第三章④
結局私はその日の夕食を食べたし、次の日の木曜日の朝食もきちんと食べた。そしてきちんと母が作ってくれたお弁当を携えてセーラ服を纏って自転車を漕ぎ、錦景女子高校に向かった。駐輪場で親友の三田マホコと合流し、一年E組の教室向かって、たわいない話をしながら歩いた。始業の十分前だった。それぞれの机に鞄を置いてから私とマホコはお手洗いに向かう。そこで私は鏡を見ないように手を洗う。しかし結局私は鏡を見てしまう。鏡に反射した私の実像。
いいルックス。華奢な体。依然として、私は隣に並び立つマホコよりは細い。
これは虚像だろうか?
「ねぇ、マホコ」
「んー?」マホコは一生懸命に髪に櫛を入れて梳かしていた。
「私、少し太ったかな?」
「は?」マホコは私を一瞥、すぐに視線を正面の鏡に戻した。「太ってなんてないでしょうに」
「本当に?」
「もし太っているんだとしても、もっと太ってもいいくらいだよ、痩せ過ぎなんだから、あーあ、いくら食べても太らない痩せっぽちのエリが羨ましいわ」
「私って痩せっぽち?」
「うん、痩せっぽち、」マホコはアッシュブラウンのショートヘアを整え終えて満足そうに微笑んで言う。「エリは痩せっぽち」
「私は痩せっぽち」私は自分の真剣な顔を鏡に映しながら自分に言い聞かす。
私は教室に戻ってからチョコレートをひとかけら食べる。マホコに痩せっぽちと言われて気持ちが楽になった。私は太ってなんていないし、仮に太っていたとしてももっと太ってもいいくらい私は痩せっぽちなんだ。私はチョコレートをさらにひとかけら食べる。
授業中、私の頭に響いていたBGMはピチカート・ファイブのトゥイギー・トゥイギー。
トゥイギーみたいに痩せっぽちな私。
木曜日のお昼休み、私とマホコは屋上に昇ってお弁当を食べる。屋上に昇ってお弁当を食べる習慣のある錦景女子は決まって何組かいて今日も彼女たちは決まったところに腰掛けお弁当を食べていた。私とマホコも定位置にピクニックなんかで使うレジャー・シートを敷き、そこに座ってお弁当を食べた。陽射しが眩しく感じられるほどにいい天気だった。冬の予感なんて感じない、むしろ今年の夏を思い出す、秋の青空だった。私たちは秋の青空の下ですぐにお弁当を平らげてしまう。そして二人で持ち寄ったお菓子をおしゃべりしながら次々に口に放り込んでいく。甘い物、しょっぱいもの、少し辛い物。それを甘いココアで胃袋へ流し込む。
大丈夫。BGMはトゥイギー・トゥイギー。トゥイギーみたいに痩せっぽちな私。
「三時間も待っていたのよ、」私は優しい風に吹かれながら口ずさむ。「私猫と一緒に」
するとマホコも口ずさむ。「三時間も待っていたのよ、私猫と一緒に」
そして私たちは微笑み合う。お昼休みの屋上にはひとしきりの自由があり、開放的なムードが漂っている。錦景画壇と自らを称する美術部の人たちはフェンス越しに錦景市を見渡しながら風景をスケッチしている。体操着姿の三人組が激しいステップを踏み踊っている。シートに横になり文庫本を顔に乗せたまま眠りこけている錦景女子もいる。そして私たちはピチカート・ファイブを口ずさんでいる。
「三時間も待っていたのよ、私猫と一緒に」
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