獣の重咆哮
チヅルと視線を交わす。
まずは、二人同時の波状攻撃。
俺は左、チヅルは右、そこから時計周りに攻撃を叩き込む!
爺さんの訓練で身につく動きは速度特化のヒットアンドアウェイ。その訓練を受けた二人が1つのものに波状攻撃を仕掛ければどうなるか。前後左右に綺麗に弾幕が展開され、中心に置かれたものは動くことが出来なくなる。
これは爺さんでも試したことだ。
「行けるぞ!チヅル!」
成功していることに気が緩み、チヅルを呼んでしまう。
「バカ!集中し「グゥアアアア」──」
当然、集中も乱れ、綺麗な弾幕にズレが生じる。
そして、それをSSランクの魔物が逃がすはずもなく。
放たれた特大の咆哮にチヅルとは正反対の場所へ吹き飛ばされる。
上手く衝撃を殺して草むらのに落ちる。
「チヅル!」
自分の安全よりもチヅルだ。あいつは...。視線を回す。
見えたのは、空中を高速で移動しながら鮮血を振りまき、
木にぶつかり、紅い大輪の花を咲かせる何かだった。
「え...?」
上手く、認識出来ない。今、何が飛んで行った?
何が弾け飛んだんだ?あの紅いのは、なんだ?
モーリーの方へ視線を向ける。なんであいつは、
右腕を振り下ろした姿勢で止まってるんだ?
『全部、わかってるだろ?わかってるからモーリーの方を見たんだろ?確認の為に、見たんだろ?』
違う今のは、チヅルじゃ、ない...。
『心は正直なんだよ。わかってるだろう?あれが、チヅルの血だって。』
そんなはずがない。チヅルは、俺より強い。俺より先に死ぬなんてありえない...。
『そのありえないことも戦場じゃあるんだよ。』
モーリーが近づいてくる。右腕を振りかぶった状態で。
チヅルがいなくなった。その場合、俺は何を目標にしたらいいんだ?
『おいおい、チヅルを幸せにできる男になることを意識しすぎて本来の目的忘れちまったのかよ。世界を変えるんだろ?』
世界を、変える...。
「バルカス家にアデルという子供はいない!」
「才能なんもなかったらしいな。」
「才能を貰えなかった人間は神の敵。そしてその神を信仰する俺らの敵だ。」
怒りが込み上げてくる。
ここまで来た経緯が、俺の怒りに油を注ぐ。
「てめえ、いや、てめえらか、覚悟しろよ。これは、お前らに対する挑戦状だ。」
朱く染り始めた視界でモーリーを睨みつけ、突貫する。
SSランクの魔物は他にもいる。それぞれ、二つ名がつき、○○型の頂点にたつとされる個体が種族ごとに。
そしてそのSSランクの魔物は、自然界においてもかなりの力を持つ。他種族間の諍いを防ぐ役割もそいつらがやることがある。
要するに
「こいつを殺せば、世界中の種族のパワーバランスが崩壊し、
今の世界体形が壊れる。」
明確な殺意を持った、才能を貰えなかった男が無手でSSランクの化け物へ突貫する。
その光景を見た者は全員腹を抱えて笑い転げ口を合わせて言うだろう。
「勝てるはずがない」
と。
でもここに、一つの大きなイレギュラーが発生する。
視界が朱一色に染まり、世界の動きが緩慢になる。
跳躍し、眉間に一突き、胸に一突き、腹に一突き。
人体でいうとこの正中線に重なる部位に突きを入れる。
拳を突き入れたモーリーの体の部分は異様な程膨れ上がり、
破裂音と共に緑の体液を撒き散らして倒れた。
「これ、は...?」
自分自身の事なのに分からない。今自分がしたことは覚えてる。 でも、それが出来た理由がわからない。
今のは爺さんが偶に木を倒すのに使ってた技だ。
確か穿孔って技だったか?
そこは大事じゃない。穿孔は、俺が、使える技じゃない。
なのに、使えた。やり方も教わってないのに...できた。
爺さんの意思か?俺に生きろってか?倒して、世界を変えろってことなのか!?
考えても、答えを教えてくれる者はいない。
爺さん...。存分に使ってやる。俺の戦いぶりを、成長した俺の姿を見ていてくれ。
モーリーに再度突撃しようとする。
が、体が、動かない。
「な!ぁ」
視界が朱から黒へ変わっていく。
何も、見えなくなった。
「なんだよ、これ。」
「グルァァァァ!」
モーリーが叫んだ。まだ少し距離があるな。早く目を戻さなきゃ...。
「ガァァァァァァ!」
え?
聞こえて来たのは頭上から。
一瞬で距離を詰めたのか!?
俺の視界はまだ戻ってない。無理だ、体も動かない。
攻撃を躱しようがない!
救われない世界で、必死に足掻いて世界を変えようとしたのに、その頑張り全部無駄になっちゃったな。
風を切る音が間近で聞こえる。
みんな、俺もそっちに行くみたいだ。ごめん。
直後、激しい振動が俺を襲った。
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