54 炎の精霊3
あああ~今度こそ本当の絶体絶命。
実体がないなら、そのまますり抜けて屋根に激突して人生終了よ。
攻撃は物理なのに実体がないなんて反則過ぎるっ。
「いやーッこんなのただ飛び降りただけじゃないのよーッ!!」
なんて叫んでいる間にも不死鳥の姿は見る間に視界の中で大きくなった。
接触する。
「ゥアッ……!」
まるで触れた所から焼けて溶けていくみたいな激痛が走った。
こっちからは触れられないのに、向こうの炎を感じるなんて不平等過ぎるー!
きっと私、不死鳥を上から下まで透過するんだわ。
燃け死ぬのが早いか激突死するのが早いかはわからない。
でもそこを嘆く以前に全身を走る激痛が意識さえ蝕んで正気が危うかった。
聴覚が捉えているだろうウィリアムの声も、意識に上がって来ない程に。
「――――――――――――ッッッッ!!!!」
痛いのと熱いのと怖いのと全部がごちゃ混ぜで、自分が泣き叫んでいるのかいないのかも自覚できない中で、私はただひたすら助けてって願った。
願うと同時に私の願いを聞き届けてくれたのは、ウィリアムの魔法石。
手の中に握り締めたそれが砕けて私に治癒の安らぎをくれた。
治癒後にまた炎が身体を焼くだろうから気休めと言えばそうだったけど。
でも、後から思えば治癒の魔法石を持っていてそれによって自分を取り戻せたその一瞬の幸運が、きっと私の運命を変えたんだって思う。
ハッキリと戻った思考は、私の血で解除するならもうこのただ一度しかない、これが唯一無二のチャンスなんだって答えを導いた。
だから念じた。
自らの血に。
魔法を解除してって、破壊してって。
――ああ、だけど一方では、それは可能だけど根本的に間違ってるんだって気付いた。気付いてしまった。
実体がなくて触れないとは言っても精霊の心まではきっと違っていて、奇しくも空間的には重なっていたせいか暴風みたいな感情が私の中に流れ込んできた。
この不死鳥は生きるために必死だった。
不死鳥なのに生きるためって表現は変だけど、ああだからなのねって全てが腑に落ちた。
召喚されてとても痛め付けられて傷付いて、酷く弱っていたから風見鶏の魔法の檻から逃げ出せなくて、怖かったから私に対して威嚇同然に凶暴性を見せていた。
私がこの子を閉じ込めた相手と同じく人間だったから余計に気が立ったみたい。
もしかしたら害になるって言ってもいい私の血も敵意の原因なのかもしれない。
また、ニコルちゃんが反撃されたのは彼女の治癒魔法で不死鳥が元気になっちゃうと不都合だったからよ。だから妨害認定されたんだわ。
それに、精霊にも心があるんだってわかったら可笑しな話だけどふとモンスターを育てるゲームを思い出して、そうしたら未知で得体の知れないものじゃなくなっていた。
何よもう、死んで堪るかって気張ってる所は、私みたいじゃない。
憐れにも未だ束縛魔法と一体化している不死鳥を排除する事は、私の手でその存在をこの世から消滅させる事なんだって、知識や理屈じゃなく直感が働いた。だから抵うために果敢に攻撃してきたんだわ。
魔法の解除は破壊と同義。
それじゃ何も救わない。
人の思考速度は不思議なもので、一瞬の間に私はそんな沢山の思考をした。
結論は出た。
私が今、目一杯の私の魔法であなたを治してあげる。
――だから、もう泣かないで、大丈夫。
耳を塞ぎたいような心の悲鳴を放っておけなくて、一点の曇りもなくそう思った。精霊の、不死鳥の心に形があるのならそれを親愛を込めて優しく抱き締める感覚で。
純粋に、ただそれだけ。
この後自分がどうなるかなんて、愚かにも頭からすっかり抜け落ちていた。
刹那、まるで超新星爆発みたいに眩い光が炸裂して、保てていた思考が急激に遠のき、同時に血が抜けていくみたいに全身の感覚が無くなっていく。
体感的には止まっていたに等しい時が急激に動き出し、私の体は成す術なく落下していく。
どうしよう、疲れてすごく眠い。
アイリスってウィリアムが私の名を呼ぶ声がごく近くで聞こえて抱き締められた気がした。
それに、羽毛のような柔らかいものに包み込まれた気もした。
きっとふっかふかのベッドで寝たいって私の中の願望がそう感じさせたんだろうけど。
まあ何であれ、フラグを…折る……の――――……。
途切れるまでの思考の中ですら怪しい呂律の私は、私に触れている温かなものに安堵を覚えてもいた。
変な夢を見た。
小型犬くらいのでっかい丸々とした橙色の鳥に懐かれた夢を。
だけど、何故か目付きは超極悪。
その、どこかで似たような何かを見た気がする強面鳥は、甘えたの猫みたいに頬にすりすりしてきて、すりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすりすーりすり、すりすりすりすり――……。
まあ、うん、か、可愛いけどちょっと鬱陶しいかな。
とても柔らかな羽毛だけど、ここまでされるとさすがに私のすべすべの頬が摩擦で荒れちゃうじゃない、ねえ?
