53 炎の精霊2
……な~んて思った時だった。
神様も私に罵倒されて面白くなかったのかしらね。
人を転生させちゃうくらいだし、何か神様マジックでも使ったのか信じられない事に絶体絶命の私にも救世主が現れた。
まあ、残念ながら絵になるお姫様抱っこでも、スパイ映画みたいにヘリの縄梯子に片手で掴まってもう片方の手でカッコ良く腰抱きでも、ましてここは魔法の世界なんだし箒に乗って掬うようにしてキャッチ……なんて展開でもなかったけど。
しかも神様マジックでもなかった。
「アイリス!」
「――ッ」
脱臼するかと思うような強さでグッと手首に近い部分を掴まれた。
そりゃ自分の全体重を腕一本で支えたらそうなるわな!
こっちも硬直して無駄に力んでたから脱臼しなかっただけ運が良かった。
地面に激突するよりは絶対絶対マシだったしね。
中央塔の縁部分から身を乗り出していたその相手から、何とか引き上げてもらって九死に一生を得た私は、放心したように塔の屋上にへたり込んだまま目の前の救い手を自分至上最高の間抜け面で眺めていたと思う。
何が起きたか頭ではわかっていたけど、すぐには感情が追い付かなかった。
大きく息を整え中の相手は、魔法も使わず渾身の力を使って人一人を引っ張り上げて疲れたのか、両手を体の後ろに着いて両脚を投げ出すようにしていた。
「ウィリアム……」
彼だった。
「どうしてここに……? あなた転送魔法もう使えないみたいな疲労度合だったんじゃ……?」
「俺だけ飛ぶ分にはまだ余力があった」
なるほど道理な台詞を口に案外早く呼吸を整えたウィリアムは、先に立ち上がって私の方へと手を差し伸べてくる。自分で思った以上に呆けていた私がいつまで経っても手を取らないからか、強引に引っ張って立たせてくれた。
そんな彼は手を離すと指先でこっちの額をぐいぐいぐいと押してくる。
「ちょ、ちょ、ちょっと!」
「全く、君は物事を良く考えて行動する気はないのか? この通り来てみたらさっそく死にそうになっていたし。あと十秒遅かったらどうなっていたと思うんだ? え?」
漫画だったらムカつきマークがこめかみと頬にあるような微笑を浮かべるウィリアムさん。目は笑ってないし、えーこれは完全に怒髪天って感じに見えるんですけどー?
「って、怒ってるって言えばそうよ不死鳥よ! フェニックスよ!」
「フェニックス? ……ああ、あれか」
「え、気付いてなかったの?」
「それどころじゃなかったからな」
この状況でどうして気付かないのかと驚けば、じろりと睨まれた。
そのまま彼が見上げた先で、ちょうどタイミングよく不死鳥が火球を降らせてくる。
「いやーッまた来たーーーーッッ!」
涙目で竦み上がって頭を抱えた。
「あのな、障壁魔法があるからそこまで怖がる必要はないだろう」
「だだだって完璧じゃないでしょ!」
「……ズケズケと、言ってくれる」
不完全さを指摘されてちょっとプライドが傷付いたのか、ウィリアムが青筋を浮かせる間にも、一つが障壁に消されないままに接近してきた。
「ひいーっ! 助けてもらって何だけど、ウィリアムと心中なんて冗談じゃないのにーッ」
「何だと?」
正直者の私に頬をヒク付かせた王子様は無造作に火球に向けて何かを放った。
何あれ、水色のビー玉みたい……って、もしかして魔法石?
直後その球体が光って砕け、魔法陣のようなものを宙に浮かび上がらせると、それは見事に火球を相殺した。火球は花火みたいに破裂して無数の小さな火の粉を舞わせ消えていく。
「屋敷のように広範囲にってのはさすがに無理だが、あの鳥が退散するまで、俺達二人の身くらいは余裕で護れるから安心してくれ。その手の魔法具関係を大目に持ってきてある。ただ、魔力回復系のは尽きたから俺の魔力はもうカツカツだよ。何か出来るとすれば少し飛ぶくらいか」
最後の部分は苦い顔で言ったけど、ウィリアムにキラキラフィルターが掛かるには十分だった。こんなのヒロインを護る騎士も同然じゃないのよ、ねえ。
「コホン、ねえウィリアム、あの不死鳥は解放が不完全なんじゃない? 本当に退散してくれるの?」
薄らと感じていた疑念を口にすれば、ウィリアムは意外そうな面持ちでこっちを見てくる。
「正直賭けの部分もある」
「ちょっと! 賭けだなんて居座られたら大変じゃないの!」
「まあそうだろうな。でもよくわかったな」
「私の血に怯えたのよ。それでそうかなって」
するとウィリアムは何故か急に黙り込んだ。
その間、雑な仕種で魔法障壁を
ええー、下がってきて欲しいのは不死鳥の方ですのにねえ……。
彼は深く息を吸って吐いた。あたかも怒りを何とか堪えて平静を保とうとするかのように。
まさか立腹の余り私をタコ殴りたい、とか? ど、どうしよう、考えてみれば確かに殴られても仕方がない言動しかしてこなかったかも。で、でもそんな場合じゃないわって説得しようとした時だった。
ちょっと痛いくらいに強く両肩を掴まれた。
「な、何よやる気?」
思わず顔をしかめた私に、ウィリアムはどこか陰ったような目を向けてくる。
「――君は、死ぬつもりだったのか?」
一瞬、意外な言葉過ぎて返事が出来なかった。
彼はそれを図星から来る動揺と取ったのかもしれない、纏う空気がヒリ付いた。
「魔法の解除と、君の命は引き換えだったんだろう?」
「――ッ!? な、何で知って!?」
今度は本当に動揺した。
「まさか、私の日記を読んだの?」
ホントは私のじゃないけど、プライバシー!!
