびコップに入って出てくるため、果実さえ確保しておけばいつでも飲む事ができる。飲む干すとコップが消えるのも、かみさまが説明した通りだ。
「さて……」
道具と飲み物は確保できた。
私の
しかしそれとは別で困った事に、この森に落ちているものでどれだけ考えても、服が作り出せない。
辺りに木の葉なら落ちている。けれど木の葉から連想できた衣服は、なんちゃら隊が身につけていた股間隠しか、それを発展させた葉っぱビキニくらい。我ながら想像力の乏しさに、思わず頭をぺしりとはたく。
「葉っぱをうんと集めたら、
衣服を作り出すなら基本的に、皮か布がないとやっぱりダメらしい。それらを手に入れるとなると、皮ルートならば動物を狩る必要が出てくる。布ルートなら、麻や木綿なんかを見つけないと。多分それでいけるはず。
遠目に鹿のような動物は見えた。その気になれば、皮は手に入るかもしれない。その気になれば、だけど。
「もしかしたら、麻や木綿とは違う、布の素材になるものがあるかも。異世界だし。薄く伸ばせるスライムとか……ないか。でもこの辺りには何にも見つからなかったし、移動しないとダメかなあ」
それに、食べ物も確保できていない。先程挙げた赤い果実をまるかじりしてもいいけれど、あれは皮の中身がほとんど汁で、食感が無ければ空腹も満たせない。キノコならあちこちに生えているけれど、やっぱり怖い。キノコは最終手段ということで。
となると、空腹を満たすためにも、いよいよ動物を狩った方がいいという話になる。
私は
ひゅん、と空を切る音がして、一拍置いて私の足が震えだした。
「こ……こわァ~ッ!いや、怖いってこれ。これを?動物に?ブスッと?いや、こわ、怖いでしょこれ!現代社会で動物に向かってナイフ振るうなんて狩人とかお肉屋さんとかそういう仕事をしてる人だけでしょ?スーパーで売ってるお肉に包丁振るうのとはわけが違うってぇ……」
ナイフを収納して、私は床にぺたんと膝をついた。ため息が出る。
「料理を作るための食材を自分で調達できないなら、どこかで買わないといけない……でも服がないからこれだとただの痴女だし、そもそもお金も無いし。あ、ここで作ったスコップとかナイフとか、売れないかな。でもツギハギだしな……というか売るにしたって、服がないと」
とても困った。のんびり旅がしたいなんてのほほんとした望みで異世界に来たはいいけど、いきなりこんな状況になるとは考えてもみなかった。もしかして、かみさまのミスって事ない?かみさまが調整するのに失敗して、肌着で辺鄙な場所に送り込んでしまった、と。
それならきっと、かみさまがどこかから現れて、私をフォローしてくれるはずに違いない。
そろそろ森の中をうろうろして一時間くらいになる。助けてくれるならさっさと助けてほしい。期待薄な望みにすがっていると、どこからか森の茂みをかき分け誰かが走ってくる音が聞こえた。
土草を踏み抜く足音はやけに軽い。少なくとも大型生物などではないと思う。だとすれば鹿か、兎か、或いは未知の生物か。足音は数メートル前まで迫っていて、いよいよ見える位置の茂みがガサガサと揺れた。
ナイフを再度取り出して、足をぷるぷるさせながら構える。こんなへっぴり腰では、小動物にだって敵わないのではなかろうか。せめて背筋を伸ばせ。しゃんと。そもそも姿勢が良くなければ、何が起きたってちゃんとした反応ができない。
なんとか意気込む私の目の前で、いよいよ茂みから何かが飛び出してくる。
「チィッ……!」
「え?」
そこに舌打ちと共に現れたのは、何より私が望んでいた、美少女だった。
◇◆
その少女は、褐色の肌に雪のように白い長髪の、小柄な少女だった。
身長だけで言えば齢にして十歳にも満たないくらいだろうか、160センチ以上ある私と並ぶと、ちょうど腰のあたりに頭が来る。血のように赤い瞳は左目だけ眼帯で覆われていて、胸元を開けた脚の付け根までを覆うぶかぶかのコートの中に、スクール水着のようなレオタードのような際どい服を着ている。足には何も履いておらず、素足のままだ。
なんというか、えっちだと思う。いや、えっちというのは比喩表現みたいなもので、様々な意味合いを含んでいると知っていてほしい。上手く言えないけれどなんというか、えっちだなと思ったらえっちなのだ。いや何を言っているんだ。
少女は見惚れる私の首根っこにラリアットをかますようにしてその場から連れ出すと、森の茂みにもろとも突っ込んだ。
「ぐえっ」
