52 炎の精霊1
転送先は予想と寸分違わず中央塔鐘楼の尖がり屋根の上だった。
手を伸ばせばすぐの所に風見鶏がある。
は~、馬車の中では微笑んだりして何気に余裕っぽい顔したけど、実は結構ぶっちゃけ切羽詰まってしかなかった。
それに二度目の正直よ、足を踏ん張っておいて良かったーっ。こんな四方に傾斜のある屋根じゃ、気を抜いて足元を誤れば一気にころりんって滑って転落の憂き目に遭っちゃうものね。
そうなればフラグ回避以前の問題よね。
今日まで生き延びた意味もなくなるし、協力してくれた二人にも申し訳ない。
そもそも精霊だって気が済んで帰る保証なんてないんだし、止められる私が途中退場なんてしてられないわ。
改めて息巻いた私はだけどその気勢もすぐに引き攣った笑いへと変化した。
その原因は勿論、炎の精霊が押し込められてるっていう風見鶏よ。
現在、明かりもない夜の野外で普通人の私の視界が利くのもそのおかげ。
全然微塵も歓迎はしないけどその風見鶏は来た時から赤白く光り輝いていて、天を衝くような光柱を上げている。馬車から見えたのもこれの明滅だわ。
発火ドレスとか女神像みたいに赤黒い光じゃないのが、どことなく精霊の清さみたいなものを感じさせた。まあ勝手にそう思っただけだけど。
それにしてもこんな薄い鶏の形の金属板に精霊とやらがどうやって入ってるんだろ。今は無駄な疑問に時間を割いてられないし、物理的な空間じゃなく何らかの魔法的な不思議さでって思っておこう。
「いやーッ段々熱くなってきたじゃないのよこれーッ!」
炎の精霊が周囲にどんな影響を及ぼすのかは知らないけど、この近距離で来るの? ねえ?
大体、途中からは光ってるって言うよりも燃え上がってるし、熱気も増し増し。私は重心を低くして屋根から転げ落ちないように慎重に距離を開けた。
色も燃え盛る溶鉱炉の中の色みたいに変化しているし、轟々と大気を揺らす炎の音はまるで怒りのボルテージの上がり具合そのもの。
精霊解放へのカウントダウン中なんだろうけど、血が必要だってのに血の気が引いていくし、顔に吹き付ける風が熱いはずなのに体の芯は身が竦んで凍えるようだった。
呆然として見ていれば、風見鶏の纏う炎が一層大きくなる。
どどどどうしよう!? このままじゃ発動しちゃうけど、その後も私の血は有効なの? ああ違うわ元より発動したら私死ぬのよね終わるのよね? だったら今しか解除のチャンスはないんじゃないの? でも熱くて近寄れない! どうすればいいのよーっ!
頭を抱えて情けなくも一
こんなの、ただ何もせず怖気付いてるだけじゃない。
決めたでしょ生き残るって。
「何よ、少しくらい熱いからって、何よっ!」
風見鶏までは目と鼻の先なのに、炎が齎す熱に挫けていた。
そんな自分が悔しくて、握った拳で自らの頬をパンチする。
「痛い……――だけど!」
自分を奮い立たせて下がっていた分だけ踏み込んで、とうとう思い切り両手を突き出した。
燃える風見鶏に両手が触れる。
「――――くう~~~~ッッ」
わかってたけど、わかってたけどわかっていたけどおおおっ……痛いじゃないのよーーーーッッ!
もうこっち来て何度目よっていう火傷を現在進行形で負いつつも、私の血で今すぐ止めないといけないから痛がっている暇はない。
火傷口から血は触れているからこのまま消えてって念じればいいの?
それとも心臓でも突いて多量に出血したやつをぶっ掛けないといけないの?
だけど刃物なんて手元にないし既にもう痛いしで、自棄っぱちでそのまま念じてみるしかない。
「お願いだから発動しないでえーっ!」
掌と風見鶏の間が仄かに白く光った、矢先。
――パキィン、と耳奥まで尾を引くような金属音と共に、風見鶏が割れた。
「え……」
まるであっさり紙が千切れるように、固いはずの金属板が千々になっていく。
スローモーションのように弾けた無数の破片が視界を過ぎっていく。
そんな光景が目に焼き付くか付かないかのうちに、反射的に腕を翳して破片を防いだ。
直後、見る間に火勢を増した炎が轟と音を立て天へと立ち昇った。
否、飛び立った。
驚愕に菫の目を見開く私を眼下に、とうとう解放された精霊がその本体を現す。
「そんな……嘘でしょ? あの姿ってまるで……――
黒一色の天空に、ファンタジー映画なんかで見るような白と橙色の熱い炎を纏った大鳥が舞っていた。
大きな両の翼はそれに僅かでも触れればたちどころに全てを燃やしてしまいそうで、鋭い足爪や
うっわあ何って極悪顔なの……!