困惑している間にも鳥は頬へのすりすりをやめてくれない。
ちょっと本気でやめさせようと、私はがしりとその鳥を両腕で捕まえて、もう動くなとばかりに胸に抱き込んだ。
ああ良かった、大人しくなった。
ホッとしてまた深くなる睡魔に身を任せようとした。
だけど夢なのに眠くなるなんておかしいの~、ふふっ。
目隠しされた鶏よろしく橙鳥は大人しくなってまるで硬直したように動かない。
腕の中で身じろぎさえしないから、心配になってきた。
そもそも羽毛ってこんなだったっけ?
羽毛じゃないみたいな手触りなんだけど……?
薄らと目を開けて鳥の様子を確かめれば、橙色だと思っていた鳥は金色に変化していた。
「ん……カメレオン鳥、なの……?」
でもどうして金色なの?
強面の顔まで隠しちゃって。
保護色にしろ擬態にしろここに金色は無意味じゃない?
思考の半分ではここはまだ夢の中って思ってて、もう半分では視界の端に見える黒い天蓋の色や周囲から自分のベッドの上だって理解していた。
加えて言えば、昼間なのか部屋の中は明るい。
まだまだぼんやりとしたまま、私は羽毛っていうよりさらりとした髪の毛みたいな何かに指を梳き入れて優しく撫でた。
「ふふ、懐いてくれるのは嬉しいけど、あんまりすりすりは駄目よ~? 鳥さん?」
「…………誰が鳥さんだ」
――んっ?
今のはーええとー……ウィリアムさんの声かい?
しかも胸に抱く金色の羽毛から聞こえてきたけど?
疑問がきちんと形になる前に、鳥がむくりと起き上がった。
「あ……れ……?」
ううん、鳥じゃなかった。
ウィリアムだった。
依然とろんとした夢現の目で私はしばらく、どこか気まずそうな彼の顔を見ていたけど、段々とこんがらがっていた糸が綺麗に解けて一本ずつに整うように、自分が何をしていたのかを理解して顔から不死鳥顔負けの火が出そうになった。
「あっ、えっ、ちちち違うのよ寝ぼけたのーーーーっ!!」
彼がきちんと服を着ているのに密かに安堵しつつも両手で胸を押しやれば、抵抗するでもなく相手は適度な距離を取ってベッドの端に腰かけた。
で、でもどうしてこんな状況に?
私は寝間着を着ているし、何がどうなって今に至っているのかてんでわからない。
「ええと、塔から不死鳥にダイブして……」
痛みはないから怪我はなさそうだった。火傷を負ったはずなのに治ってもいる。
「あなたが治してくれたの?」
可能性としては一番ありそうだとおずおずとして訊ねれば、彼は否定に軽く首を振ってからじっと私の方を……正確には私の少し横の空間を見つめた。
ええと何で?
訝しんで顔を横に向けた私は、次の瞬間淑女らしからぬ素っ頓狂な声を上げていた。
「ぬわあっ!?」
「君を治したのは、そいつだよ」
そいつ。
ウィリアムから不本意そうに告げられた言葉に、私は例のそいつを向いたままひたすら両の眼をぱちぱちと瞬いた。
だってそこには音もなくホバリングしている、夢の中の橙色の鳥がいるんだもの。
もちろん目付きは……絶対堅気じゃない。
「え、え? あなた夢じゃなかったの?」
「そいつが君に頬ずりしていたから追い払おうとしたら、ちょうど寝ぼけた君に捕まったってわけだ」
ああだからさっきの状況が生まれたのね。改めて頬が羞恥に赤く染まった。でもそれより知りたいあれこれが山積みだわ。
「寝ぼけたのは謝るわ。ところで、不死鳥は? 気が済んで帰ったの?」
窓の外から爆音はしない。
まあだから私もウィリアムもこの部屋にこうして居るんだろうけど。
だけど予想外にも問い掛けた途端、強面鳥が舞い降りてすとんと私の太ももの上に乗っかって、その三白眼で期待するようにこっちを見上げてくる。
「えっ嘘、何この鳥、重さがないけど!?」
目を瞠って困惑していると、ウィリアムが大変に白けた目で鳥を見やって、ぞんざいに指差しした。
「そいつが不死鳥だよ」
「…………はい?」
ど、どういうこと? 全く意味がわからない。とうとう私は小首を傾げて目を点にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます