生きる為に、死ね

牛☆大権現

第1話

 ひもじい、思いをした。

 喉が、けるように痛かった。

 この世への、怒りがあった。


 いつか、腹一杯物を喰ってやる。

 吐くほど、水を呑んでやる。

 だから、それまで生き続ける。


 その決心を支えに、これまで過ごしてきた。

 その矢先だ、徴兵ちょうへいの呼び出しがかかったのは。


 両親も、親戚も、喜んで送別会を執り行った。

 だが、俺は喜ぶ気にはなれない。


 遠からず、戦争が起こる。

 そうなれば、嫌でも死地におもむかねばならない。

 軍隊ならば、今よりは喰えるだろうが、腹一杯とはいくまい。


 戦場であろうが、地獄であろうが、生き延びる術を身に付けねばならない。


 軍隊の教練には、熱心に取り組んだ。

 軍隊の教練は、隊に大きな戦果を挙げさせる為の修練だ。

それは、俺が生き残る事に直結する。

 だが、それだけでは足りない。


 俺は、独自の修練にも励んでいた。

 夜、消灯の後にこっそり抜け出し、海に行く。


 教練場の近くの海に、崖があった。

 高さは然程さほどでも無いが、下には岩場が多い。

 運が悪ければ、そこに身体を打ち付けて死ぬだろう。


 身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ、と古人は語った。

 ならば、本当に身を捨ててみよう、と思い立ったのだ。


 いつものように、崖に身を落とす。

 空には、星と月の明かりしかない。

 本来ならば、海面は黒く、底は見えないはずだ。

 しかし、俺の目にはハッキリと、岩場の影が写っていた。


 理屈は、分からない。

 多分、火事場の馬鹿力というのに、近いものだろう。

 追い詰められた人間は、思わぬ能力を発揮するものだ。

 それは、何も力に限った話じゃない。


 崖を蹴り、影の見えない場所に、着水地点を調整する。

 着水の衝撃が、身体を叩く。

 水を掻いて、流れに沿うように泳ぎ、岸に上がる。


 これを、何度も繰り返し、夜が明ける前に戻る。

 以前は手も足も出なかった、教官の攻撃。

今では、目で追えるようになっていた。

 だが、これではまだ足りない……


 修練を初めて、数ヶ月。

 海中で突然、身体が動かなくなった。

 連日こんな事を続けていたばかりに、体力を限界まで消耗してしまったようだ。


 目が覚めた時、側に教官の姿があった。

 身体には、毛布が掛けられている。


「ありがとうございます」


 怠い身体を起こし、礼を言う。


「お前、何やってたんだ。あんな所で」


 教官は、呆れを声色ににじませて聞いてきた。

 隠しても仕方がないので、考えていること、やりたいことを全て吐露とろした。


「死の間際まぎわで目覚める能力、それを用いる事でしか生き残る術は無い、と考えました」


「生きる為に、死ぬ気になるってのか。矛盾してるな」


 教官は、砂を指先で弄っている。


「俺にはな、息子がいるんだ。丁度お前と同じくらいでな」


「息子さんは、いずこに? 」


「死んだよ、教練中に銃が暴発してな。お前と違って、人一倍臆病な奴だった。銃の手入れも、しっかりしてたのにな」


 教官が座ったまま投げた石が、海面を何度も跳ねる。


「30回、凄いですね」


「お前、この暗さで見えるのか。俺にゃ見えんぞ」


 これも、修練の成果だった。

 今の自分は、新月の日であっても、本が読める。


「息子の方が、巧かったよ。何度やっても、勝てなかった」


 教官の言葉は、泣いてるようにも、怒っているようにも、聞こえた。


「人間な、何やったって、死ぬ時はコロッとっちまうもんだ」


「自分に、こんなバカな事は止めろと? 」


「いーや、逆だ。気が済むまでやればいい。だが、程々にな。こんな所で死んだら、それこそ本末転倒ほんまつてんとうだ」


 その日は、教官に肩を貸してもらって、教練場に戻った。


 開戦からあまり間をおかず、前線に出撃した。

 戦略的に重要な島での、防衛任務だ。

 最終的に、絶望的な戦力差は覆せず、防衛ラインは突破された。


 役目を果たした俺は、自らの生存の為だけに動いていた。

 島の構造から、目星をつけていた隠れ場所を、目指す。

 そこで敵兵をやり過ごし、本土に泳いで戻る腹積もりだった。


 木々に身を隠しながら、足音を警戒し移動していたが。

 運悪く、敵兵に発見されてしまう。


 こちらに銃を向ける、複数の敵兵。

 その銃口から、白い光が伸びてくる。


 疑問に思いつつも、それを避けるように動く。

 その白い光に沿うように、銃弾が飛んでくるのが見えた。


 頭より速く、叩き込んだ動作が、身体を動かす。

 放ったこちらの銃弾が、敵兵の額を貫く。

 悪魔を見るような目で、俺を睨みながら、敵は絶命していった。


 戦争は終わり、国は復興した。

 自らの、皺くちゃになった掌を見る。

 歳には勝てず、今や銃を持つことも困難だろう。


「爺ちゃん、カブトムシ見つけた! 」


 孫が、捕まえたばかりのカブトムシを、私に見せに来た。


「おお、デカいなぁ。腹に溜まりそうだ」


「食い意地張りすぎ、ダメだからな? 」


 カブトムシを守ろうと、身体で隠す。

 いかんなあ、喰えるかどうかで考えるのが癖になっている。

 あの頃とは違い、今はちゃんとした食料もあるというのに。


「ハハッ、冗談だよ。どれ、餌にスイカでも用意するか」


「よく知んねーけど、スイカはカブトムシには毒らしいぜ」


 孫と他愛ない会話を交わして、思うのだ。

 生きてて良かった、と。


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生きる為に、死ね 牛☆大権現 @gyustar1997

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