一.くそったれで素晴らしいゲームの幕開け (六)
声援が波となって聞こえてくる通路を抜けると視界が急に明るくなり、巨大なスクリーンが目に飛び込んできた。
スクリーンの映像では、全身緑色をしたゲル状の人型生物と、黒を基調にしたセーラー服姿のポニーテールの女子が睨み合っていた。
一人と一体の頭上には黄色の体力バーと名前、その横に歯車のモニュメント、睨み合う両者の下には空っぽのバーが、それぞれ表示されている。ゲル状の怪物はグリード、ポニーテールの女子はナギというらしい。
「これって、アルプレ……」
……似ている。
細かいところのデザインは微妙に違えど、CGのように見えるバーやモニュメントと、それらの配置箇所は完全にアルティムプレインと一致していた。
違うのは、画面に映し出されているリアルな人間と怪物、そしてステージだけだと言ってもいいだろう。
「絆式対戦アクション、
そう仁成に向けて説明する銀髪美女の横顔は、なぜか少し寂しそうに見えた。
Regame……と、スクリーンに目を向けたまま仁成はつぶやく。
画面上では、ポニーテールの少女が光る拳でゲル状の怪物を存分に殴りつけていた。よく見ると拳には鉄甲が装備されており、打撃音と斬撃音の両方が会場内に響き渡る。
緑の怪物は外傷こそ負っていないが、その上の黄色いバーはみるみると短くなっていく。それとは反対に、上下左右自在に拳を振るう少女の下のバーは青い部分を伸ばしていった。
「いっくよー!」
少女が元気の良い声で叫び、右手を引いて溜めの姿勢をつくる。少女の下のバーが空になり、一瞬、画面上の背景が暗転した。背景に色が戻ると同時に、少女が右拳を伸ばして突進。拳が当たると残像を伴うほどの殴打の雨を怪物に浴びせる。
その怒濤の攻撃の前に、ゲル状の怪物は一切抵抗できていない。その上の体力バーを赤色に変化させながら、連撃の最終段で画面端へと叩きつけられた。
「なんて一方的な試合……」
要も一目で分かったのだろう。これはプレイヤー間の実力に差がありすぎるカードに思える。
「バカヤロウッ! なにやってんだジェイ! お前にいくら賭けたと思ってるんだ!」
仁成と要は怒声に驚いてスクリーンから目を離す。見ると出入り口付近の仁成たちから少し前方の観客席に座っていたガタイのいい男が、握り拳を膝に叩きつけ声を荒げていた。
「ジェイというのは、いまスライムのグリードを操作している、あそこにいるプレイヤーのお名前ですね」
銀髪美女が指した方を二人も見てみる。ここからでは豆粒くらいの大きさにしか見えないが、そこの台上でジェイという人物がグリードを操作しているようだ。
「きっと、オッズの高かったジェイさんに大きく賭けたのでしょう。大丈夫です、ここではよく見る光景ですから気にしないでください」
見ると、他にもスクリーンを見て歓喜したり、落ち込んだりといった反応を見せる人や人ではない生物──リザードマン、獣耳をつけた人、エルフ耳、スライム、ドラゴン──が見受けられた。ここは異世界の競馬といった感じのところなのだろうか。実世界でも行ったことはないが。
元の世界ではまず見ない生物を目にし、仁成の心にはますます暗雲が立ち込める。
異世界、というのはアニメで見ている分にはワクワクできたのだが、実際に来てみると不安や期待よりも恐怖心のほうが強い。
自分の気持ちから目を逸らすようにスクリーンに目を戻すと、画面中央にWINの文字がでかでかと表示され、ポニーテールの少女が拳を高々に突き上げているところだった。
画面の端のほうでは、ゲル状の怪物、グリードが倒れているのが見える。少女が勝利ポーズをとるのと同じタイミングで、グリードはボンッと爆発し跡形もなく消滅した。
目を離す前に見ていた様子だと、なす術なく圧倒されたといったとこだろう。
「どうです? ワクワクしませんか?」
不意にずずいと、銀髪美女が蒼い瞳をキラキラさせながら、仁成の顔を覗き込んできた。
この人はなんというか、物理的な距離がかなり近い。それになぜか女性ということ以上に圧を感じる気がする。
要が無言で仁成と銀髪美女のあいだに手刀を振り下ろすと、銀髪美女は不服そうに仁成から顔を離した。
「……ワクワクというか、まだなにも分からないことだらけで、正直怖いです」
彼女から体を少し遠ざけつつ、仁成は困惑気味に答えた。
「あ、ああ、それはそうですよね。そういえば、まだわたしの名前も名乗っていませんでしたし」
銀髪美女は少しバツが悪そうに返すと、仕切り直すように、コホンとわかりやすく咳払いをする。
「わたしはシルヴィ・ティルキースと申します。ジンさんに
「どうして僕を招待したんですか?」
「あーそれはですね。最初はナイトメアさんにも声をかけたんですが、断られちゃいまして……」
ナイトメア、その名前を聞いて仁成の中で上がってもいない熱がさらに冷めていく。
「……シルヴィだっけ。あなた最低だわ、ジン先輩のファン失格よ」
要の突き放すような声に少しだけピクリと反応を見せたが、すぐにシルヴィは話を続けた。
「って、それはとりあえずどうでもいいんですよ。あ、あだっ!」
シルヴィが突然ヘンテコな声をあげる。持っていた銀の板のようなものを足の上に落としたらしい。
「その銀の板みたいなものはなんですか?」
「イタタタ……ああ、これはジンさんたちの世界で言う、タブレット端末だと思ってください」
