バルカス邸にて

真っ暗闇の森の中を全力で駆け抜け、俺の家。


バルカス領領主の邸宅へと辿り着く。




夜にも関わらずバルカス邸周囲は光と兵士に満ちていた。


それはまるで、誰かを探すかのようだった。




ふと、ソウの言っていた言葉が脳裏を掠める。


「バルカス家にアデルという息子はいないって


領主様は言ってたらしいぜ。」


そんな訳ない。父さんはそんなこと言わない。




でも...この状況を見てしまうと、絶対とも言えなくなる。




不安が心の奥底から溢れてくる。




裏口から、いや、隠し通路から入ろう。




森の中の大岩から3歩北に歩いた所にそれはある。




「いいか、ここは緊急の時以外絶対に使うなよ。」


小さい頃、何度もそう言われ、ただの一度も使ったことがなかった。




でも、




父さん。今は、緊急の時ですよね。




俺は迷わず穴を掘り、隠し通路へと身を入れた。






隠し通路の中は、人一人が腹這いになってやっと動けるような狭さだった。




その狭さと動きにくさに苦戦しながらも進んでいく。


すると、9の道に別れる場所に出た。


出た、とはいっても未だ腹這いなのは変わらない。




これは...家の各部屋と繋がってるのか?




...正面から行くか。目指すのは父さんの執務室だ。






「アデル...すまない。こうしないとバルカス家は


潰れてしまう。」




父さんが、執務室の机にうつ伏せになり、俺への謝罪と


言い訳を述べていた。




いつもは俺の気配を簡単に捉え、驚かしてくることもある父さんが、こんな近くにいる俺の気配にすら気づかないほど落ち込んでいる。




「父さん。」


俺は、父さん以外誰もいないのを確認して、机の真横から顔をだした。




「アデル...お前。どうしてそこから...。」




「家の周りがなんか物騒だったから念の為に。」




「おお、そうかそうか。まあそこから出てこい。」


父さんの目は、赤く充血していた。


ただ、それは泣き腫らした時のようなものではない気がした。




父さんは泥だらけの俺を部屋にあげた。




「で、早速だが才能はどうだったんだ?」


父さんがにこやかに聞いてくる。




「え?父さん、知ってるんじゃないの?」


ソウが言っていたのは嘘だったのか?




「ん?知らないぞ?」




「そうだったのか。」


都合がいい。今は才能を貰えなかったことは隠しておこう。


「俺は、経営の才能だった」




「そうか、経営か。領主になるのに必要な能力を才能で


もらえるとはな。さすがだ。」


父さんは俺の頭を撫でてくれる。


所々土に汚れた汚い頭を気にもせず。




「いたっ」


父さんの手が、頭を撫でるでは無く頭を掴むに変わっている。




「さすが、嘘つき小僧だな。」




「え?」




「聞いたぞパルツィ家の息子から。何でも、お前の才能はないみたいじゃないか。何故経営の才能だと言った?」




もう、話は伝わっていたのか...。てことは、


父さんは本当に俺の事を...。




「だんまりか?じゃあ次だ。お前、随分と他の子供達を


いじめていたらしいな?」




「父さん、それ、誰からの情報?」




「ん?パルツィ家の息子だぞ?」




「父さん、それは嘘だ。グッ」


父さんの拳が腹にめり込んでいる。




「シラを切るつもりか。」


父さんは無感情に俺の目を覗いてくる。




「違う、その情報は、ソウが、流した嘘だ。グフッ」


腹から体全体に衝撃が伝播される。




「領主として、領民をこれ以上愚弄する発言は許さん。」




「父さん、本当なんだって...。」




「ほう、では、ランズィ家の息子を騙し、そいつの金銭を奪った事。ハタルティ家のレッドウルフを殺した事。


───事。───事。───事。」




父さんは、俺の身に覚えのない罪を延々と述べた。




「全て、嘘だと?」




答えはもちろん。


「そうだ。ガハッ」




もう一度衝撃が体を襲う。




「どうやら、お前は本当に嘘つき小僧だったようだ。」


諦めたように父さんが俺を投げ捨て、頭を振った。




「なんで、」




「ん?」




「なんで、信じてくれないんだよ...。実の息子をなんで信じてくれないんだよ...。」




「何故、か。まず、さっきあげた事は、ここ数ヶ月以内に全て起こっている。ただ、誰も真犯人を知らないんだ。でだ、領主として俺はこの状況を収めようと奔走した。するとどうだ?


全てお前が遊びに出かけた日と一致した。


次に、複数人からお前の行動に対する批判が殺到している。


最後に、お前は今まで、遊びにでかけた時の事を克明に話してくれたが、それらは全て嘘だったということ。」




「な...。」




そんなの嘘だ。俺はやってない。




「それとな、アデル。お前は俺の息子ではない。お前に父さんと呼ばれるのもイライラしてきた。」




「嘘だ!じゃあ俺は今まで、誰に育てられてきたんだ!」




「今までの恩を仇で返すような子など知らん!」




なんで、こうなってるんだよ。なんで、俺をそんなに嫌うんだよ。




なんで、俺を見捨てるようになってるんだよ。


なんで、なんで、なんで。




「俺に、才能がないからか?俺に、才能がないから!


俺が、父さんに、何も返せないから!こんな仕打ちをするのか!」




「そうだ。だが、これは領主からの慈悲でもあるのだ。」




「慈悲?」




「そうだ。お前はこれからメルク教会のやつらに捕まり、


懲罰などを受けるだろう。死を望むほどの苦痛を


何年も味わうより、今一瞬で死ぬ方が良かろう?」


父さんはさも当然というように言ってくる。




「領主様、お呼びでしょうか。」




「おう、入れ。」




執務室の扉から声が聞こえる。聞き覚えのある声だ。


確か、領騎士の...。




「!!」




ゆっくり開く扉から鋭い銀光が入ってくる。




殺される!




俺は一目散に執務室にある窓から身を投げ出した。




「な!アデル!」




扉から筋骨隆々な大男が入ってくる。




「殺害対象はアデルだったんですか?」




「そうだ。あいつは才能を貰えなかった。だから、


殺すしかないんだ。」




「...そうですか。」




「もういい、下がれ。」




「はっ」








下には領騎士がひしめいている。




あの中に落ちたら、十中八九捕まえられて殺される。


嫌だ。なんで才能が貰えなかったからと言ってこんな目にあわされた挙句殺されなきゃいけないんだ。




家の壁を蹴りつけ、森に方向転換。そのまま森の中へ全力疾走。




後ろから来る大量の気配を完全に無視して森の中を走っていく。




この日、俺はアデル・バルカスではなく、ただのアデルとなった。

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