100 転がり落ちる日常5

 アーニーの実家ソーンダイク家の人が密かにあの子を連れ帰った可能性を考えもしたけど、その可能性は低いと思う。

 普通、ザックを理不尽に傷付けて警察沙汰を起こしてまで無理に連れ帰ろうとはしないでしょ。ああでも万が一そんな非常識な家だったらどうしよう……。

 ウィリアムに何らかの有用な魔法を使ってもらう方向でも考えたけど、彼の魔法能力が露見の危険がある以上不用意に頼めないと思いとどまった。

 魔法なら私も一応は使えるけど、ウィリアム同様バレるのはまずい。アーニー失踪の理由が特定出来ない以上どうしても必要だって切迫した時には試してみるけど、それまでは警備隊の人達と共にこの王都を自分の足で捜してみようと思ってる。まあ使うにしても私に探索系の魔法が使えるのかどうかはわからないけども。


 そんなわけで、マルスと手分けしてしばらく近隣を捜したけどまだアーニーは見つからない。


 これは一旦店に戻らないと駄目かしらね。ウィリアムには帰るように言わなくちゃ。本音では一緒に居てほしいけど、忙しい彼の時間をこれ以上ゴリ押し同然に拘束できない。ここまで協力してもらっただけでも有難いわ。

 まあ、乗り掛かった船と捜索にまで付き合ってくれる気でいるにしろそうでないにしろ、一度彼の意思を聞く必要がある。


 一本隣の通りを任せていたマルスと道の先で合流して、彼には捜索を継続してもらって私だけで処刑どころに戻れば、ウィリアムは彼の乗ってきた馬車の側面に寄り掛かっていた。


 勝手に人様の店の中で待つのは気が引けたのかもしれない。

 御者のおじさんは近くの道端で休憩がてら一人煙草を吹かしている。


「ウィリアム」


 片手を上げて駆け寄れば、腕組みをして目を閉じていた彼は気付いて顔を上げる。


「見つかったのか?」

「まだだけど、一度あなたと話さないとって思って戻ってきたの。何だ、外じゃなくて店か馬車の中で待ってれば良かったのに」

「車内だとこの店に誰かが来てもうっかり見逃すかもしれないだろう。部外者の俺が主人も従業員も不在の店に入るのは礼儀に反するしな」

「えっでもさっきは入ってきて危ない所を助けてくれたじゃない」

「あれは誰かいないかと声を掛けようとした所で予期せず君の悲鳴が聞こえて、緊急だと思ったからだ。そうでなければ無断で侵入なんてことはしない」

「……何だか家人に招かれないと入れない妖怪みたいなこと言うわね。確か最近お騒がせの吸血鬼もそんなような習性あったわよね」

「常識的だと言ってくれ」


 ぶっちゃけウィリアムならいちいち監視しているのを面倒がって魔法察知の網を張るかもなんて思ってたけど、たまにはこうやって普通人的に地道に動くのね。

 それにウィリアム様の口から礼儀を気にする言葉が出てくるとは思わなかった。これでも公爵家の貴い王子様だから俺が入って光栄に思えって感じでそういうの余り気にしないのかと思ってた。だってローゼンバーグ家では客人の立場で結構好き勝手やってたしねー。雪でも降るかしら……?


「アイリス……心の声が口から駄々漏れてるぞ」

「えっ」


 ウィリアムはちょっとムスッとして私を睨む。


「ずっとここに居たが、誰も来なかった」


 再会後間もないせいで私へ甘くなっているのか、それとも会わないうちに忍耐レベルが急上昇したのか、ウィリアムはそれ以上怒りはせずため息交じりに告げてきた。


「そっか、ありがとう。じゃあ後はこっちで捜すから大丈夫。あなたにはあなたの予定もあるだろうに無理に付き合わせちゃって悪かったわね」

「…………おい」


 店の表の路上に私と向かい合って立つウィリアムは、明らかに超絶不機嫌顔になったけど、忍耐はどこに行ったのかな~?


