77 処刑場にて4

 え、何で石がって思っていたら罵声まで飛んできた。


「あんな恐ろしい炎の鳥を使って国を焼き尽くそうってのか!? この悪女め!」

「さっさと死んでしまえ悪しき魔女め!」


 ああ何だ、このくそリア充が公然とイチャこいてんじゃねえゴルアアアッて嫉妬されたわけじゃあなかったみたいだわ。

 ウィリアムが私を護ろうと抱き寄せてくれたけどこの舞台は広場のほぼ中央に設けられたもの。つまり周囲をぐるりと観衆に囲まれているから、がら空きだった背中にまた一つ小石が当たった。


「止めるんだ!」


 一人また一人と感化されたのか、あらあらよくそんなに広場に落ちているわねってくらいになっていくの投石の中ウィリアムが怒りを露わにする。だけど一度興奮に火の付いた民衆にはほとんど届かない。

 他方、王族警護の職務でも思い出したのかウィリアムを護ろうと兵士達も口々に制止を呼び掛けながら彼を護るように囲んだ。ついさっきは彼に飛ばされていたのに職務熱心な皆さんで良かったわー。

 てっきり罪人に追い打ちを掛けないように投石やなんかはしない処刑場でのモラルっていうのかそんなものがあるのかなって思ってたけど、全然違ったみたい。

 ハッ、群衆ってものはどこの世界でも大して変わらないようね。恐怖が一周回って攻撃性に転化したのかもしれないし怪我をさせたその仕返しかもしれない。


「鳥さん、投石を防げる?」


 せめて防御だけでもと頼めば、不死鳥は極悪顔をより凶悪にして了解を示し四方八方から飛んで来る石やゴミを舞台付近でことごとく消し炭にしてくれた。


「くっ、邪悪な魔女なんざこの国にはいらないよ! その女に死を!」

「てっきり神聖な不死鳥だと思ったがあの極悪な顔付きはきっと魔物だ。そんなものを従えるなんて恐ろしい女だ! さっさと殺せー!」


 炎に尻込みはしたものの広場一帯には誰かの言葉がきっかけで「死を! 悪女に死を!」と群衆コールが始まった。

 ウィリアムが殺気立ったのがわかった。まあねえそりゃ私だって全く知らない沢山の人から憎々しげ睨まれて死ねとまで言われて正直理不尽だって憤る気持ちはある。大逆なんてしてないし私は平和主義者よーって叫びたい。今ここに拡声器があったらキーンッて思い切り五月蠅いノイズ音を立ててやるのに残念だわ。

 見知らぬ相手の敵意に落ち込む反面、コンチクショーって反骨精神がむくむくと湧き上がる。

 アーネストのアンチクショーはこういうのをお望みだったってわけ? え?

 それにこのままだとウィリアムがマジギレして「この場の畜生共を全員捕らえろ」とか言い出しそうでヒヤヒヤよ。


「お前たち、今すぐに暴徒共を捕らえろ」


 ああほら思ったそばから似たような台詞を!


「そ、それは駄目よ! この人達は雰囲気に流されてるだけなんだし」

「また君はそうやってすぐにお人好しを発揮する」

「ええそうね! だけどあなたまでお人好しにも悪者になる必要はないわ、ウィリアム王子殿下! 自分も悪党になってやるって言ってくれただけでもう十分嬉しかったからいいの」

「……」


 自分の立場を思い出せとばかりに肩書きを強調してやった私はムッとした彼を放置して傲然と広場を見下ろした。

 そんな私と目が合った人々はビクついてより一層濃い慄きや敵意を目に浮かべる。

 ふん、この反応、これは私ってば完全に悪の権化扱いね。

 全くホントやんなっちゃうわ。

 不死鳥が三白眼をより険呑にしたけど攻撃はしないように制した。


 私への非難の熱は高まるばかり。


 不死鳥の存在に躊躇はあるものの民衆は少しずつ舞台の方ににじり寄ってきている。このままだと本当に暴動になりかねないわ。

 やや離れた場所にいるニコルちゃんを見れば、彼女は騒ぎ出す人々に阻まれて中々こっちに近付けないようだった。流れ石が当たっても大変だしかえって幸いね。


「ウィリアム、あなたと婚約解消して良かったのかもしれないわ」

「何……?」

「だって私、これからもっとやらかすつもりなんだもの」


 どういう意味だと言いたげな彼の眼差しを避けて「もう大丈夫だから」と彼の腕から抜け出した。

 不死鳥がいるおかげかウィリアムがすんなり放してくれたのは助かった。

 私は日記を拾うついでにその傍に散乱していたギロチン刃の破片をこっそり一つ手に取った。


 僅かな躊躇の後に思い切りその尖った先を掌に握り込む。


「――ッ」


 当然だけど痛かった。

 その痛みに違わず傷口からすぐさま滲んだ鮮血が、握った指の隙間からポタポタと下に落ちる。


「何をやっているんだ!」


 滴った血が見えた事で私の自傷に気付いたウィリアムが血相を変えてこっちに近付いて来ようとした。


「来ないで!」


 そう強い拒絶を放てば彼は強張った顔で足を止めた。


「何を、する気だ?」


 やや慎重さを孕んだ問いには答えず、困ったように笑んでみせる。

 きっと教えたら止められるだろうしね。


 ――場の収拾を付けるには元凶が消えるのが効果的でしょ?


