21 仮面のメイド2

「一度簡単に、現状の整理をしておきたいんだけど」


 そう申し出るとウィリアムは同意した。

 お互いに突っ立ったままなのもあれなので、私は大人しく窓辺の椅子に戻ると、抱えていた日記を朝食トレーの脇に置く。

 私の座る窓辺のテーブル席には他に椅子がなかったのもあって、ウィリアムの方は座らずにテーブルを挟んだ窓際の壁に背を凭れた。


「とある情報筋によれば離れを吹き飛ばす仕掛けの前倒しはないそうよ。誤作動を除外しての話だけど。この部屋にあったみたいに保険的な罠があるにせよ、三日の内は安心していいと思う。前例を鑑みれば危険度中レベルの魔法が失敗に終わってからそういうのが後を引き継ぐんじゃないのかなって思うもの」

「君の懇意の情報屋には是非とも一度お目に掛かりたいものだな」

「えっと~あれはトップシークレットだから」

「……」


 さして興味がなかったのか、幸いにもウィリアムは無理にこの話題を追ってはこなかった。その情報筋はあなたの目の前よって教えたらどんな顔をするかしらね。


「ま、まあでもまず一つ懸念があるとすれば、飴玉の半端な魔法発動がどうなるかだけど、その時はあなたを頼りにしてるわ。もしかしたら今夜かもしれないしね。だから何卒宜しくお願いします」

「そこは責任を持って対処すると誓っておくよ」

「ふふっありがと」


 自然と笑みが出て、ウィリアムが珍獣でも見るような目をした。

 ふふん、突っ撥ねるばかりじゃないのよこれでもね。


「そんなわけだから、別々に探す方向で決まりよね!」

「どうしてそんなに別行動にこだわるんだ?」

「乙女の秘密!」

「……へえ」

「あ、ねえところで持ってった魔法具はどうしたの?」

「全部灰にして証拠隠滅した。この一連の首謀者が君を告発でもして、その時に君が魔法と関わった証拠とされても困るからな」

「あー、それは入念にどうも」


 私と違ってこの件の下手人がわからないウィリアムとしては、要らぬ不安要素は早々に排除しておこうって考えね。

 ……全く、末恐ろしい若者だわ。


「使い道の是非はともかく、魔法具としては極めて精巧な代物だったよ。君を害そうという念の入れようがよくよくわかる」


 褒めつつ、灰にしても全然勿体ないなんて気はなさそうなウィリアムは、首謀者が気になるのかやや難しい顔でいる。

 彼は私を案じてくれてるけど、今の話を聞いてとある疑念が強くなった。


 仕掛けが優れものなら、そもそも誤発動なんて本当にするの?


 この男は安全を確信してるくせに、わざと不安を煽ってるんじゃないの?

 だってさっきまで朝食だ荷物の準備だなんて言って一度この建物を離れてたのよね。

 それってその間の心配がなかったからに他ならないんじゃないの?


「ねえウィリアム、正直に言って。あなたは結局のところ誤発動なんてしないって確信してるんじゃない?」


 真っ直ぐに見つめると、ウィリアムは意外にもすんなり観念したような息を吐いた。


「聡いな。その通りだよ。この先の仕掛けがこれまでの魔法具の製作者と同じなら、余程の何かがない限り誤動作はしない。職人魂というのか美学みたいなものを感じるんだよ」

「へー」

「そして、この一連の犯人が重要な仕事を他の者に任せるとも思えないから、第二第三の仕掛けも同一の魔法使いの手によると考えた方が自然だ。つまり、魔法技術に卓越しているだけにこの先の誤発動も考えにくい。まあ犯人と魔法使いが同一かどうかは別としてな」

「ふーん」


 正解は画策の犯人はアイリスだし、仕掛けを作った魔法使いは別にいる。でもそれは言えない。

 そしてこっちとしては、アイリスが依頼した魔法使いは一人って断定していいってわけね。

 わー、ご高説をどうも。でもウィリアムには殺意湧くー。こっちはビクビクしてたってのに。

 それにしてもアイリスは一体どんな凄い魔法使いに頼んだのかしらね。悪女の知り合いもまた悪い奴なんだとは思うけど、人が死ぬような魔法具提供するなんてすんごくワルじゃない。人相だってこれでもかってくらいに悪い奴よねきっと。


「ところで、ちょっといい? あなたの話だとここまでに見つかった一連の魔法具は全部同じ人が作ったってことだけど、そこに間違いはないのよね?」

「芸術には個性があるように、魔法具にも作り手のレベルはもちろんだが、癖の様なものが出るんだよ。俺の見立てだと同じ作者の魔法具だ」

「そうなの……」


 じゃあ保険的な発火ドレス達は依頼した魔法使いがアイリスに内緒で勝手に仕掛けたってわけ?

 サービスのつもりだったの?

 ううん、アイリスは死ぬつもりだったんだし一応三つは頼んだようだけど失敗するような行動に走るわけがない。余計な仕掛けが必要だったとは思えない。

 でも、もしも、彼女がやっぱり死にたくないって思ったら?

 依頼したんだし、元々の三つの自殺魔法の解除方法だって知ってるわよね。それで解除できて安心安心~って思っていたら、あらまあ知らない仕掛けでアッチッチでジ・エンドよ。


 ……悪意しか感じない。


 そんな魔法使いの存在に、背筋が凍えそうになった。


「アイリス? 顔色が悪いぞ」


 ウィリアムから気遣わしげな目と声を向けられてハッとして我に返る。


「ま、全くねえ、いくら優れた魔法使いでもああいうの作ったら駄目でしょって感じよね! それにウィリアムあなたもねえ、誤発動なしで安全なのによっくも人を騙くらかしてくれたわね。意趣返しのつもり?」

「まさか。危機的状況下で共にいることで、吊り橋効果を期待していたんだ」

「え……そんな理由?」

「悪いか? 君と少しでも気持ちの距離を縮めておくのが結婚への近道だ」


 わー、呆れを通り越して感心した。臭い台詞を臆面もなくぬけぬけと……。


「でも不安にさせ過ぎたなら、悪かったよ」

「……もういいわよ」


 何だろ、拍子抜けだわ。この人ちょっと可愛いところもあるのね。

 フフッ償いに精々私の死亡フラグを折るために馬車馬のように働きなさい……なーんて真っ黒くろの悪役令嬢アイリスっぽく内心でほくそ笑んだけど、こんな拗れたような関係じゃなかったら、この人とはそれなりに良き友人になれたのかもしれない。

 ふと、葵にも大学で知り合った当初は良き友情を感じていたっけ……と思い出して、何だか可笑しさが込み上げた。


「でも残念でした、惚れないわよ」


 挑発的な独り言に無反応を貫く彼から視線を外して、椅子の上の私は上機嫌に肩に掛かったロング髪を手で軽く払った。わざと高飛車な悪役令嬢っほくね。


「まずはこの建物の中から始めようと思うの。離れ全体を壊すなら直接内部に仕掛けた方が確実でしょ。仮に、魔法だけじゃなく爆薬もあるとするなら、どでかいのを一つ置くよりも同時着火するようにして分散させてるとも思うし」

「同感だな。じゃあそっちの方は最初君に任せて、俺は離れ全体を回って魔法の仕掛けの有無を探ってみるか。それが終わったら君の方と合流する」

「そうこなくっちゃ!」


 役割分担を済ませて、再び日記を手に部屋を出ようと思っていると、ノックの音が室内に響いた。


「誰だろ?」


 この部屋に来る相手なんて限られている。

 勿論この場にいるウィリアムじゃないし、扉をバーンするメイドたちでもないのは確かだ。彼女たちだったならとっくに雪崩れ込んで来ているはずだ。

 しかも現在廊下に居る相手は、ウィリアムと違って行儀よくいらえを待っている。


「礼儀正しいわね」

「暗に俺をディスらないでくれないか」


 ホホホと片手を口に私は扉へと向かった。


「はいはーい、どうぞ」


 私からの入室許可を聞いて扉が静かに開かれる。

 仮にアイリスが友人に招待状を送ったところで、退学処分の悪役令嬢の所になんて誰も来やしない。でも今はこの部屋を訪れた者がいる。

 誰か気になったのか、ウィリアムまで一緒にこっちにきて横に立った。


「失礼します」

「え? あなた……。呼び付けのベルは鳴らしてないわよ?」


 扉を開けたのは、さっきまで庭に居た仮面のメイドだった。


「あ、はい。ですがその……」


 仮面越しにくぐもった声が聞こえる。

 それでもいつもよりは声を大きくしているのか、耳を擽る小鳥の囀りのような高く澄んだ声が届く。

 顔もわからない相手だけど、その何故かもじもじしている様子に微笑ましいものを感じた。


「あ、食器を下げに来たのね? どうぞ入って入って」


 変なカッコだけどこの子仕事熱心なのね。感心感心。

 好感を抱きつつ傍に寄って窓辺まで案内しようとすると、それを阻むようにウィリアムから腰を抱き寄せられた。


「はッ? いきなり何するのよ。放して」


 唐突だったし意味不明なスキンシップに怒ると、仮面のメイドが小さく声を震わせる。


「だ、駄目です」

「ほらウィリアム、この子だってそう言ってるでしょうに」

「俺たちのことに口出しは無用だ」

「ちょっと常識的に考えて! こんなのみっともないでしょ!」

「常識?」


 ウィリアムは私だけを向いたまま艶やかに笑んでみせると、何故か自身の襟元を少し寛げた。

 そこには新鮮って言い方は何だけど、くっきりとした歯型がある。

 こいつぁ~一日経ったものじゃあない。


「君の常識だと、恋人でもない男の首筋に噛み痕を付けるのか? しかも二度も」

「……ええと」


 じわりと汗が滲む。寝ぼけていたとは言え自分の軽率さに打ちひしがれたくなる。

 だけど、敢えてこの場で見せつけてくる意図は何?

 そんな必要ってないじゃない。


「だ、だけどこんな人前で暴露なんてして、何考えてるのよっ!」


 羞恥に赤くなって噛み付くように文句をぶつけた私の耳に、メイドちゃんの呟きが届いた。


「うそ……またいつもの皆の噂話だと思っていましたのに……」


 今にもよろけそうな声音を聞けば、ウィリアムへの憤りも今は抑えようって気になった。


「あなた大丈夫?」


 彼女はふるふると首を横に振る。

 その拍子に留め紐が緩んでいたのか、仮面が外れ、ぽとりと絨毯の上に落ちた。


「ほわ~ッ」


 露わになった素顔に私は両目を瞠った。

 これはウィリアムを初めて見た昨日と似たような衝撃だわ。


 もしや雪の精ですかと言わんばかりの光沢ある銀髪に縁取られた、中性的な顔立ちの子だった。


 このあどけない感じは、十六のアイリスより二つ三つは歳下そうね。


 ウィリアムとは別種の清廉な美を湛え、纏う服によってはきっと美少年にも見える美味しい逸材なのは確かだった。

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