異世界の少女をのぞく時、少女もまたこちらをのぞいている
黒菓子
第1話ㅤ旅の準備
◆◇
ㅤもし異世界に行く事になったら、何を望むか?そんなものは、決まっていると思う。
ㅤ私はガッツポーズを決める。
ㅤ私は美少女と、穏やかな世界をのんびりと旅がしたい。ひとり旅もいいけれど、やはりひとりでは寂しい。私は幼い頃から自他共に認める甘えん坊であり、日に三度は人肌に触れなければ死んでしまうだろう。いや、冗談じゃなく、本当に。まじめに。
ㅤだから、こんなチャンスは滅多にないと、私はよくわからない眩しい空間で、眩しい姿をしたかみさま?とやらにそう願った。
ㅤガッツポーズを決めて。
ㅤ眩しすぎて輪郭しか見えないかみさまが答えた。
「美少女と?」
「はい!」
「のんびり旅がしたい?」
「そう!」
「そうかぁ」
ㅤかみさまは身長140センチくらい?で、無邪気な年頃の少年のような姿に見える輪郭をしている。
ㅤ私は数刻前にこの上も下もない不思議でよくわからない空間に全裸で放り出されているのに気づいて、あっこれ漫画やアニメでよくある異世界的なムーブだ!かみさまとかが出てくるやつ!と理解し、瞬時にかみさまといえば少年神でしょ!と願った結果、そうなった。
ㅤかみさまが空気を読んでくれたのかもしれない。
「でもさぁ、君」
「うん?」
「アラサーでしょ?かっこいい男の子とかじゃなくていいの?」
ㅤかみさまは辛辣だ。すごく辛辣だ。アラサーだからなんだ。三十路がなんだ。三十年生きてるってのは、生きているだけでえらい論者からすればすごく偉い部類に入るんだ。表彰ものである。
ㅤ確かに私、
ㅤ
「いや、だってさ、考えてもみて。確かにかっこいい男の人と一緒に旅したら、楽しいかもしれない。でも、でもさ」
「でも?」
「異性といたらめっちゃ気を使うじゃん?」
ㅤ一緒に旅をするなら、同性はそれだけでもうだいぶアドバンテージだ。
ㅤ異性だと例えば宿で一部屋しか空いていなかった時に大変気まずい。自分に女性としての魅力があるなどと自惚れてはいないけど、一つの部屋に男女一人ずつ、それはもう間違いだって起こるかもしれない。
ㅤその点、同性なら初めから同室で問題ない。
ㅤ私の熱弁を聞いて、かみさまは首を傾げている。
「そういうもん?」
「そういうもん!それに」
「それに?」
「私は女だからね。そこに、美少女を求める最大の理由がある」
「ほほう?」
「触っても怒られない!」
ㅤ今時、男性であれば女性の肩に手を置いただけでセクハラだと訴えられかねない。仮に私が男だったとして、そいつが可愛い美少女の全身を舐め回すようにぺたぺたと触りまくっていたら、それはもう絵面が大変よろしくないし、美少女側だって嫌だろう。
ㅤところがどっこい、これが同性に触られるとなれば、まず見た目の問題はスルーできる。女性が女性の身体に触れるなんて、よくあるスキンシップだ。私だって、女子高時代に友人に胸を弄られるなんて幻想めいた出来事を実際に体験した事がある。おっかなびっくりだったけれど、これが不思議な事にまったく悪い気はしなかった。
ㅤそしてこれは個人的見解だけれど、そもそも男性のカチカチな身体に触れるよりは、ふわふわな美少女がいつもそこにいて、手を伸ばせば触れられるほうがよっぽど幸福だと思う。
「なぁるほど。そういう理由か。幸福なのはいい事だね。舐め回すようにとか、ちょっと言い方は変態っぽいけれど、面白い理由だと思う」
「でしょう?」
「でしょう?じゃないよ。なんでこんな話になったんだったっけ?」
「異世界に行くなら、何が欲しいって言うから」
「ああ、そうだった。ぼくは今までに何人もの異界人を送ってきたけれど、こんなことを望まれたのは初めてだなあ。そりゃあ、向こうで異性にモテモテになってハーレムを築き上げたいとか、そういう欲望丸出しな人間はたくさんいたけれど、美少女とのんびり旅をしたいだけってのは聞いたことないね。普通はもっと、なんらかの力を望むものさ」
