22 仮面のメイド3
「離れ付きのメイドちゃんってばこんなに天使みたいな子だったのね! 一時間ごと呼び付けちゃおうかしら」
「アイリス」
腰を抱かれているのも失念し、ついついテンションが上がってべしべしとウィリアムの腕辺りを叩けば、その彼から注意するような声を掛けられた。
「何よ。あなたは完璧王子で超絶美形だから超然としてられるかもしれないけど、私の精神は平平凡凡だからやっぱりこのレベルの美少女を見ると興奮するのよ」
恋愛対象は普通に異性だけど、オヤジ女子の常として可愛い女子高生とかアイドルとかマジでホント萌えだったのよね~。
「……はあ、昔どこかで君みたいな女性と会ったことがあったな」
「あらそうなの?」
ウィリアムは一度私を見てから緩く頭を振って自らの思考を散らすようにした。人に落ち着くように働きかけておいて、自分に落ち着けって言い聞かせているみたいに見えるけど、この人もこの人で大丈夫?
「離れて下さい」
私が訝るようにウィリアムを見上げていると、美少女ちゃんがハッキリ言った。
普通そうよね、さすがに使用人から見ても目に余るわよね。
だって私たち恋人じゃないんだし。
あ、実はもしかしてこの子もニコルちゃん崇拝者だったりするのかも?
すると、仮面メイド改め天使メイドちゃんは意を決したように口元を引き締めた……かと思えば突然目を潤ませた。
「ぼくは認めません。ぼくを、ぼくを……一番にするって言ったのに!」
ど、どういう意味?
ってかぼくっ娘なのねこの子。
見た目に合っててすっごくナイス~!
でも何、一番って?
疑問符を頭の中に浮かべていると、美少女は更なる叫びを上げた。
「ビル兄様なんて馬に蹴られて飛んでけばいいんです!」
ビル……兄様……?
ビルって普通に考えてウィリアムの愛称よね。
ビルだったりウィルだったりするけど。
そんな他人事のような呑気な思考でビル兄様を見やれば、彼は素っ気なくて淡々とした感じでいる。ああもしかしなくてもこれが普段の彼の外面なのね。
でも待って、ビル兄様呼びって……この子実はウィリアムとは親しい間柄なんじゃないの?
そいで以ってもしかしてこの状況を見て憤慨してるのは……ままままさかのまさか!?
「ウィリアムあなた……うちのメイドに手を出したのね!」
「どうしてそうなるんだ」
彼はこれ見よがしに大きな溜息を吐き出した。
「違うの? だって一番にとか言ってたし」
「俺が興味あるのは君だけだ」
「視野は広く持った方がいいわよ」
「無駄になる視野もある」
私たちの会話を聞いて天使メイドちゃんは一層悲愴な顔になった。
「色仕掛けで落としてご自分の良いように操るなんて人の風上にもおけません!」
え、ど、どうしよう。散々な言われようなんだけど、悪女アイリスってば。泣きながら怒っていても可愛らしい子だけど、さすがにこんな言われようは心が痛いなあ。
そうか、悪女アイリスでいるってそういう事なのよね。ニコルちゃん付きのメイドたちはどこか笑い要員っぽくて真剣に罵詈雑言を受け取ってなかったから、今まで実感はほとんどしていなかった。
でも、これが悪女のレッテルを貼られた私の定めなんだわ。
あ~~……一気に気が重くなったー。
落ち込んで暗くなっていると、天使ちゃんが私の手を引っ張った。
実力行使で出てけやゴルァーッてことかも。
どこか投げやりな気分でそう思った矢先、ウィリアムからは腰に回されていた腕をより強く引かれた。
「いたっ」
メイドちゃんの手は外れ、私は彼の胸に鼻をぶつけた。
「ちょっとウィリアム!」
「悪いけど、これから二人で色々と大事な用事があるんだ。彼女が呼ぶまでは待機しているように。君は離れ付きのメイドなんだろう?」
「それは……ッ。ですがビル兄様は……っ」
「アイリスの命に関わる事案なんだ」
「えッ!? それでしたらぼくも」
「必要ない。かえって邪魔だ」
「……ッ」
え、何? 何か雰囲気険悪なんですけど? 痴話喧嘩ってやつ?