少女はそのまま私の首に引っ掛けた腕を後ろへ回すと、握っていたナイフをはたき落とし、背中に乗りかかるようにして地面に突き倒し両腕の自由を奪った。すごく手慣れている。私は胸を地面へ強く押し付けられて、うまく息ができない。蛙の鳴き声みたいな情けない嗚咽が漏れた。
身動きができない私の背中に、少女がそのまま強くのしかかってくる。
「そんな弱っちいナイフなんか構えて、それも一人で森の中で待ち伏せとか、いい度胸だわ。あたしがそんな罠に嵌るわけ……ん?ちょっとなんであんた、そんな格好なの?」
「…………………………い、いき」
「おっと」
少女は私の背中から飛び退くと、地面に落ちていた私のナイフを足で蹴り上げて拾い、私のうなじに向かって突きつけた。
「これで息はできるでしょ。両腕を背中に回して。あたしが引っ張るから、ゆっくり立ち上がって」
私は少女に引っ張り上げられる形で、ゆっくりと立ち上がる。ここで抵抗しても何にもできない。首筋に当てられた自分が作ったナイフの刃はとてもひんやりしていて、十分に恐ろしい。石で出来ているとはいえ、この少女になら人間の首を掻くなんて訳無さそうだ。
少女は私の姿を観察でもしているのか、黙っている。視線が背中にちくちく刺さる。肌着姿の背中をあんまり見つめられても、恥ずかしい。そのままの体勢が少し続いた後、少女がようやく口を開いた。
「バカバカしい……こんな弱っちい身体で、それもたった一人。あたしを捕まえるために待ち伏せしているはずもないか」
少女は手にしていたナイフを地面に放って、ため息をついた。地面に打ち付けられたナイフはパキリと軽い音を立てて、刃と取っ手が分離し壊れる。え、そんな脆いの。
弱っちい身体とはなかなかの言いっぷりだけれど、その通りだから反論できない。というか、体格の話をすれば少女のほうがずっとひ弱そうに見えるはずなのにそう言われてしまったものだから、なんだかちょっとだけ悔しい。
「もう動いていいわ。ねえあんた、なんでこんな所でそんな格好しているの?」
私は振り返って、少女の姿をまじまじと見つめる。ものすごくかわいい。これ以上ないくらいの美少女だ。
物言いはきついけれど、見た目は幼い。顔つきはあどけなく、くりくりとした瞳はビー玉のよう。コートの袖から覗く腕は細っこいけれど、私を押さえつける力はなかなかのものだった。腕相撲をすれば百回中一回も勝てないだろうと思う。そしてよく観察して気づいたけれど、この子、一見平たいように見える胸の部分に質量を感じる。もしかして、サラシか何かで潰しているのではなかろうか。
「…………ちょっと、聞いてる?」
彼女の口ぶりから察するに、待ち伏せとか罠とか、何かに追われてるんだろうか。だとしたらよくない。だって、彼女を追手の魔の手から守ろうとしたって、肌着にナイフではどうにもならない。それにしても、かわいい。なでなでしたい。もしかして、かみさまはこの子に出会うよう調整してくれたのだろうか。一時はどうなることかと思ったけれど、いやあ、いい仕事しますね。
「なんなの、こいつ……」
「……………………え?」
「えじゃないっての。あたしが質問してるの、ちゃんと聞いてる?ベラベラとよくわからない事ばっか喋って……」
少女の可愛さに目を奪われて、話をまったく聞いていなかった。
「あっ、ううん、ごめん。何の話だったっけ?一緒に住もうって話だったっけ?」
「そんな話微塵もしてないんですけれど!?あんたが何者で、ここで何してるかって聞いてんのよ!」
「ああ、そういう話……」
私はこことは違う世界から来た人間で、かみさまから与えられた物を収納する力やレシピさえあれば何でも作れる力を持っているけれど、服を作るための素材が手に入らずうろうろしていた、と正直に説明したら、分かってもらえるだろうか。
協力をお願いしたら、皮や肉を得るために動物の一頭や二頭、代わりに仕留めてくれないかな。
「違う世界ぃ?」
下手にウソを付くよりかは正直に話した方が良さそうではあるけれど、考えてみれば、異世界から来た、という単語は口にしない方がいい場合もある。
「……あたしにウソつこうっての?」
かみさまは、異界人という呼び方をしていた。世界によっては、そんな異界人を歓迎する所もあれば、異端として排除しようとする所もある。そう漫画や小説で読んだ。
「マンガやショウセツが何か知らないけど、あんた、さっきから考えてる事が全部口に出てるわよ」
「えっ?」
しまった。かみさまにも注意されたのに。
「ま、なんでもいいわ。その様子だと、あんた一人じゃ食べ物の用意はできないってことよね」
「そ、そうなんです……」
「それであたしがあんたに協力して動物を狩ったら、あんたのその何でも作れる力?とやらで、料理できるわけ?」