そりゃ、何かすごい力、いわゆる用法的に間違った使われ方をされる「チート」を望めるなら誰もが望むだろう。私だってワンパンで敵を倒せたり、やれやれなどと余裕ぶってあらゆる障害を指一本で跳ね除けるような超人になってみたい。そういった創作物は世の偏屈達からどうも馬鹿にされる風潮があるけれど、あれは第三者の視点で見つめているからそう感じるのであって、実際自分がその立場に置かれれば誰であろうと楽しくてしょうがないと思う。
けれど私にとっては、チートなどともかく、そもそも美少女と出会えるかもしれない異世界に行けるというだけで儲けものだ。考えてもみてほしい。こういう話で出てくる異世界というものは、大概剣と魔法で構成されるハイ・ファンタジーだと相場が決まっている。何輪物語とか、何々国物語とかそういうアレである。
そして現代における異世界ものは、そこにコンピューターゲーム的要素が加味されるのが定番。ステータスとか、スキルとか。
さらに察しの良い人ならば、こう考えるだろう。ゲームのファンタジー的異世界の美少女は決まって可愛く、露出が多い服を着ているということに。
「君はなんていうか……随分自分の役割を自覚しているらしい」
かみさまは何やら考える仕草をして、唸っている。
「頭の中で考えていることが外に漏れがちだから、気をつけたほうがいいね。ま、それはともかく、君が異世界での旅を望んでいるのはわかったよ。それじゃあ、その望みを叶えてあげよう」
「やっぱりかみさま!?」
「そうだよ。ぼくは君にとっての神様だ。わけあってここにたどり着いた者に何らかの
かみさまがこちらを見て、微笑んだ気がした。表情どころか顔のパーツさえ見えないけれど、そんな気がしたのだ。私はにっこり微笑み返す。
「君はこれから異世界で、のんびり旅をすることになる。しかしのんびりとは言っても、どういう旅になるかは君次第だ。君が自ら厄介事に首を突っ込めば、旅は途端にのんびりとしたものではなくなることを覚えておいてほしい」
「はい!」
「良い返事だね。それじゃあさっそく異世界へ送るけれど、その前に、さっき言った通りぼくから君に
「ギフト?プレゼントってこと?」
「そう。実を言うと、君が今から行く異世界は、のんびりできるとはいえ、君が元いた世界とはだいぶ勝手が違うんだ。別の世界なんだから、当たり前だね。そこは築き上げられてきた文化の方向性に違いがあって、君の想像を遥かに超える出来事が、そこら中で起こりうる。君が出会う美少女だって、ただの美少女じゃないかもしれない」
ただの美少女じゃない美少女。とってもいい響きだと思う。魔石的な何かでドラゴンに変身する竜族の美少女とか、毎晩血を捧げる必要のある吸血鬼の美少女とか、素肌では触れ合い難い氷のように冷たい美少女とか。想像が溢れ出してやまない。
しかし前述した通り普通の私が彼女らに出会ったとして、はたしてうまく交流できるか、その難易度はさておき、そういうミステリアスなのは大いにありだと思う。胸が高鳴る。
「だから君にも、ただの君じゃない君になってもらう。つまり、異世界に君のレベルを合わせるんだ。そのためにぼくがあげる
かみさまがかざした手のひらに、数センチ四方の透き通ったキューブが浮いている。青緑色をしたそれはまるで海を一片切り取ったかのようで、とても綺麗だ。キューブの中身を通して向こう側が見える。何かのゼリーかな。
「これは君に与える力、
「メニュー?」
「機能、と書いてメニューと呼ぶ。どういう力か簡単に説明すると、
そう言って、かみさまは
まず一つ目は、
二つ目は、
「そして三つ目だけど」
「三つ目はどんな便利能力なんだろう……」
「これがおそらく君にとって一番便利だと思うよ。能力の名前は
「どういう事?」
「カレールー、水、玉ねぎ、人参、じゃがいも、肉があれば、その場ですぐにカレーが出来る。鍋なんかの調理器具や、盛り付けの皿を用意する必要もない。カレーを作れば既に盛りつけられているし、それを食べきれば皿も消える」
「うわっ、一番便利!」
確かに一番便利だ。
しかしかみさま曰く、そんな便利な能力にも一つ欠点があるらしい。レシピが必要なのだ。何を瞬間的に作ろうとしても、まずそれをどうやって作るかを知る必要がある。知らないものは作れない。そして、作るものは必ずレシピ通りの物を用意しなければならず、替えは効かない。