「ええと話が見えないんだけど、こんな可憐な子いじめるのはやめなさいよ」
鼻を押さえて二人を交互に見やれば、美少女は何故か愕然となった。
ああ、私に説教されてるウィリアムを見ていたくないとか?
まるで愛を裂く運命の雷撃に撃たれた舞台役者みたいな表情だし。
そんな悲痛な表情をしていても美少女は得ね。見開かれた菫色の澄んだ瞳に見惚れそうになるわ。
……ん? そういえばこの薄紫の瞳の色って私と同じじゃない?
そこに知るべき事実が隠されているような気がしてまじまじと見つめていると、メイドちゃんはどうしてか頬を赤くして動揺に瞳を揺らした。こっち見んなって意味かしら。
「さっきから変だとは思っていたのですが、ま、まさかぼくがわからないのですか?」
「ええと、離れ付きのメイドちゃんでしょ?」
「そんな……――姉様!」
「…………はい?」
ええと今何て?
姉様?
ね・え・さ・ま?
アイリスの妹って一人しかいなかったはずよね。
「え……あなた、ニコルちゃん?」
「そうですよ。ぼくは姉様のたった一人の妹のニコルですよ! ぼくのこと、忘れたのですか?」
「えっと~……ちょっと最近物忘れが酷くって」
私にこっちでの記憶はないから、面識のない人の顔と名前なんてわからない。家族や知人からすれば当然お前一体どうしたッてなるわよね。
とうとう自称っていうか本物なんだろうニコルちゃんはポロポロと大粒の涙を零し始めた。
痛烈な面罵を浴びせるのを我慢でもするように唇をわななかせて、非難がましい目を向けてくる。何故かその焦点はウィリアムに向いてるけどね。
え……えー、もしかして修羅場ですよねー。
だって普通に考えて、自分の婚約者が姉の部屋でその腰抱いてイチャ付いてる場面を見せられたら怒髪天よ。まあ実際は微塵もイチャコラなんてしてないんだけど。
「誤解しないでニコルちゃん! 私は彼とはどうなるつもりもないの」
「釣れないことを言うなアイリス。媚薬が発端とは言え君の体を知って、俺にはもう君しか考えられない」
「はああッ!? 急に何戯言を言い出すよ!」
アイリスの養女云々の真偽は抜きにしても、こっちの人生での唯一の姉妹なんだし仲良くしたいって思ってるのに、ウィリアムってば仲違いさせる気?
いや違うわね。これはこの機を大いに利用してニコルちゃんとの結婚可能性をバッサリ切るつもりなんだわ。ああ何て最低な奴なのよこいつ!
焦りもあったけど、利用されて堪るかと憤った私は腰に回されていた腕を乱暴に振り解いて一人颯爽と廊下に出た。
予想外の行動だったのか、ウィリアムもニコルちゃんもちょっと言葉もなく目で追ってくる。
戸口の外で振り返った私は二人に向けて大きく息を吸い込んだ。
「いいかしら? 今の私はもう無害令嬢なの!」
ビックリしたような二対の瞳が何ソレ?的に数回瞬く。
逆にこっちは目を据わらせる。
「だから二人できちんと話し合って頂戴ね。私は探し物があるから失礼するわ。私の部屋勝手に使っていいから。ウィリアムはニコルちゃんをきちんと慰めて泣きやませなさいよ、わかった?」
呆気に取られた二人を置いて、私はさっさと回れ右をすると呼び止められないうちに廊下を猛ダッシュした。
まあ要するに、
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