一.くそったれで素晴らしいゲームの幕開け (一)


 ゲーマーの間で名を知らない人はいない人気2D対戦格闘ゲーム、アルティムプレイン、通称アルプレ。その日本大会決勝戦が今まさに始まろうとしていた。


 熱気にあふれる会場の中、舞台上のライトに照らされていた神納仁成じんのうひとなりは、場の空気と緊張感に飲まれないよう、深呼吸をして息を整える。


 スポットライトの光は会場外を照りつけている夏場の太陽を思わせた。額にじわりと嫌な汗がにじむ。


 震える手はおさまりきっていないが、それでも試合に集中するために、最後の対戦相手であるナイトメア──アルプレでのプレイヤーネーム──の試合動画を思い返していた。


 二台のモニターを挟んで見えるナイトメアは、目を細めて嘲笑しているような顔の白い仮面を付けており、その下の表情はうかがい知れない。



 ……端的に言って、ナイトメアは自分が戦ってきたどのプレイヤーよりも強い。それが仁成の率直な感想である。



 ナイトメアの準決勝までの試合は、すべてナイトメアのパーフェクト勝ちだった。


 アルプレでのパーフェクト勝ちとは、相手からダメージを受ける攻撃を一切もらわずに、相手の体力バーをゼロにすることを意味する。


 たとえ相手の攻撃をガードしたとしても、少量のダメージを受けることも少なくないアルプレにおいて、決勝までの数十戦をすべてパーフェクトで勝ち上がってくることは並大抵のことではない。


 相手が動き、それらすべてをナイトメアがいなして、完膚なきまでに封殺する。


 配信アーカイブに残っていたすべての試合が、合気道の達人とそこらへんの素人のケンカのような、あまりにも圧倒的な差を感じさせた。



 その強すぎるプレイングは、アルプレのプレイヤー達にはもちろんのこと、公式大会運営側からもチート行為を疑われたほどである。



 だが、公式の調査結果はシロだった。



 公式からチート行為はないと認められてからは、ナイトメアを神のように崇める信者も数えきれないくらい現れた。


 不気味な笑みを浮かべた仮面をつけたミステリアスな雰囲気。通りの良い爽やかな声。そして圧倒的な強さ。女性ファンも多い。面白くない。



 そんなナイトメアの対策を全くしないほど、仁成は楽観的ではなかった。


 こんなに強いなら日本大会以外にも出ているのではないかと、決勝戦で当たる以前から、知り合いのプレイヤー達に探りを入れてもらっていた。


 が、尋常ではない強さを持つにも関わらず、ナイトメアに関する情報は、本日の決勝戦に至るまで全く出てこなかったのだ。


 つまり、事前に仕入れられたのは、今まで何度も見た、何の参考にもならなかった準決勝直前までの配信アーカイブだけ。


 もっとも、異次元なパーフェクトゲームを乱造するようなプレイヤーがいれば、日本でも海外でもすぐ話題になるはずだった。


 だからこそ、調査結果そのものは妥当だと感じてはいるのだが……。



 釈然としない気持ちと、勝てるのだろうかという疑念をごまかすように、仁成は手元のコントローラーを握った。手の震えはまだ治りそうにない。


 彗星のごとく突如現れた絶対防御、人外ナイトメア、それが神納仁成が倒さなければいけない相手だった。



 「ナイトメア選手はここまでの試合、すべてノーダメージで制してきているのですが、mssbiむささびさん、果たしてジン選手に打つ手はあるのでしょうか」


「そうですねえ。私も気になってナイトメア選手の試合を見てみたんですけど、あの人間離れした防御をどうやって崩すのか、全然想像がつきません」



 ヘッドホン越しに、スーツを着たどこかの局のアナウンサーと、仁成としては違和感のあるスーツ姿のmssbiの声が聞こえてくる。


 mssbiが話しているとおり、ジン──アルプレでの仁成のプレイヤーネーム──選手こと仁成も、ナイトメアに勝つためのイメージはまったく掴めていなかった。



「ですが、ジン選手の攻めは凄まじいですからねえ。彼の攻撃の前には、さすがのナイトメア選手も、きっとこれまでのようにはいかないでしょう」



 mssbiに褒められたような気がして、仁成は少し誇らしく思った。


 仁成がアルティムプレインを始めたキッカケは、mssbiとの出会いだった。出会ったときは、まさか日本公式大会の舞台に呼ばれるほどの人物だとは思いもしなかったけれど。


 ゲームセンターでよく見かけるmssbiのジジ臭いラフな格好を想像して、仁成は苦笑する。


 震えていた手も少しだけ落ち着いてきた。彼には悪いが、緊張もいい感じに解けてきたらしい。



 ……そうだ、決勝戦まできたんだ。


 俺にできることは、これまでどおり目の前のことに集中して、楽しみながら、楽しんでもらいながらプレイをするだけ。


 決勝戦までパーフェクトゲームで上がってきた、大型すぎる新人との対決なんて、楽しさ激アツの展開じゃないか。


 絶対防御をリアルタイムで攻略していく、やりごたえ見ごたえ満載のゲームを楽しむんだ……!



 たぎる気持ちを整えるように、ヘッドホンの位置を微調整して、ゲーミングチェアに深く腰を掛け直し、息を吐きながらモニターに目線を戻す。


 そのままゆっくりと手元のコントローラーを操作し、愛用キャラクターである『ミコト』を選択した。



「私の力を見せてあげる!」



 仁成の気持ちとリンクするように、ゲーム画面のミコトが両手を構えてファインティングポーズをとる。


 ミコトは接近戦に強いキャラクターであり、総合格闘技の使い手であり、ショートヘアーの似合う美少女であり、仁成の永遠を誓った嫁メインキャラでもあった。


 右手を軽く上げてサムズアップする。目の前のゲームモニター、その向かい側にいるナイトメアに準備完了の意図を伝えるサインである。


 ほどなくしてナイトメアも、仁成と同じくミコトを選択し、サムズアップを返してきた。



 こいつの操るミコトだけには負けたくない──


 ──配信アーカイブで見てきたナイトメアのミコトには、キャラ愛が感じられなかった。


 血の通ったその人の練習量が垣間見えるのだが、そういうものが彼のミコトからは一切つかみ取れない。


 機械的に相手のミスを待ち、攻撃をいなし、処理する。


 勝ちを追求するスタイルと言えば聞こえは良いだろうが、それならミコトだけにこだわる必要性はないはずだった。


 だからこそ負けられない。



「さあ、両者、試合の準備が整ったようです」



 モニターに移る映像がキャラクター選択画面からステージ選択画面へと切り替わる。


 あとワンボタンで、決勝戦が始まる。



「最強の矛、死神のジン選手。最強の盾、人外のナイトメア選手」



 二つ名付きで呼ばれるのは恥ずかしいが、悪くないと思ってしまう自分がいる。



「同じキャラクターの使い手でありながら、対極のバトルスタイルを持つ二人──」



 絶対に負けられない、負けたくないミラーマッチ。



「──いよいよ、雌雄を決する時がきました!」



 アナウンサーのよく通る声に背中を押されるように、仁成は対戦開始のボタンを勢いよく押した。


 徐々に画面が切り替わっていくにつれ、会場の熱さも増していくように感じる。


 これまで戦ってきた試合、練習に付き合ってくれた仲間たちが、一瞬、走馬灯のように仁成の脳裏に浮かぶ。



「それではまいりましょう! 決勝戦、スリー! ツー! ワン!」



 全神経を集中させ、仁成はミコトと共に闘いに臨んだ。

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