「俺の都合が君を中心に回っているって知ってるか?」

「え?」


 会話に適度な距離感から一歩で至近距離まで来た彼から、内緒話のように耳元で囁かれる。いやでも普通ちょっと違うわよね。世界がお前中心に回ってると思ってんのって非難する感じで。


「君がここに居ると知って、今日俺はようやく何とかマクガフィンの領地での調整を付けて王都に魔法で飛んできた。なのに、もう追い返すのか?」


 またキスでもされるかってドキッとしたけど、魔法云々って話だからそりゃひそひそ話にもなるか。


「あ、そうだったの。でも別に追い返そうって思ったわけじゃ……。そりゃ人手は多い方が良いから手伝ってほしいけど、多忙なあなたに無理は掛けたくないって思い直したのよ」


 でもそっか。ウィリアムは魔法を使って私に会いに来てくれたのね。


 嬉しくてキュンとくるでしょそんなの。


 マクガフィン家と王都間の距離から日程的に着くの早過ぎじゃねって不審がられれば、最悪彼自身が魔法使いだってバレる危険だってあったのに、そんな危険を冒してまで私のために……。


 でも、あれ?


 そうするとマルスやアーニーが感じた視線はウィリアムじゃなかったって事よね。


 だってその時まだ彼は王都にいなかったんだし。


 てっきりそうとばかり思ってたけど、違うなら……もしかして襲撃の警備兵のだった?

 ううん、そうすると普段の任務中から操られていたって話になる。だけど今日までそんな風には見えなかったわ。


 それに何より、その警備兵と一緒の時にアーニーは向けられている視線に気付いたのよ。


 彼では有り得ないでしょ。

 じゃあ、誰?

 まさにそれが背後で兵士を操った黒幕?


 ここまで考えた私は、抜け落ちていた重大な可能性に気が付いた。


 あの兵士が単独実行犯じゃなかったのなら、アーニーは本当に一人で逃げたの?


 黒幕が現場に居たって証拠もないけど、居なかったって証拠だってないのよ。

 もしも居て、アーニーは連れ去られていたとしたら?

 だから見つからないんじゃないの?


「どう、しよぅ……」


 足元にぽっかりと奈落が開いたような錯覚に見舞われる。


「アイリス……?」


 一気に血の気を引かせた私の豹変に、ウィリアムは気掛かりと訝りの眼差しを向けてくる。

 私ってばどうして今の今までその可能性に思い至らなかったの?

 警備隊の詰め所に行ったのにどうして王都中の警備兵を総動員してでもアーニーを捜してくれるように働きかけなかったの?

 誘拐は憶測と言えばそうだけど、そうじゃなかったと仮定すると、あの子が危険だわ。


 でも誘拐したとしてその理由は?


 ザックを襲ったのを目撃されたから?

 ただ、そうすると腑に落ちないのはアーニーが目撃していたって言っても、結局の所ザックは何故か致命傷ではなくて、彼が喋ったら正体なんて知れるでしょ?

 言い方は悪いけど、どうして口封じしなかったの?


 でも……、え……?


 ――目撃?


