一.くそったれで素晴らしいゲームの幕開け (二)

「そこだあっ! くらえーっ!」



 仁成の操作するミコトが、超必殺技である豪破連舞ごうはれんぶを放つ。


 世界が暗転し、ミコトの下のゲージ──超必殺技を使うのに必要なコスト──が消失する。暗転が解けると同時に、ミコトは対戦相手のサイボーグ剣士『ライジン』に向かって突撃した。


 ミコトはライジンの剣技をかわしてショルダーチャージをお見舞いすると、仰け反っているライジンに間髪入れず上顎に掌底。すかさず鳩尾みぞおちに拳、続けて左腕のアッパーで下顎を砕く。なおも身動きが取れないライジンに左足で四十六回の蹴りを0.3秒で加え、とどめとばかりに顎を打ち上げるよう右回し蹴りを放った。


 画面にはK.O.の文字が主張激しく表示され、その背後のライジンは遥か上空へと打ち上げられている。ライジンは時間と共に墜落したあと、二度と起き上がることはなかった──





「──あああああっ! 今日はなんだかいけそうだったのにいいいいっ!」



 仁成の前の筐体きょうたいに突っ伏している女子が、悲痛なうめき声をあげる。その声はゲームセンター特有の喧騒の中に溶けていった。



「いや〜、本当に惜しかったねえ。今日のジンは動きが雑ってのもあるけど、かなめちゃんもいつもの三倍は粘ったほうだと思うよ」



 仁成の後ろで腕を組んで眺めていた女性が、彼女なりにライジン使いの女の子を称賛した。



「それって普段のわたしがまだ全然ダメってことじゃないですか鉄桜てつざくらさ〜ん……」



 鉄桜てつざくらと呼ばれた眼鏡を掛けた女性は苦笑しながら答える。



「そりゃまあ相手は日本最強のアルプレイヤーだし、要ちゃんよりも長くやってるし」


「それはそうかもしれませんけど悔しいもんは悔しいんですー!」



 要はうがーっと立ち上がると、仁成に近づいて恨めしそうな視線を浴びせる。



「はぁ〜……こんな絶不調なジン先輩に一セットどころか一本も取れないなんて……」


「要は攻めが分かりやすいんだよなあ。何度も対戦してるから俺の慣れもあるだろうけど」


「慣れでライジンの高速攻撃をバシバシジャストガードしちゃうんですねこの死神ジン先輩は」


「というか、そのジン先輩っていうのいい加減やめない? そもそも同い年だし」


「嫌ですぅ、あの時からジン先輩はジン先輩って決めてるんですぅ」


「俺が一部の人から、同級生に『先輩っ』て呼ばせてる変態って思われてるの知ってる?」



 あの時──当時まだ要が中学生だった頃、ここゲーミングポリスに来た時の話だ。



「え〜、でもジン先輩最初は満更でもない感じだったじゃないですか。せ〜んぱいっ! て言われるの」



 要の甘く心地の良いソプラノの声が、仁成の鼓膜を優しく撫でる。



「あークソ、こいつ本当に可愛いなもう一回言って」


「せ〜んぱいっ!」


「もっとだ!」


「せ・ん・ぱ・い?」


「もっと!!」


「やかましいわ!」



 いつの間にか、仁成の前の筐体に要と交代で座っていた鉄桜がグワッと立ち上がる。


 その両手の握り拳には力が込められており、今にも対戦台を叩きつけようとすんでのところでぷるぷる震えていた。



「……僕は好きですよ、鉄桜さんのその物を大切にする姿勢」


「そうか、私は見てて不安になるよ。いつかこのグループを君達が破壊するんじゃないかって」



 鉄桜は頭を抱えながら脱力して椅子に座り「ん」と、仁成にキャラクター選択を促す。



「「そんなことしませんよ」」



 仁成と要の反論がきれいにぴったりと重なった。



「私はジン先輩一筋です! 相手にしてもらえないからって、他の男に迫って『本命ジン先輩がいつまでもそんな態度だから〜』みたいなサークルクラッシュメンヘラ女に成り下がったりしないですよ! ……ってどうしたんですか鉄桜さん?」


「やめてやれ要! 大人には色々と触れられたくないものがあるんだ!」



 要がほどよく出た胸に握り拳をおき、やけに具体的な例をあげながら力説すると、鉄桜はわなわなと全身から殺気めいたオーラを発していた。どうやら鉄桜の過去になにかあったらしい。