というか足に落としたことは心配してくれないんですね、と、軽く悪態をつきながら、銀髪美女ことシルヴィは銀の板を細くしなやかな手で拾い上げる。
そして、フォン、と聞こえる起動音が鳴ると、すぐさま、
「またオマエはオレを落としやがったな!」
銀の板ことタブレット端末から、みょうちくりんな怒声が聞こえてきた。
先ほどまでなにも映っていなかった板の上は、ピカピカと明滅を繰り返している。
「はいはいごめんね〜、あ、ジンさんと、あと一応くもかなさんにも紹介しておきます。この子はナビスケ、わたしの仕事のサポートをしてくれています」
「オレはナビスケ、よろしくなヒトナリ! アトイチオウクモカナ!」
「いや私の名前そんな長くないから! くもかなよ! く、も、か、な!」
「データベースが更新されました。おう、クモカナちゃんな! よろしく!」
「急に馴れ馴れしくなったわね……」
淡々とした女声のアナウンスと胡散臭いおっさんの声を使いこなす、ちょっと不気味な銀色のタブレット端末ことナビスケ。
「いいから、さっさと例の数字を見せなさい」
「ギョエッ」
シルヴィがナビスケの上をサッと指でスライドすると、文字のようなものが浮かび上がる。
「さっきわたしはジンさんに、Regameの公式大会に出てほしいと言いました。もちろん、何の見返りもなしに出てもらおうとは思っていません」
再びシルヴィは仁成に距離を詰める。パーソナルスペースが近すぎる彼女に対し、わかったからと仁成は右手を開いて前に突き出した。
その意図が伝わったのかほどほどの距離で彼女は静止する。
「大会で優秀な成績を残せれば、多額の賞金が出ます。それを山分けしましょう、取り分は八対二で、わたしが八、ジンさんが二」
「それは山分けとは言わないんじゃ……」
「こちらもジンさんを連れてくるのに色々とリスクを負っていますので」
そ・れ・に、と、シルヴィはタブレット端末に映る数字をずずっと仁成に見せつけてくる。結局距離が近い。
「ちょ、ヒ、ヒトナリ! オレにそんなシュミはないぜ! クモカナちゃんだったらウェルカム!」
「私は絶対にイヤ」
しかもやかましかった。こいつは静かにしてって言ったら、静かにしてくれるタイプの端末なのだろうか。
「この数字は、公式大会優勝者に贈られる賞金の額です」
叫ぶ端末などまるで最初から存在しないかのようにシルヴィが続ける。
「これ数字なの……?」
仁成の横にいる要が、彼の気持ちを代弁した。
「あっ、すみません。ジンさんの世界用に同期するのを忘れていました。……いろいろ面倒なので口頭でお伝えします」
シルヴィは諦めたような表情でナビスケを眺めた後、艶っぽい表情で仁成の耳元に顔を近づけ──る前に例によって手刀が空を切る。
「あなたホント私を無視しようとするわよね! 大事な話なんだから私にも聞かせなさい!」
「くもかなさんには大会に出て欲しいとお願いするつもりは全く全然これっぽっちも、というかわたしからあなたに何かお願いするなんて吐き気が出るほどなんですが、まあいいでしょう」
「そうやって毎回嫌味を言わないと気が済まないのこの陰気女は……」
シルヴィが要の耳元で薄い桃色の唇を小さく動かす。
こうして二人を横に見ていると、同じ綺麗でもベクトルが全然違うものだなと素朴な感想が浮かぶ。
「──えっ、そんなに!?」
要がまるで自分のことのように大げさな反応をしてみせた。
仁成もまたすぐに要から耳打ちしてもらう。
「──なん、だと!?」
想像を遥かに超える額を聞かされて、仁成は思わず大きい声をあげた。
二割でも何代まで遊んで暮らせるかすぐには計算できない。というかそんな賞金をもらったら、なにか税金とかを物凄く払わなければいけないような気がする。
「ジンさんのようなごく一般のご家庭ですと、まあなんと言いますか、少々扱いに困る金額だと思います」
「どうして僕の家庭について知っているのか気になりますが今はどうだっていいです!」
これだけのお金があれば、これまで好きに遊ばせてくれた家族への恩返し、アルプレ友達との楽しい遊び、いま以上にアルプレに打ち込みやすい環境の整備と、よりどりみどりだ。
しかもナイトメアは大会出場を断ったと聞いた。
であれば、見たところアルプレにシステムが近いRegameでの優勝は十分視野に入る。
「で、どうでしょうか? わたしからのお願い、引き受けていただけますか?」
「ええ、ぜひ参加させてください」
「ちょっと待ってくださいジン先輩、本当に八対二でもいいんですか?」
「ああ。比率だけなら俺も文句言ってたかもだけど、額が額だし、交渉するよりかは早く優勝への対策や練習をしたいぐらいだ」
「……まあ、ジン先輩がそれでいいって言うなら私は文句ないですけど」
「文句もなにも、くもかなさんは誘ってすらいないんですけどね」
「うるさいわよ!」
「それに、シルヴィさんにはRegameについてもっと色々教えてもらう必要があります。それでハチニーについてはチャラというか、そのぶん僕に協力してもらうということで」
「ジンさん……」
シルヴィが仁成をゆっくりと見つめた。
軽く口を開けたその表情はやけに色っぽく、彼女の蒼い瞳に吸い込まれそうになる。
「くもかなさんに言われたからじゃないですけど、確かにハチニーはどうかなと私も思い直しました」
シルヴィは白衣を脱ぎつつ、黒ワンピースの肩紐に手をかけ……
「ジンさんも年頃の男の子ですし私は美人ですから……」
「大丈夫シルヴィ?