 万一の時は伯爵家を気にせずにってニコルちゃんの言葉が脳裏に甦る。

 うん、ごめんだけどそうさせてもらうわ。

 指名手配されるかもしれないけどまた投獄の日々なんて御免だし、ほとぼりが冷めるまで逃亡者上等じゃない。


 お願いよ、私をここから遠くに行かせて……!


 魔法の呪文なんて全然知らないけどどこか遠くにって念じて、いつだったか見せてもらった王国地図を思い浮かべた。その中の王都じゃない場所を強くイメージする。行き先が曖昧すぎるとさすがに魔法の方も戸惑っちゃうかもしれないから、うろ覚えの地図だったけど位置的には王領も三大公爵領のいずれも外れた場所を思い描けたと思う。


 北方の山岳地帯、そこをイメージした。


 どうして寒い印象のある場所にしたのかってのは、私自身少し頭を冷やしたかったからだと思う。一人で。ああ日記は数に入れないわよ。

 前とは違ってウィリアムの――葵の言葉を鵜呑みにして振られたわって絶望一色にはならない。

 今の彼には今の彼の事情があると思うから。


 だけど、頭ではわかってはいても平気なわけじゃない。


 婚約破棄なんてされて本当は涙が出そうだった。


 加えて、どうしてこうも唐突なのって沸々とした怒りも湧いていた。アーネストみたいに魔法でサクッと牢屋に来て相談してくれたっていいじゃない。さっきだって何か知っておくべき事情があるみたいだったのに後でいいかとか何とか勝手な事言ってたし。根本的に言葉が足らないのよこの人は!!


「ウィリアム、あなたに家族のことしばらくお願いするわね」


 言った直後、私の血が仄かに発光を始めて魔法陣が足元に出現する。

 やったわ成功した!


「しばらくとはどう――転送魔法っ!?」

「しばらくはしばらくよ!」


 視界が白く染まる中、鬱憤晴らしに舌を出してあかんべーをしてやった。


「おいちょっと待てアイリス何処に行く気だ! 待て――美琴!!」


 結果から言えば、きちんと空間転移の魔法は発動した。


 そんなわけでウィリアムの焦ったような声を最後に不死鳥もろとも私アイリス・ローゼンバーグはその日王都から姿を消したのでした~チャンチャン…………ってなわけで、嬉しくもない逃亡生活がこうして幕を開けたのよ。





「ぷっ……くくくく! まさかの逃亡だって? くははっ彼女は面白いなあ」


 広場の群衆に紛れ、金色の髪を零し深くフードを被った男――アーネストは一人小さく肩を震わせて大声で笑い出したい衝動を必死に堪えていた。

 彼はとても満足していた。

 不死鳥の出現を。

 わざわざギロチンの縄を切った甲斐があったというものだった。

 そんな彼は驚愕と戦慄、放心など様々な反応を見せている周囲をザッと見渡し楽しげだった表情を一転させると面白くもなさそうに鼻を鳴らす。


「はあ、石を投げるなんてこれだから文明の遅れた野蛮な連中は嫌なんだよねえ。知能の低さが知れるってものだよ。それにしても……ミコト? 何故彼がアイリスを別の名で?」


 広場内は一人の娘が忽然と消えて更なるどよめきを有している。

 大半の者が転移魔法を見た事がなかったに違いない。


「ふうーむ、それにさっき彼女の方も彼をアオイと呼んでいたっけ。ふうん、ミコトとアオイ……ねえ」


 彼は自然と口角を持ち上げていた。


「けれどさすがにこれは予想外だった。彼女は一体どこに行ったのかまずは捜し出さないとね。さ~てと、どうやって捜そうかな。骨が折れそうだ」


 そんな台詞を吐きつつも、彼は遊戯にでも興じるように楽し気に目を細めくすくすくすと品良く笑う。


「まずは退屈になっちゃったこの場をさっさと収めないとね。ああ、物凄く面倒だ……」

「――おっとごめんよ。……って、あれ?」


 前方をよくよく見ようとして爪先立ちになってバランスを崩したのだろう、よろけてたまたま彼に肩をぶつけた通行人の男が振り返って謝罪したが、そこには誰の姿もなかった。

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