確かにじゃがいもやお肉の入っていないカレーは食べたくない。そういうわけだ。
「レシピはどうやって覚えれば?」
「レシピを覚える方法は、自分で見つける必要がある」
「ええ?」
「大丈夫。傾向として簡単な料理は作り方を学ぶか何度か食べれば覚えるし、扱いやすい武器や防具だってその材質等を知れば覚えられるはずだよ。しかしこの世のものをなんでも簡単に生み出せると大変だからね。より良いものを生み出すには、自分で地道に勉強する必要があるというわけさ」
なんということだ。こんなことなら、元の世界でもっと料理を覚えておくべきだった。ずぼらな私は普段から外食やスーパーのお惣菜三昧だったので、ほとんど自炊してこなかったのが裏目に出た。
異世界でカレールーや野菜類なんかがすんなり手に入るのかどうかわからないけれど、料理のレシピをたくさん知っていれば、能力の便利さを活かして道中食べるものには困らなかっただろうに。レストランなんか開いちゃって、大儲けできたかも。
しかしああだこうだと考えているうちに、どうも私は無自覚ながらかなり前向きな思考になっているらしかった。覚えていないなら、これから覚えていけばいい。これから訪ねる異世界で作られている料理にどんなものがあるかも気になる。そもそも材料からして知らないものばかりかもしれない。元の世界では絶対にお目にかかれないような、奇妙奇天烈な食材のオンパレードだってあり得る。ド派手な色彩で構成されたサイケデリックな料理を勝手に想像して、ちょっと食欲が失せた。
「さて、本当は他にも能力があるけれど……今の君にはこれで十分だろう。いずれ時が来れば、ちゃんとその時に他の力が使えるようになるはずだ」
「ちょうどいいです。あんまり一度に説明されても使いこなせないだろうし」
「そうだね。それじゃあ、右手を差し出して」
ㅤ私がかみさまに言われた通りに右手のひらを差し出すと、かみさまが手にしていた青緑のキューブをそっとそこに乗せる。するとたちまちキューブが私の手のひらの中へと吸い込まれていって、跡形も無くなってしまった。
ㅤ私の脳裏に、
ㅤかみさまがちらっと口にしていた俯瞰的というのは、それを表しているんだろう。
ㅤかみさまが片腕を上げると、私の周りを眩い光が取り囲んで行く。この光に包まれた時、私は異世界に飛ばされるのだろう。いよいよワクワクしてきた。そういえば服装とかはどうなるのだろう。最初の所持金は。身を守るための武器は。言語は通じるのだろうか。そもそもどこへ飛ばされるのか。誰かに召喚されたりする形なのか。
ㅤ疑問符が絶えず私の頭の中を駆け回っていたけれど、既に視界は光に飲まれ、もう何も見えないどころか、口さえ利けなかった。
ㅤ最後に、光に包まれる私に投げかけるかみさまの声がする。
「異世界で気ままに生きてごらん。それがきっと、君と、彼女のためになる」
ㅤどういう意味だろう。いよいよ視界どころか思考すらも白んでいって、私は眠るように意識が薄れていく。
ㅤ最後にかみさまが一言付け足した。
「君の気持ちを大事にね。君の覚悟と決意を乗せれば、どんな逆境でも、それが君の力になる」
◇◆
ㅤ深い眠りから目覚めて、目を開く。
ㅤそこは森の中だろうか、私は地面に大の字であおむけに寝そべっていて、視界を満たす青々とした空の端に木々の先端がのぞいている。
ㅤ私は横たわったまま、地面をぺちぺちと叩いてみる。ひんやりとしていて少し硬い。見た目はやや灰色混じりの茶色。土のような、土でないような。
ㅤ私は上半身を起こしてみた。
「なるほど、森の中スタートと」
ㅤ辺りを見渡すと、木々に囲まれているのはともかく、その高さが妙だった。
ㅤ普通であれば森の地面に横たわっている時、辺りには木の根元が見えるべきだ。木は地面に生えているのだから、当然。ところがどっこい、私が辺りを見渡して見えたのは木のお腹のあたりである。つまり、木々に対して目線がかなり高い位置にあるということだ。
ㅤ立ち上がって調べてみると、なぜそうだったのかすぐにわかった。