こんな時だけど色々な意味で愕然となる私の頭上を精霊鳥は優雅に旋回し始める。
「あんなの届くわけないじゃない!」
私は箒に乗った魔法使いじゃないのよ! ホントどうしよう。血で解除できそうって思ったのに中途半端なままに発動っていうか解放されちゃったわ。
解放と同時に死ななくてよかったけど、まだ私の血は有効なの?
わからない事だらけだけどただ一つ言えるのは、これじゃあ文字通り手も足も出ない。
「ちょっとーッ! 飛ぶなんて卑怯じゃない降りて来なさいよーッ!」
手の痛みも忘れて拳を突き上げれば、強面の不死鳥は一瞬ギョッとしたようだった。
「え、何……?」
大声のせい?
試しにもう一度叫んでみたけどこっちを睨む以外の反応はない。
うーん、たまたま?
不死鳥は困惑する私を視界に収めたまま、三白眼をより凶悪に細めて炎の翼を羽ばたかせた。
刹那幾つもの大きな火球が出現し、それらが塔を――私を目掛けて降ってくる。
ああそうか、もしかして、だから発動したら私死ぬのね。
精霊の第一の標的はきっと私なのよ……って冷静に分析してる場合じゃない。
「ひいーっ! 来ないでーっ」
反射的に両手を突き出したら不死鳥はまた慄くように後退したけど、火球の前ではそんな防御も空気同然に違いなく、轟音と共に着弾して足元が小刻みに揺れた。
「いやーっ死にたくないーーーーっ!」
両目をぎゅっと瞑って身を強張らせていた私だったけど、身の上に凶事が起こった様子はなかった。
え、どうして?
顔を上げれば、ちょうど時間差で降って来た火球が塔の僅か上空に達すると、出現した魔法障壁に散らされるのが見えた。
「あ……、ウィリアムの魔法があったんだった……」
すっかり失念していた私は少しだけホッとした。
でも一部の火球は相殺されず屋敷の屋根に落ちたのか、粉砕された部分が目に入った。
ああだから足元が揺れたのね。……こっっっわ!
火球の恐ろしさに腰が抜けそうだった。しかも建物に移った炎がちろちろと蛇の舌のように見えている。
「早く消さないと……!」
でもここからどうやって?
「ああもうちょっとそこの鳥! 憤ってるのはわかるけど八つ当たりしないでよ! 狙いは私でしょ!!」
怖いけど腹も立ってビシリと指差しして怒鳴れば、また不死鳥はビク付いた。
だから何でよ?
さっきも今も大声を上げて、手を上げたけど…………ん? 手?
あ、もしかして――血?
引き攣るように痛む両手を翳すと、案の定炎の鳥は慄いた。
「きっとまだ利き目があるんだわ」
命を失う程の血で解除可能なのは、解放後も同じってわけね。
……だけど、それってつまり、精霊は完全に束縛魔法から解放されているわけじゃないって事? 完全に自由の身なら今さら私の血なんて気にもしないはず。さっき少し触ったせい?
何にせよ、不死鳥には同情する。
でも、譲歩はしない。
腰の巾着にある治癒魔法石の存在を確認する。
不死鳥の方は、どこか怯えつつもさっさと私を排除しようと思ったのかもしれない。再度両翼を大きく羽ばたかせた。無数の火球が出現し、その数はさっきよりも多い。
「え、ちょっと待って飛び道具とか本気でズルいってばー! ひいいいーっ!」
あの屋根みたいに次は私の上がぶち抜かれるかもしれないのよ。
そうなったら確実に死ぬーっ!
慌てふためいたせいで足が
あっ、という間に屋根の傾斜をゴロゴロ転がって、縁からスキージャンプよろしくポーンと放り出される。
およそ驚きに見開いた双眸の向こうでは、火球が着弾し、確率の問題なのか幸運にも全てが障壁に防がれた。
だけど、私は運がなかった。
勢いが良過ぎて体が塔の外壁を越えた。
うそーんしかも手を伸ばしても掴める物が何もないってスレスレで落ちるってホント不運ーッ!
落ちる先には地面……ううん絶望しかない。あの世がウェルカム~って手招いてるうううーッ! 詰んだ……っ。
ああこういう時ヒロインだったなら、颯爽とヒーローが現れて助けてくれるのに。
悪役令嬢に転生させた神様のバカヤロですわーーーーッッ!
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