なんでもは多分無理だ。だから、私はあの鹿のような動物を狩った場合どんな料理が作れそうか考える。焼いたり煮たり、そういう基本的な調理方法だけでできる料理なら、私だって作れるはず。鹿のステーキ……が美味しいかどうかは食べたことがないのでわからないけれど、お腹の空いている今ならなんだって美味しくいただけそうだ。
そうだ、そもそもあの鹿がどんな生物なのか知ってるかな。聞いてみよう。
「鹿?ああ、この辺の森にいるなら、テツノジカじゃないの」
「テツノジカ」
「基本穏やかな生物だけど、角に鉄分が多く含まれていて、硬いし鋭いから、万が一暴れられると面倒なやつね」
ただの鹿じゃなかったのか。もしうっかりあの鹿に手を出していたら、硬い角で一刺しされて絶命していたかもしれない。危なかった。
「肉はほどよく引き締まっていて美味しいし、皮も頑丈で色々な道具の素材に使われてる」
少女はぺろりと舌なめずりした。
「でもちょっと臭みが強いから、食べ慣れてないときついかもね。しっかり焼けばまあなんとかなるだろうけど、煙を出すのはまずいわ」
「それは……なんで?」
「詳しくは言えないけれど、あたし、とある場所から逃げ出してきたの。きっとやつら、逃げ出したあたしを追いかけているはず……」
やっぱり。何者かに追われるヒロインというのは定番だ。彼女の格好だって、こんな森を駆けるにはふさわしくない。素足だと、枝とか踏んで痛そうだし。
「今は結構な距離を逃げてきたから、余裕はあると思うけれど……お腹が空いて……」
「ふっふっふ。それなら、私のレシピさえあればなんでも作れる力が役に立つよ」
「どういうこと?」
「なんと、私のこの力は、材料さえあれば即座に完成品が作れるのです!」
「はぁ?」
少女は信じられないといった表情をしている。それも当然だと思う。私だってだいぶびっくりした。でも、本当なのだ。レシピだって、肉を焼くくらいの料理なら、イメージ一つでどうとでもなる。目の前にある生肉が焼けた様を想像するなんて、誰でもやることだろう。やるよね?やるはずだ。それならあとは、材料さえ調達できればいい。
実際に能力のすごさを見せつけるべく、
諸々に驚いた少女が、口を開いて絶句している。手品師が見事な手品を観客に披露した時、こういう感じなんだろうな。少し気分がいい。
少女は私の手のひらの上に瞬時に現れたナイフを手に取ると、地面に放った。またも軽い音がして、真っ二つになる。え、ついさっきまでちゃんと驚いてたのに、いきなり酷くない?
「成程ね。出来の良さはともかく、便利な能力だと思うわ。これがあれば、煙を出さずに……それどころか、火を起こさずとも肉が焼けるわけ?」
「た、多分。肉が手に入らないからやったことはないけど、できると思う」
「思う、だと困るんだけど」
「できます!」
「ふうん」
少女は何やら考える仕草をして、何かひらめいたように表情をぱっと明るくした。
「あんた、それなら、テツノジカを狩って取った鉄の角を使って、剣なり斧なり、武器を生み出したりできる?」
「武器?確かに、鉄があればなんとかなると思うけど」
「……それならちょうどいいわ。テツノジカを狩ってあげる。さっきのボロナイフ、もう一本作れる?」
私は
「ん。それじゃあ、テツノジカを探しに行きましょ。あんまり長居もしていられないわ。さっさと鹿を狩って、肉と皮と角を手に入れて、必要なものを作って、この森から逃げる。あんたの能力は便利だから、あたしに出会ったのが運の尽きだと思って、頑張って付いてきなさい」
「うっす」
「…………何その返事?」
これくらい生意気そうな美少女ってのもいいもんだ。
目的が逃走だけれど、美少女とのんびり旅をする、という理想に一歩近づいた気がする。
「そういえば、いつまでもあんた呼びだと面倒だから、名前を教えてくれない?」
「私の名前?ひな……ううん、灯火……トーカでいいよ」
「トーカね」
「あなたの名前は?」
「あたし?」
少女の表情が曇る。聞いちゃいけない事だったのだろうか。でも、名前がわからないままなのも彼女が言った通り不便だと思う。強制するつもりはないけれど、できれば教えてほしい。
少女は精一杯考える仕草をして、名乗る名前をひねり出したようだった。
「あたしの名前……名前は………………そうね、クロ、でいいわ。そう呼んで」
「クロ!」
猫みたいでかわいい名前だ。
「よろしくね、クロ」
「はいはい、よろしく」
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