一.くそったれで素晴らしいゲームの幕開け (四)

 照りつける太陽の下から空調の冷気が心地いいマイホームゲーミングポリスへと戻ってくると、アルプレの筐体付近に見慣れない銀色長髪の女性が辺りをきょろきょろと見回していた。



「し、死神ジンさんじゃないですかあああああっ!」



 銀髪女性と目が合うと、まるで待ち構えていたかのように甲高い声を掛けられる。


 その声の主は歩いて、だが徒歩とは思えない速度で仁成に急接近すると、アルプレ用のコントローラーと油性ペンをずいっと差し出してきた。



「わ、わたし……、あの、ジンさんのファンなんですっ! それで、あの……、よ、よかったらここにサインお願いしますっ!」



 とっさに強引さとうやうやしさの両方を感じるアプローチを受けて、仁成は面を食らう。



「あ、ああ、はい。僕ので良ければ……」



 勢いに気圧されるようにコントローラーとペンを受け取った。


 要がぎりぎり聞こえる声で「また女。しかも美人だし……」と呆れたような腹ただしいような声音で呟いたが、銀髪美女には聞こえていないようなので面倒だから放っておく。



「これは今日のエゴサは楽しいことになりそうだなジン」


「鉄桜さんは僕を煽らないと気が済まないんですね」



 謎の銀髪美女を中心に仁成たちは周囲の注目をかき集めていた。


 改めてよく見直してみると、彼女が注目の的になるのは必然と言えるだろう。


 百六十後半はあるだろう背丈と抜群のプロポーションに、腰まで伸びた艶のあるシルバーブロンド、どこかのブランド物であろう黒のワンピースの上に、白衣にも見えるジャケットを羽織っていた。目鼻立ちはハッキリとしており、中でも一際目を引く、サインを迫られた時に直視できなかったブルーサファイアの瞳が印象的である。


 交際はおろか、横に並び立つことさえ釣り合わないと感じさせるオーラが、名も知らない美人からは感じられた。



「【これは裏山】ジンのハーレム要員がまた増えてるんだがwww」


「勝手にスレッド立てるのやめてくれません?」



 しかも中途半端に伸びそうなのがまた腹立つ。



「【画像あり】くもかなにまたライバル現る。これは負けヒロイン確定か……」


「鉄桜さんの鬼悪魔鬼畜眼鏡陰キャ使いいいぃぃっ!」



 こっちはこっちで伸びそうだったが、ゲーミングポリスの常連は知性に溢れており携帯を向けてくる客は誰一人いなかった。


 というかみんな下を向いていてツイッ◯ーで呟くのに忙しかっただけかもしれなかった。



「あの、もしかして……ご迷惑でしたでしょうか……」



 蒼い瞳を潤ませながら銀髪美女は仁成と鉄桜を交互に上目遣いで覗き込み、仁成の鼻を微かに甘い匂いがくすぐる。



「ああごめんなさい! つい身内ネタに走ってしまいまして……」


「ええ全然迷惑じゃないですよ! バッチリサインさせていただきます!」



 安心した様子の銀髪美女を見て仁成も安堵する。



 要が「え、私には迷惑でもどうでもいいの?」と小声でぼやいていたが、面倒だから放っておく。



「ありがとうございます! サインはここにお願いしたいんですけど」



 仁成が持つコントローラーの端のほうを、銀髪美女は細く透き通るような白い指でぐるっと円をなぞる。


 サインを目立ちすぎる箇所ではなく、アクセントとして添える感じで求めるあたり、どこか彼女の奥ゆかしさを垣間見たような気がした。



「ここですね、わかりました」



 仁成は慣れた手つきでサインを書き始めた。こういう機会がたまにあると、ジンの名前がそこそこ広まりだしてから、こっそりサインの練習をしていた甲斐があったと思える。



「はい、どうぞ」



 コントローラーを銀髪美女に返すと、彼女は深々と頭を下げてこう告げた。



「……契約成立、ですね」


「え……?」



 彼女の言葉の意味を汲み取る隙もなく、小脇に抱えられたコントローラーがまばゆく発光する。


 とっさに手で顔を覆うも防ぎきれず、仁成の視界は一瞬にして真っ白になった。

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