……ようとしたところを要に捕まり阻止されていた。
「嫌がらせと家庭的アピールのダブルアプローチ。敵ながらお見事です」
「それ嫌がらせの領域超えてるし家庭的アピールというより医療技術アピールになってません?」
そもそも露出癖の対策としても間違っているに違いない。
「──けど、ジンさんから離れたのは痛恨のミスでしたね!」
シルヴィがすぐさまナビスケを掌でスライドすると、すぐに青い光が要を包み込む。
「しまっ!」
「要っ!」
仁成は叫んだが、そこには要の姿は跡形も残っていなかった。
「ふふふふふ、はははははっ! くもかなさん、今の気分はいかがでしょうか! さもメインヒロインぶっておいて肝心な場面で退場させられる今の気分は! 大体あなたはジンさんに相応しくないんですよ。大人しく他の男について語りまくるアウトロー系アイドル配信者にでも成り下がっていてください永遠に」
当の本人がいないことをいい事に好き放題言ったあと、シルヴィはスッキリとした顔で仁成のほうを向く。
「ふぅー、いけませんね、つい取り乱してしまいました。安心してください、元の世界に帰ってもらっただけです」
「全然いけませんって顔をしていないのですが……」
「そう警戒しないでください。私の目的はRegameでの優勝。ジンさんやジンさんのお友達を傷つけるメリットはどこにもありません」
「……わかりました」
要がどうなったか気になったが、それをすぐに確かめる手段が仁成にはない。とはいえシルヴィの様子を見る限りでは、本当に元の世界へと帰っただけなのだろう。
身近な存在がいなくなったことで仁成は少し不安を覚えたが、今はRegameで優勝を果たすべきだと気持ちを入れ替えた。
「では、邪魔者もいなくなったことですし、もうあまり時間もありませんからさっそくジンさんのキャラクターを買いに行きましょう。いざキャラショップへ!」
「キャラクター?」
「大会で実際に操作するキャラクターのことですね。さっき戦ってたスライムのグリードとか、ナギちゃんみたいな」
「まあコイツはカネ持ってねえから、キャラ一体分しか買えねえけどな」
いつの間にかシルヴィの手から離れ、空中に浮かんでいるナビスケが答える。
答えた直後に喋る端末はシルヴィに真上から叩かれ、床を磨く雑巾のように地面を滑っていった。
「なるほど……」
仁成はもともと多キャラ使い──色々なキャラクターを使って相手に合わせて戦うプレイヤーのこと──ではない。
アルプレでもミコト一体で、ミコトでは不利と散々言われてきた対戦カードをこれまで次々と覆してきた。
よほどの弱キャラを選びでもしない限りなにも問題ないだろう。その弱キャラも、Regameの対戦システムを理解すれば選び取ることもない。
「ん? キャラクターを、買う?」
システムについて考えたところで、仁成にはある疑問が浮かんだ。
「どうかしましたか」
「Regameって一体どれくらいのキャラ数がいるんですか?」
「キャラ数? あっ、対戦で使えるキャラクターの数ですね。それはもう無制限といってもいいですよ」
「は?」
無制限、制限のないこと。キャラ数に制限がない、つまりは。
「Regameは絆式対戦アクションですから、プレイヤーとキャラクターが心を通わせて闘うのが売りなんです。ようするに、老若男女すべての方達が、プレイヤーにも、キャラクターにもなれるんです!」
「…………マジですか」
これが普通のゲームであれば、ノリの良い通販番組のテンションで解説するシルヴィに合わせて、仁成もワクワクできたかもしれない。
だが、仁成の目的は大会での優勝だった。Regameについてはよく分からないまま、対戦の様子を一度見ただけ。そして対戦キャラクターの数は無制限である。すなわち。
(初見殺しのオンパレードじゃねえか……)
優勝を狙うゲーマーとして、仁成は厄介な問題を抱えることになりそうだった。
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