ㅤ私はどうやらどこかの森の中にあるちょっとした岩山の上に立っている。高さにして五メートルくらい。何故こんなところから始まるのだろう。
ㅤ岩山は切り立っていて、すんなり降りられそうもない。ロープか何かが要る。
「ん?ロープ?」
ㅤ私は思いついて、辺りにある程度の長さを持つ植物が生えていないか調べてみる。すると近場に20センチくらいの、何かの蔓がウネウネと伸びているのが見えた。うかつに近づいて、突然動き出したりしないだろうか。これが何かの生物の触手が獲物を捕らえるために仕掛けている罠だったりしたら、それはもう大変だ。
何がって、自分の触手プレイなんて求めていないからである。
用心して、私はすぐそばに落ちていた小石を拾い上げ、放ってみた。蔓のすぐとなりに落ちたけれど、何も起きない。どうやら大丈夫そうだ。勇気を出して蔓に近づいて、引っ張ってみる。
「あれっ、つながってない」
どうやら既に、根本から切れてしまっていたらしい。蔓はいともたやすく持ち上がって、たちまち私の手の中に吸い込まれた。
「えっ!?あっ、
まったくの無意識だった。突然蔓を手のひらから吸収する様は
収納した物はどのように保管されるのだろうと思ったら、どうやら頭の中で意識を集中させる事でいつでも確認できるらしい。脳裏に【ガデン樹の蔓:3】という文字が見える。
私は嬉しさのあまり、うんうんと頷いた。まるで手品師のようだ。宴会でウケる事間違いなし。手で持てさえすれば収納できて、いつでも取り出せる。取り出せるよね。私は手のひらをぱっと開いて、蔓が出てくるイメージをした。取り出せた。
「ロープといったら、こういう植物をぐるぐる巻けば……作れるでしょ」
三本の蔓を三編みのようにぐるぐると巻いて、固く結ぶイメージ。ロープを実際に作った事はないし、その構造を知っているわけではないけれど、おそらくこのイメージはある程度間違っていないはず。というか、これで作れるようになってほしい。
「………………」
体育座りして少し待ってみても、例えばレシピをひらめきましたー!だとか、そういう通知が鳴る様子がない。これくらいのイメージではダメかとがっくりと肩を落とすけれど、そもそもこれはゲームのような能力だけど、現実はゲームではない。通知なんて便利機能があるはずもなかった。というか考えてみれば、
「とりあえずやってみるかあ」
私はおもむろに立ち上がって、蔓を三本取り出し足元へ置くと、目を瞑り、夜空に瞬く流れ星に願いを込めるように三唱した。
ロープ、ロープ、ロープ。
そうして完成している事を願って、閉じていた目を開いてみる。
いったいどういうタイミングで出来上がったのだろうか、私の足元に、蔓を編み込んだロープが転がっていた。
【ガデン蔓のロープ】使用回数:1
ガデン樹の蔓で製作したロープ。長さにして約六メートルほど。人一人くらいならなんてことはない頑丈さ。
ロープを拾い上げた瞬間、私の脳裏に文字が浮かんで、消えた。今のはこのロープについての説明文なんだろう。わざわざ使用回数が書かれているということは、複数回に分けて使える物もあるのかもしれない。現実とは裏腹に、能力だけはいよいよゲームっぽくなってきたぞ。
手にしたロープをピンと張って、耐久度を確かめてみる。確かになかなか頑丈だ。これを上手く岩か何かに結べば、下に降りられる。元々運動神経が良いほうではなかったので、ロープを使って降りるなんて動作は公園の遊具でもやったことがない。過去に経験した避難訓練でもなかった。なのでイメージするしかないのだけれど、降りる時に股とか腿をこすって傷めないようにしないといけなさそうだ。
幸いにも蔓の表面はツルツル――おっと、ダジャレじゃないぞ――しているので、肌が傷ついたりすることはなさそうだけど。
「ん?」
そこまで思考を巡らせて、私は大変な事に気がついた。
異世界で新たな生活をスタートさせた私は、あろうことか、原始人よろしく最低限の肌着しか身に着けていなかったのだ。
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