ニンフェットの煌めき

のむお

第1話

 女の子にもヒゲが生える。

 それは中学生の俺にとってあまりにも衝撃的な発見だった。

「どうしたの?」

 呆然として固まる俺に真緒ちゃんが優しく声をかける。

 ピンク色の唇と、小さく整った鼻。

 その間には確かにヒゲが生えている。

 なんでもないよ、そう言ってズレた眼鏡の位置を直すのが精一杯だった。

 そのくらいショックな出来事だった。


 ◯


 この中学校で1番かわいい女の子、それは真緒ちゃんだ。誰に聞いてもみんなそう答える。

 俺は小学生の頃からこの子のことが好きだった。

 もちろん俺だけじゃない。サッカー部の山田も野球部の木下も、みんな真緒ちゃんに惚れている。

 幸運にも真緒ちゃんの隣の席になり、ハッピーな日々をおくると思っていた矢先。

 俺は真緒ちゃんにヒゲが生えていることを知ってしまった。

 ヒゲ。

 ヒゲが生えている。

 時間を置いて考えるごとに、この事実は俺の恋心を打ち砕くどころか、ますます加速させた。

 もう一度見たい。

 彼女のヒゲを。

 この目で。


 ◯


 それからの俺は、真緒ちゃんと席が隣であることを最大限活かすように努力した。

 隣の席の男子が自分のムダ毛(女の子に生える毛のうち、髪の毛、まつ毛、眉毛意外の毛はムダ毛というらしい)を眺めていると知ったら……

 真緒ちゃんは二度と学校に来なくなってしまうかもしれない。

 俺は姉ちゃんの持っている雑誌をあさって情報を得た。

 どういった男子を女の子は好きになるのか。

 一緒に話していて楽しい男子とは。

 女の子はどのような見た目が好みなのか。

 などなど。

 真緒ちゃんと話す時間が増えれば増えるほど、ヒゲを見るチャンスが生まれる。


 ◯


「最近真緒ちゃんと仲良いよな」

 木下が肩を叩いた。

「イメチェンまでしやがって」

 木下の言うとおり、俺はしばらく前から眼鏡をやめてコンタクトにかえていた。

 そのほうが女の子のウケがいいし、なによりヒゲをよく見ることができる。

 効果はてきめんだった。

 眼鏡よりも鮮明に真緒ちゃんの肌を見ることができるようになって、新たな発見があった。

 俺たち男子のように、アゴやほっぺたにはヒゲが生えていない。もちろん、完全につるつるというわけではなく、細かくふわふわした産毛が生えている。

 唇の上。

 とくに左右の端の部分が濃く生えていることもわかった。眉毛と産毛の中間くらいの細さだが、近づいて見ればすぐにヒゲとわかる。

 そう、近づいて見れば。

 木下が指摘したように、いつの間にか俺と真緒ちゃんの関係は深まっていた。

 ずいぶん前に席替えが行われ、もう真緒ちゃんのヒゲを拝むことはできないのかと絶望したが、彼女のほうも俺と離れるのは嫌だったようだ。最近は毎日一緒に下校するのが暗黙の了解になっていた。


 ◯


 長い髪をなびかせて、真緒ちゃんは俺の隣を歩いている。色素が薄めの髪は夕焼けを浴びて金色に輝いている。

 彼女の産毛が日の光にあたり、煌めいている。

 ふわふわと風になびく産毛。

「どうしたの?」

 ずっと横顔を眺めている俺に、真緒ちゃんが声をかけた。

 今日もかわいいね、そう言って俺は笑った。

 真緒ちゃんも嬉しそうに笑う。

 唇の動きと一緒に形を変えるヒゲ。

 美しい。

 俺はこの光景を死ぬまで忘れないだろう。

 女の子にもヒゲは生える。だが、それがどうした。

 女の子のヒゲは美しいんだ。

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