「だ、第一、僕は要に告られて一回ちゃんと振ってます! 鉄桜さんの心配するようなことにはなりませんって」



 仁成は画面を見ることなくミコトいつもの嫁にカーソルを合わせて選択する。


 鉄桜も仕方ないといった具合にオーラをしまうと、その後に『ワイアール』という黒く細長い軟体生物っぽい見た目のキャラクターを選択した。



「どうしてそんなこと言う? 要ちゃん、確かにジンには勿体なさすぎるくらい可愛いと思うけど、だからといってそんな妄想はさすがに痛々しいと思うぞ」


「何の疑いもなく僕がウソついてる前提で会話するのやめてくれません?」



 ミコトが鋭い裏拳を放つが、ワイアールはぬめりとへこむようにしゃがんで躱した。



「ふーん、あの時のことはそんなつもりじゃないって?」



 ワイアールがどこからともなく伸びた触手で、ガードを固めているミコトをつんつんと突く。



「そうなんですよ! ジン先輩ってば私が本気で迫るとずっとそれの一点張りで!」


「俺はプロ目指してるプレイヤーを馬鹿にしてたのが気に入らなかっただけだ」



 ミコトがゲージを消費してガード状態からリバーサルアタックを放ち、距離を詰めていたワイアールを引き剥がす。



「なんていうか、別に要に見返りを求めて助けたわけではないというか、そもそもこっちは助けたとも思っていないというか」



 ちょうど仁成がいま座っている席で、アルプレのプロゲーマーを目指していた当時中学生の要は、ガラの悪い高校生くらいの男二人組から絡まれていた。


 まだアルプレをやり始めて間もない要を「お前がプロとか無理だろ」と対戦しながら煽っていた男共が見るに絶えず、仁成は要と男らの間に割って入ったのだった。



「ついさっき要ちゃんに大喜びで先輩呼びさせてたのを考えると全く説得力を感じないけどね」


「いやそれはそれ、これはこれってことで」



 要は確かに可愛い。


 毛先を内側にふわっとカールさせた肩にかかるくらいの茶髪。高すぎず低すぎない身長にそれなりにメリハリのある体型。小綺麗でそこそこきめ細かい肌。四十人だか五十人だかのアイドルグループにいればセンターを取れるほどの外見レベル。


 一見するとギャルっぽい見た目だが、仁成に引けをとらない確かなゲーム知識と情熱を持ち合わせ、オタクに難なく波長を合わせられる希有な存在。



「でもあの時のジン先輩はホントカッコよかったな〜!」


「確かにカッコいいと私も思うよ。割って入ったあとドヤ顔で美少女ファイターを選ばなければ」


「あそこでサブキャラ使ってもし負けたら明らかにカッコ悪いだろ!」



 相反する二対の剣を武器に、今や七万人超えのフォロワーを持つ人気動画配信者。


 プレイヤーネーム『くもかな』こと南雲要なくもかなめ



「にしても、ジン先輩はひどいです……私をおもちゃにするだけして、釣った魚にエサをあげないなんて……」


「言い方〜。……でもそうだな、俺になにをしてほしい?」


「えっ!? じゃ、じゃあ私と付き合っ」


「等価交換でよろしく頼む。俺はそこまでは要に求めてないはずだ」


「むむむ〜」


「もういっそのこと付き合っちゃえば、あっ、いや、やっぱり付き合うのはちょっと……」


「「鉄桜さんはどっちの味方なんですか!!」」



 行き場を失ったように左右にうろうろするワイアールを、ミコトが突進からの右ストレートで打ち抜く。



「あー、えーっと……うん……」



 吹き飛ばされたワイアールは壁に張り付けられ、ミコトから殴打のラッシュを受けて沈黙した。



「……ところでジンさ、今日持ってきてた銀のコントローラーは使わないの?」


「露骨に話題そらした!」


「…………」



 鉄桜の問いかけに、第二ラウンドが始まったばかりだというのにミコトの動きが静止する。



「アレか、やっぱりパーフェクト負けの準優勝賞品だから?」


「あああああああああぁぁぁぁっ!」



 思い出したくない思い出したくない思い出したくない。


 最強の矛とか大仰おおぎょうな二つ名で呼ばれておいて、ポッと出の盾に一ミリも傷を付けられなかったとか死にたくなる。



「違うんですよ、あいつのミコトには愛がない。その冷たさに動揺しきってしまった俺は本領を発揮できなかった……。鉄桜さん、あなたにわかりますか? そこまで本気でもない相手にサクッと嫁を寝取られた夫の気持ちが!」


「気持ち悪いこと言ってるはずなのにこうも堂々と言われると普通に聞こえるの凄いよ本当に」


「そうだ、アレはきっと悪い夢に違いない。つまりここはいまも夢の中、そうなんだ!」


「その夢の中に決勝戦の配信アーカイブ残ってますよ。見ます?」


「おい要っ! なんてもの見せるんだ試合中だぞ!」


「いやさっきからジン先輩全然操作してないですよね……」



 動きの止まったミコトはワイアールから無数の飛び道具を防ぐことなく全て受け「いやー!」と断末魔をあげながらその場に崩れ落ちた。



「なかなかカッコいいコントローラーだと思うんだけどねえ」



 無抵抗の相手とはいえ練習中の高難度コンボをバッチリ決めて満足した鉄桜が、椅子の下に置いてあった仁成のカバンの上から銀のコントローラーを持ってくる。



「それあんまり見せつけないでくれますか……」



 視界の端で燦然さんぜんと輝くソレは、蓋をしたくて仕方ない記憶をどうしても刺激した。


 鉄桜がソレを筐体の上にそっと置くと、ソレは仁成の目の前から急に姿を消す──

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る