小さな1歩、大きな代償

「死んでない...?」


俺の体は、無事だった。振動はまだ続いている。


でも、体は動くし、頭も回る。


ただ、目だけは真っ黒に塗りつぶされて何も見れない。




「グゥァァァァァ!」


すぐ側でモーリーが吠えている。




でも、こちらには何の被害もない。強い衝撃が来ることもあるが、それ以外は何も無い。




しばらく、その衝撃と格闘していると、揺れが止み、


モーリーの弱々しい声が聞こえた。




そこで俺は確信した。俺は今、モーリーと戦っていたということを。そして、俺は今こいつを、瀕死にまで追い込んでいるということを。




どうやったのか、具体的な方法ははっきりと分からないが


俺の視界が潰されていることと何か関係があるはずだ。




「ガァァァァァァ!」


また、頭上から咆哮が轟く。




これが、俺がモーリーを倒した理由だと思うんだがな...。




ふっ




急に視界が戻った。強烈な光が目に飛び込んでくる。




それと同時に、火の輪の中に倒れる緑の熊の姿も飛び込んでくる。




光に目がやられた時、モーリーを殺せたことに喜んだ。


が、周囲は既に火に囲まれている。




どうする...。いくらなんでもこの火の中から森の外に出るのは不可能だ。




焦る。刻一刻と火が迫る。逃げ場が塞がれていく。




ぽつ




頭に、水滴が落ちてくる。その水滴は瞬く間に量を増し、


大雨となって降り始めた。




「雨...。」




ややしばらく雨による鎮火が行われた。




雨は、体についた泥や、血を綺麗に洗い流していくが、


過去の過失は流してくれなかった。




俺の目の前には、体に爪の痕がくっきりと残った


チヅルが、冷たく静かに倒れていた。




既に目は濁り、言葉をかけても返事はない。呼吸も、脈も、ない。




俺は、チヅルを抱きかかえ、未だ雨が降る中を歩いて村に帰った。




チヅルの体は異常な程軽く、そこに命の重さがないことを


暗に伝えてきた。




「ただいま。」


当然、返事はない。みんな、死んだのだから。


俺とチヅルを逃がすために、死んだのだから。




「チヅル、少し待っててね。」


布団にチヅルを寝かせ、外に出る。




「嫌、だ。みんな、みんなぁ、」


涙が溢れてくる。俺に、優しくしてくれた人達だった。


1番住み心地のいい環境だった。


「置いてかないでよ...助けてよ...誰か来てよ...。


ここに、いるから...誰かきてよぉ...!」




どんなに大人ぶっても、どんなに目的のために頑張っても、


結局は10歳。


ついさっきまで話していた人がいない。それだけで簡単に精神は崩壊する。まして、恋人の死を目撃したのなら尚更。




「嫌だ、じいちゃん、チヅル、野菜くれるばあちゃん、


ムルウー、誰か、返事してよ...。誰か聞いてるんでしょ...。誰か...。」




大雨の中、一人の少年の悲痛な叫びは、雨音でかき消されていった。




「チヅル、待たせたね。」


布団に横たわるチヅルに声をかける。




「今から、いい所に連れて行ってあげるよ。」


俺はそう言ってチヅルを抱えて家を出た。


目指すはまだ森の残っている部分。


雨は次第に上がり始め、小雨程度になっている。




その場所に着いた時には、雨は完全に止み、晴天が広がっていた。




「綺麗でしょ、チヅル。」




そこは、周りを木々に囲まれた小さな空間だった。


水滴が陽光を反射し、辺り一面が光輝く小さな、けれど美しい場所だった。




その空間の中央にチヅルを下ろし、横に座る。




「本当はね、子供ができたら、一緒に来ようと思ってたんだ。」


何の支えもなければ簡単に倒れていくチヅルの肩を抱き、


優しく、語りかける。




「でも、それ、は、それは、うっくっ、でぎないがら!」


ダメだ...。普段の俺を装えない...。




「チヅル...チヅルぅ。」


その後は、何も言えなくなった。


口を開いても、チヅル、と泣きながら呼ぶことしかできなかった。




俺は、世界を変える第一歩と引き換えに、


最愛の人と、優しい仲間を全て失った。

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