そりゃー馬車の中に放り出してきたこっちも悪いけど。
「読んではいない」
「嘘よ。じゃあどうやって知ったのよ?」
薄らととある可能性が浮上してきたけど、まさかねえ。
「君の日記が全部暴露してくれたからだ」
ビンゴーーーー!
「以前見掛けた時には一部に魔法的なロックが掛かっていたから、余程読まれたくない罵詈雑言を書いていたのかと思ったが、そのロックが解かれていたから気にはなっていたんだ。でも誓って勝手に読む気はなかった……あんなのを二度見たいとは思わない。しかしそれがここに来て世にも不思議な日記の方から喋ってくれたというわけだ」
「……大体わかったわ」
魔法的なロックってもしかして最後のページのあれよね。さすがは完璧王子たるウィリアム・マクガフィンね。日記を置いてきたのは、せめて皆と一緒に安全な場所にって思ったんだけど、まさか私以外の人の前で喋るなんて思わなかった。裏目だったわね。
日記はそれで大丈夫なの?
他者に秘密を知られて鶴に戻って飛んでっちゃう昔話があるし、日記にも何かの禁忌があるかもしれないもの。
ねえ日記、もう喋らなくなるとか……嫌だからね?
そんな懸念を胸にしていると、一段と強い殺気を感じた。
そうよね、不死鳥は戦隊ものの悪役みたいに、会話が一段落つくのを待っててはくれないものね。
顔を上げればその先から不死鳥本体が突っ込んできていた。
会話の間絶えず火球をぶつけてもいくら炎を吐いても――ってそうよ攻撃してきてたのよね、ウィリアムが全部サクッと魔法具ぶつけて対処してたけど、心底怖かったあああッ――攻撃が届かないのに業を煮やしたんだと思う。
「アイリス伏せろ!」
命令するように叫んだくせに、ウィリアムってば私を抱えて屋上の床を転がった。
本体の接近にはさすがの魔法障壁も力で押し負けたのか、私たちの傍を炎の鳥が通過する。
狡猾にも一緒に攻撃も放っていったせいで、物凄い爆音と振動と共に中央塔の一部が破壊された。
「大丈夫か?」
「う、うん。巻き込まれなくて良かった……っ」
急ぎ崩れた端に立って下方を見やれば、滑空によって現在屋根に程近い低い高度で旋回する不死鳥は、三白眼をギロリと上げて私に再びロックオン。
うっ、ホント目付き悪~。
私はチラと隣に来たウィリアムに目をやった。
……一緒に居たら確実にマズいわよね。
目算だけど、ここから不死鳥に飛び降りて、更にはそこから屋根に降りても死にそうになさそうな位置関係だわ。怪我はするだろうけど。
よし、今が好機。
ううん、今しかない好機よ。
きっと炎だろうと羽毛は柔らかいだろうし体当たりよろしく着地して、そのまま引導を渡してやるんだから!
魔法石を取り出して、密かに握り締める。
「フッ……この新生悪役令嬢様を嘗めないで頂戴。覚悟なさいな、強面の不死鳥とやら!」
「君は唐突に何を言って……?」
「ウィリアム、言っておくけど私死ぬ気はないわ。だからあなたに治癒の魔法石をもらったの!」
最後はやや荒っぽく叫んで、旋回の位置が絶妙になるのを見計らうと、短い助走の果てに塔の端を蹴った。
「アイリス!? やめろ!!」
意図に気付いたウィリアムがハッとして手を伸ばしたけど、私の方が一歩分早かった。
ウィリアムの手が宙を掻き、私は不死鳥に向かって身を投じる。
「――精霊には実体がないんだっ!」
え…………?
落下の風圧が私の髪をオールバックにしてくれちゃったから、瞬時に蒼白になった可愛い顔面が丸見え~。
うふふふふ~――それもっと早く聞きたかったんですけどーーーーっ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます