101 転がり落ちる日常6
「店に侵入してきたのは男二人だった」
馬車上のザックからの悪い予想的中の言葉に、私は我知らず拳を握り締めていた。
「それって一人はお客としても来てくれてる王都警備隊の人よね。その彼がザックに怪我をさせた本人でしょ?」
「そうだ。あの時は、感心にもわしを手伝ってくれると言うアーニーと厨房にいたんだが、そこに襲撃犯たちが押し入ってきて、どうしてかアーニーを連れて行こうとしたんだよ。わしはそれを阻止しようと応戦したものの、生憎とこんなザマだ」
力及ばずと、ザックが自嘲気味に微苦笑した。だけど傷に障って小さく呻く。
「ザック余計な会話は禁物よ。必要なことだけ教えて」
頷く彼へと、だったらこっちから必要な問いかけをすればいいじゃないと思った私は、大事な点だけを訊ねる。
「流れから行くと、きっとアーニーを直接攫ったのは二人目の襲撃者よね。その人の特徴とか人相とか、服装でも良いんだけど、覚えてる?」
ザックは「ああ」とゆっくり首肯した。
ねえ、これは大きな進展の予感じゃない?
「もう一人は……もう一人も警備隊の者だ。わしを斬った男といつも組んでいる相手だ」
「なっ……そうなの!?」
愕然としてしまった。
だって、共犯は意外な相手だったんだもの。
そう言えばその相棒も、今日は非番だって聞いたっけ。現状知り得ている事実だけで判断するのなら、彼にも襲撃できる時間的な余白があるんだわ。
ザックが見間違う可能性も低いし嘘をつく理由もない。
それらを踏まえればその人だって断定してもいいくらいよね。
えー、でも何もこんな犯罪にまで二人一組で行動しなくてもいいのに……――って事は、ええと何かしら、そのもう一人が吸血犯って流れになるけど……?
何か信じ難いというかしっくりこない……。
「頼むリズ、アーニーを無事に連れ戻してくれ」
情報の整理も兼ねて、表面から内面へと思索を深めようとした所でザックの真剣な声が届く。
中途半端に思考を切り上げ我に返った私は、言いようのないもやもやした不安を気取られないようにザックにしかと頷いてみせた。だって一先ずは安心して治療に専念してほしいもの。
ザックは自分の怪我よりもアーニーの身を案じている。
私だって動けない彼の代わりに、しっかり頭も体も動かしてあの子を奪還してみせるわ。
犯人の正体が判明したなら、アーニーを隠している候補地としてはさっきウィリアムがちらっと言ってくれたように、警備兵の身辺、つまりは彼らの自宅や親戚知人宅も含まれてくる。
捜す場所が多数に上るとは思うけど、これもアーニーのためよ、弱音も文句も言ってられないわ。どうにかわかる所から
そのためにはもう一度、住所とか彼らに関わる情報を訊きに詰め所に行く必要がある。
ただ、いくら事件でも個人情報を教えてくれるかしら。そこは行ってみないとわからない。
「ザック、果報は寝て待ってて。だからしっかり養生に励んでね」
「任せ切りは心苦しいが、今のわしじゃどの道足手まといだからな。宜しく頼むよリズ、それからあなたにも」
「ええ、人事を尽くすわ!」
気を取り直して意気込めば、ザックは的確に自らの力量を弁えて潔く私の言葉を受け入れた。それに彼はウィリアムにも敢えて声を掛けたみたい。これも敢えてなのか殿下とかウィリアムって呼称は口にしなかった。
ウィリアムもウィリアムで心得ていると言った面持ちで、返す言葉はなくも、しかと首肯していたわ。
私はザックに付き添ってくれた医院スタッフに感謝の言葉と共にまた彼を任せると、馬車が医院の方へと戻って行くのを見送った。
待っててザック、きっと良い知らせを届けるわ。
「マルスにも伝えなきゃよね」
でも彼は今どこを捜しているのかわからない。
時間が惜しいし、すぐにでも詰め所に行きたいのに……。
ハッキリ言ってこの時の私は進展に浮かれていて、気もそぞろとまでは言わないけど頭の中の整理が散漫だった。
もしも自分がもう少し事態を冷静に俯瞰出来ていたら、気ばっかり焦って重要な点を見落として事態を悪転させずに済んだのにって、後になって思った。
「ウィリアム、このまま捜索に付き合ってくれるのよね?」
「ああ」
「頼みがあるの。今のザックの話をマルスに伝えてくれない? 私はまた詰め所に行ってくるわ。どうにか二人の家の捜索からでも働きかけるつもり」
「……彼と話すなら君の方が適任だと思うが。詰め所には俺が行く方が良くないか?」
正直どっちでもいいんだけど……ん?
「ウィリアム、あなた……もしかしてマルスが苦手なの?」
「……別に」
「え、珍しいわね。あなたがそんな風に相手を敬遠するなんて。ああでも初対面で喧嘩っぽいことをしたから当然か」
「喧嘩? あれは牽制だ。随分と人様の恋人に馴れ馴れしいからな」
「あはは、マルスとはそんなんじゃないわよ。色々助けてもらった恩義のある弟分ってところかしら」
「弟分……。義理の兄弟とどうにかなる恋愛ものを、日本の君の部屋で見掛けたことがあった気がするな」
「ぷっ、ちょっと何心配してるのよ~」
思わず噴き出しちゃった。
「そう簡単に心変わりなんてしないわよ。ウィリアムだってそうでしょ?」
「当然。むしろ君の方が変な男にホイホイ付いて行きそうで心配だな」
「何よそれー。そんな可愛くないこと言って、私にホントに別のイケメンに乗り換えられても知らないわよ?」
「はっ、その時は君をその男から略奪しに行くさ」
わざとらしく挑発してみせるけど、これはお互いに軽口だ。
ウィリアムも敢えてせせら笑うように言ってのけた。
「んー、じゃあ仕方がないか、マルスには私が伝えて詰め所に向かうわ。先に行って色々と話を聞いててほしいんだけど……本当に大丈夫?」
「どうして?」
「さっき詰め所に行った際はあなたの顔を知っているような相手もいたから。路上での一般の人達と違って、マクガフィンの領地に居るはずのあなたが王都に居るって、国の組織に就いている相手から報告でも上げられたら、面倒なんじゃないの? ホホホ何しろ人に言えない方法でいらっしゃられたのですものね~」
茶化せば、ウィリアムが「そうだ、誰かさんのおかげで」と半眼になった。
「まあ確かに、一度見ただけなら似た別人だと言い張るのも可能だろうが、二度目となれば誤魔化しにくくなる」
「でしょ。もしも不都合なら……」
「いや、君に付き合う以上、もう腹を括った」
「え、腹? 何の?」
「さあ、何のだろうな」
ウィリアムはふっと意味深に口角を上げただけで、明言はしなかった。
「ま、告げ口されたらされたで構わない。何とでもなる」
「ああそう。ウィリアム様の権力の臭いがぷんぷんね……」
「そもそも詰め所には俺が先に行って話を聞いておく方が手っ取り早くて円滑だ。この肩書きを堂々と使えば君の言う所の王子の権力で犯人達の身辺情報くらい簡単に得られる」
「あ……」
それはリズって一般庶民の私じゃ向こう行ってもやっぱり簡単には教えてもらえないって意味よね。だからと言って伯爵令嬢のアイリスだなんて名乗った日には自滅だけども。
ふーん、でも、何だ、ウィリアムは私の気掛かりをちゃーんとわかってくれてるんだ。
察しが良くてそつのない男って時に信用できないけど、この人はまあ別よね。
頼れる恋人万歳じゃない。
「ああ、詰め所にはこの馬車を使うといい」
「いいの? あなたの足がなくなるじゃない」
「人に言えない方法で密かに移動するから心配ない」
やっぱりこんな路上でも彼なりのスキンシップは健在で、ついさっき同様故意にわざわざ耳元で笑い含んだように告げてきた。その際に耳の先を唇で軽く噛まれて私は不覚にも真っ赤になる。
ちょっとーッ! 何ドヤ顔してるのよーッ!
この男ってばいい加減時と場所を考えてほしい。
でも忍耐忍耐、動揺したら負けよ。
「あ、ありがと。じゃあ遠慮なく使わせて頂くわ。マルスと」
意趣返しに彼が無駄に気にしているマルスの名を敢えて強調してやれば、不愉快そうに眉をしかめられた。フンだ。それから、引き合いに出してごめんねマルス。
「それじゃあ先に行っているとしよう。因みに、そっちが着く前に話を聞き終えたらどうする? ここに戻った方がいいか、詰め所で待っていた方がいいか、君の意向は?」
「ああそうよね、その流れもあるのよね。じゃあ向こうで待ってて。長々と待たせちゃったらごめんだけど」
「わかった」
言葉と共に軽く頷いたウィリアムは、私が動くより前に近くで煙草を吸っていた御者のおじさんに話をつけに行ってくれて、私はこっちに来たおじさんから開口一番に一緒に御者席に乗るように促された。
マルスはまだだしって戸惑っていると、ウィリアムが「徒歩より速いだろう」だって。
彼の態度から察するに、単なる気遣いだけじゃなく、要はさっさと馬車でマルスを見つけて合流しろという彼なりのちょ~お嬉しい催促のようですわ~オホホホホ。
御者席なのは、車内よりも見通しがいいからよね。
「ま、実際のんびりもしていられないし、効率まで考えて手を打ってくれて誠にどうもありがとうございますー」
「わかり易く棒読みだな」
まあ感謝は感謝としてしてるのよこれでも。
でもマルスが関わると少し意地悪なんだもの。本当にヤキモチなんて焼く必要はないのにね。全く嫉妬深くて困った人だわ。
私は気分を一新するように一つ息を吐き出した。
「それじゃあ遠慮なく馬車で行くわ。実を言えばあなたとはじっくり話したいことが沢山あるから、この件が全部片付いたら少し時間取ってもらえない?」
「ああ、それなら俺も君とゆっくり話したかったんだ」
「そ? 決まりね」
ウィリアムと御者のおじさんに手伝ってもらって御者席に上がり込む。初御者席わ~いなんて感激している暇はない。
「よーし、こっちはこっちで行って来ますか~」
「馬車から転げ落ちないように気を付けるんだぞ。俺も行ってくる」
彼は最後にそう言うと、一応は人の目のない場所で移動の魔法を使うつもりなのか、一人細い路地に曲がって行った。
「……転げ落ちるって、私そんな不注意じゃないわよ」
葵の時もそう思ってたけど、ウィリアムのユーモアは大抵がビミョー。面白くない。
御者のおじさんも苦笑いしていた。
こうして私を乗せた馬車は処刑どころ前を出発して、運良く走り出して間もなくマルスと合流できた。
車上で簡単にザックの様子と彼から齎された新情報をマルスへと教え、私達は本日二度目の詰め所に到着した。
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