 私は思い至った考えに、愕然と目を見開いていた。


「まさか、目撃者だったから……? だとすれば黒幕って……」

「アイリス? 本当に急にどうしたんだ? 俺は別に怒ったわけじゃない。君が頼ってくれずちょっと素っ気なくて拗ねただけだ」


 ああそうなの。はいそうなの。へえそうなの……って感じで、結構珍しいウィリアムのしおらしいデレは私の耳の右から左にすこーんと抜けていった。

 だって現在私の脳内回路はそれ所じゃない。


「そうだわ、犯人にとって都合の悪い目撃者だったから。――真犯人がもし吸血犯だったら、あの子がまずいわ」

「何だって? 吸血犯ってあの?」

「そうよ、アーニーは彼自身覚えてないから断言はできないけど、もしかしたら吸血犯の目撃者かもしれないの!」


 よろけて思わず縋るように訴えれば、両腕で支えてくれたウィリアムも事情を察したのか険しい面持ちになった。

 プライドの問題か、スルーされた台詞の件には触れなかった。


「君は世間を騒がせている吸血犯がこの襲撃を操った犯人だと思うのか?」

「そう考えた方が無理がないんだもの。ああ勿論本当に吸血鬼がやったなんて思ってないわよ。犯人は人間だと思ってる」

「それは当然だろう。手口が杜撰だし、吸血鬼は基本的には特定の相手からしか血を吸わないし、わざわざ血を抜かなくても最適かどうかわかるらしいぞ」

「えっそうなの? やけに詳しいわね。実はこっちでオカルト好きに?」

「いや、ニコルから聞いた。この世界にはドラゴンと同じくどこかには吸血鬼もいるというし、知っておいて損はないからな」

「ニコルちゃん? へえ、あの子そういう系が得意なんだ、意外だわ。百合とエロが専門なのかと思ってた。……ところで今更だけど、元気、よね?」


 あ~~っ、会いたいっ。

 ……アイリスがアイリスじゃないって知ってるだろう彼女に。

 きちんとそこの話もしたい。

 でも可愛さ満点の妹を嘗め回すのが先だけど。

 私の顔は正直なのか、ウィリアムは「ああ、君をとても心配していたけどな」と微妙そうにした。元気なら良かった。

 と、まあ思考が大きく脱線したけど、ザックを害してまでアーニーを狙う下衆な相手なんて吸血犯くらいしか思い付かない。


「吸血鬼はどうだか知らないけど、吸血犯は魔法を使えるかもって言われてる。まさに精神に干渉する魔法を使えるのなら、無理にでもアーニーの記憶を封じるとかして情報を隠そうって思うかもしれない。負荷を掛け過ぎて意識障害でも残ったら大変よね。早く見つけないといけないわ……!」


 ついつい何も考えずに気持ちだけで駆け出そうとしたけど、勇み足になりそうだからか両肩を掴んだウィリアムから叱責同然に止められた。


「少し落ち着け! 闇雲に捜すだけじゃ見つかるものも見つからない。誘拐したならどこかにその子供を隠しておくはずだ。まさか堂々と外を連れては歩かないだろうしな。まずは襲撃してきた兵士の身辺を当たってみたらどうだ?」

「あ……そうよね」


 それに私の早合点の可能性も捨て切れない。

 推測が外れてほしい。

 そんな時だった。


「リズ……っ、――リズ!」


 え、この声って。


「ザック!?」


 声がする方を見やれば、屋根なしの馬車に乗ってこっちに向かってくるザックの姿があった。彼の隣には医院の女性スタッフもいて彼を困ったように支えている。

 どう見ても無理を言って連れて来てもらってるでしょあれ。


「ちょっと! 意識が戻ったのはいいけど、まだ安静にしてないと駄目じゃない! その顔色血が足りない人そのものよ!」


 大事にならないものもこれじゃ大事になるじゃないの!

 停まった馬車にウィリアムと二人で駆け寄ると、ザックはやっぱり馬車の振動さえ体に堪えていたのか、席に座ったまま具合が悪そうにしている。


「ザックってばどうしてこんな無茶したのよ!」


 ウィリアムを見てどうしてここに王子がって少し不思議そうに眉を上げたザックは、彼への疑問は後回しにしたのか私を見て「アーニーは?」と今まさに話題の人物の消息を訊いてきた。

 吸血犯に誘拐されたかも……なんて、傷に障るといけないから不確かな事はまだ言わない方が良いわよね。


「それが……」


 ああだけど咄嗟には無難な回答が思い付かない。

 口ごもるようになってしまえば、ザックは重々しい雰囲気を隠しもせず一つ長く息を吐き出した。


「やはり連れ去られたのか」

「やはり? ザックそれってどういう意味?」

「わしが無理を押してここに戻ったのは、アーニーが攫われたことを、リズかマルスに伝えなければと思ったからだ」


 喋るのさえまだまだ傷に堪える様子のザックは、唸るような声でそう言った。

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