笑う街灯に頭を下げる
「お願いです。どうか私の願いを叶えてください」
夜道に一人で僕は祈るような思いで頭を下げた。
もう手をくれだって分かっている。ただ何もしないという選択肢を取れるほど心は穏やかではない。
「そうやってさっきから言われてもさあ。俺だって君の頼みは聞いてあげたいよ? でも俺街灯だし。そもそもさ、なんで俺な訳?」
「光っていたからです」
そう僕の目には街灯が光って見えた。それはまさに神秘的としか言えない圧倒的な存在感。ここに街灯がある事に気づかない人は居ないだろうというあの胸が熱くなる高揚感はなにものにも変え難かった。だからこそ僕は目の前の街頭に頭を下げて着いてしまった決着に少しでも抗おうとしているのだ。
「当たり前だろ? 俺街灯だよ? 分かってる?」
「はい」
「分かってるの? 街灯の仕事は光って街を照らすことでしょ? それに夜に光ってる街灯は他にもあるからね?」
「それは分かってます。ですがどうか、この通りです」
俺は土下座をした。
人の通りが少ない夜だからといって誰も見ていない訳ではない。しかし願いを叶えてくれるのなら俺は土下座くらいしてやる。
「覚悟は分かるけど頼んでないから。それにさっきから言ってるけど無理だからね? 確かに俺は他の街灯とは違って喋れるけどそれだけだから」
「そこをどうにか」
こんなところで引き下がるわけにはいかない。暖かくなってきたとはいえ夜にじっとしていれば体は冷え、震え始める。しかし願いを叶えてくれるのなら僕はいくらだって薄着になっても構わない。
「いやいや、脱がないで寒いから。見てるこっちも寒いから」
「では、服を着たら叶えてくれますか?」
「そんなもとに戻る行動で叶える訳無いじゃん」
どうやら噂は本当だったらしい。夜喋る街灯に頼み込めば彼は口を滑らせる。から始まるあの噂は。
「……! やはり、叶えられるんですね」
「あ、……ああ、そうだよ。そおですよぉ」
「ならお願いです。服を着るので願いを叶えてください」
「願い、願いって言うけど君の願いは何なの?」
「僕の、願いは……」
笑われるかもしれない。いや、この光景がまさに笑い話のネタではないか。それに笑ってもらうべきなのだ。あの噂の通りなら。今更気にすることではない。どうせ終わったことだ。藁にもすがる思いなのだ。
「別れた彼女との復縁です」
「ハッ! そんなことか、人の欲も日に日に小さくなっていくな」
「僕が世の全てじゃないですよ」
「ハハッ! その通りだ。いいだろう。叶えよう。ただし確認は自分ですると良い」
「ありがとうございます」
僕は再び街灯に頭を下げた。
街ではこんな噂が流れていた。夜喋る街灯に頼み込めば彼は口を滑らせる。願いは叶えられる。笑わせられれば。
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