一.くそったれで素晴らしいゲームの幕開け (七)

 面倒なので転移しますね。と、シルヴィが銀色のタブレット端末ことナビスケの上で掌を滑らせる。


 一瞬だけ蒼い光に包まれると、仁成は浮遊感に似た感覚を覚えたのも束の間、またも見知らぬ場所へと降り立っていた。


 目の前に薄らと扉が見えるだけで、周りは明かりひとつない。


 先ほどの浮遊感と言い、ゲーミングポリスから数秒で知らない場所に来ていたのもナビスケの転移によるものだろう。



「この扉の先です」



 取手のない重厚な扉の前でシルヴィがナビスケを操作すると、扉はスッと見た目に似合わずなめらかにスライドした。


 仁成はシルヴィの後ろをついて行き、薄暗い室内へと入っていく。


 キャラクターを買いに行くと聞いて、なんとなくおもちゃ屋のイメージを仁成は浮かべていた。



 だが、実際はイメージとはまるで違う。



 部屋は薄暗く、それなりの奥行きを感じるものの見通すことはできない。冷たく黒い金属質の床が、室内の空気をいっそう暗く重いものにしているように思える。他の客の姿も見当たらず、気配すら感じとれない物悲しい部屋──


 ──空調が効いている快適な温湿度の中、仁成は居心地の悪さを覚えていた。



 パチンとシルヴィが指を鳴らすと、彼女の手からナビスケが離れ空中で回転し始めた。ナビスケの回転に合わせて、室内が徐々に明るく照らされていく。部屋全体が見渡せる程度の明るさになると、ナビスケはゆっくりと静止しそのまま空中で留まった。




 明るくなった室内で、仁成は異様な光景を目にする──



 ──目隠しをした人や人ではない生き物たちが、横たわった状態で、微かに光って見える床の上を移動していた。


 人間、亜人、獣人、エルフ、リザードマン、竜に魚に、犬や猫っぽい生物。


 彼らが移動しているのではなく、光る床がエスカレーターのような役割をしているようだ。


 微動だにせず、ただ運ばれるだけの彼らは、生きているように見えなかった。


 死臭ひとつしないのに、生命の一片すらも感じとることができない。



「うっ」



 不気味な光景に思わずうめき声をあげ、背筋が凍る。



「大丈夫ですか」



 声をかけてきたシルヴィは、目の前の様子がさも日常かのように気にしていないようだった。


 動揺しているのは自分ひとりだけ。


 その事実が、恐怖感をよりいっそう増幅させた。


 あのとき要の手をしっかりと握っていれば、こんな思いをしなくて済んだのかもしれない。


 シルヴィから目線を逸らすと、床に運ばれていた背の高い男が黒い光に包まれるのが見えた。


 そしてほんの数秒後に黒い光から男が解放される。


 彼がつけていた目隠しは外れていた。そして、



「……俺の出番だな」



 男は誰に向けてなのか背中を向け、腕を組み、低く通る声で決め台詞を放った。



「もう、しょうがないなあ!」



 男の後ろで横になっていたはずの小柄な女が甲高い声をあげ、誰に向かってか両手を腰に当てて、ふんっとポーズを取る。男と同じく目隠しはない。



「俺様に任せておけ!」



 今度は赤い人型の竜が、どこから取り出したのか斧を肩に担ぎ、いかつい野太い声を出す。この竜も目隠しは消えている。


 ……実にシュールな光景だった。


 決めポーズと共に決め台詞を発した彼らは、先ほどまで死んだように横たわっていたとは思えないほど、イキイキとしているように見える。



「お姉さんが遊んであげるわ……」


「グオオォォォォォォ!」


「さあっ! さっさと始めようぜ!」



 目隠しをされて光る床の上で寝ている彼らは、一定の位置まで運ばれて黒い光に包まれ解放されると、目隠しがとれ、急に生気を取り戻したかのように、既視感のある台詞と共に動き出していた。


 まるでアルプレのキャラクター選択時ボイスのようだ。 



「ははは、ちょっと不気味ですよね」




 既視感の正体に気づくと同時に、にょっ、と、少し背の低い大人しそうな男が顔を出した。仁成は、わっ、と声をあげ思わず仰け反ってしまう。



「ここはいつも暗いですね。もうちょっと明るくできないんですか」



 シルヴィが空中のナビスケを指しながら、仁成と男のあいだに割って入った。



「なんか刺激しないようにって上から言われてて、すみません」


「まあ別にいいですけど。それよりキャラを買いに来ましたので、いろいろと見せてください」


「買いにきた? いや、まだここは」


「あー、もしかして新人クンですね」



 シルヴィが指でちょいちょいっとナビスケを呼び、何かを映してそれを男に見せる。仁成からはナビスケに何が映っているのか見ることはできない。



「あ、なるほど」


「ということで、許可は取ってあるので大丈夫です」



 手首を軽く振ってナビスケを再び空中へ追いやると、シルヴィは顎に手を当てて──仁成に近付く時とは違い一定の距離を保ちながら──目隠しが解かれたキャラたちを吟味し始めた。



「ねえシルヴィさん、ここはいったいなにをしているんですか?」


「キャラクターに命を吹き込んでいるんですよ、作り立てのキャラは全然戦えないですからね。それよりジンさんもこっちにきて誰にするかちゃんと選んでくださいね」


「一体だけだからな! 慎重に選べよ、ヒトナリ!」



 頭の上からヘンテコな声で忠告され、渋々と仁成はシルヴィの横に並び、命が吹き込まれたらしいキャラを眺めてみる。


 ガタイの良い男に、大きな斧を担いだ赤い竜人、頭が犬で胴体は猫に見える直立した二メートルほどありそうな怪物、短髪で爽やかないかにも物語の主人公然とした同い年くらいの少年、露出の多い服と相まって目に毒な二つの豊かな丘を持ち、蠱惑的な表情を浮かべてこちらを見つめ、思わず吸い込まれそうになる艶やかな女性。



「なるほど〜。ジンさんはこういう方がタイプなんですね〜」


「あっ! いや、そういうわけじゃ! あ、もちろんこの人は綺麗だとは思いますけどそれだけじゃなくてこっちを見てくるから!」


「うんうん、分かってますよ」



 なにも分かっていなさそうにニヤニヤと笑うシルヴィから視線を外す。


 その先では、黒い空間から次々とキャラがフワッと降りてきていた。


 そのまま例の光る床にゆっくりと横たわり、運ばれ、暗黒に飲まれて台詞と共に命を宿らせる。


 シルヴィはキャラショップだと言っていたが、ナビスケで薄ら照らす必要があることといい、とても普通のお店には思えない。



「ここは、普通のキャラショップじゃないんですよね」



 仁成は怪訝な顔でシルヴィを詰めると、彼女はそれを肯定するかのように苦笑する。



「まあ、普通のお店ではありません……ジャンクショップといいますか、ここだと少し安く買えるんですよ」



 持ち金もギリギリしかないですからね、と。


 そう答えたシルヴィは、どこか心苦しそうに見えた。



「そうですか」



 シルヴィの答えに納得できたわけではないが、これ以上、追求するつもりにも仁成はなれなかった。


 メンテみたいなのが完全に終わっていないから安いのだろうか、そんなことを考えながらキャラを生み出す暗黒空間に視線を戻す。


 相変わらず見たことのない生物や人っぽい生き物が次々と舞い降りてきていた。




 ──そこで。



 見覚えのある制服姿を目撃した。

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