潜入中4

「これは、どういうことだ!」

 思わず強い口調で言ってしまったが無理もない。と思う。

 今俺の肉体はどこからどう見たって、自分の物ではなくなっている。声までそうだ。それに俺だけじゃない。ナメロウも、いや、ナメロウの板場所に居る者の姿はナメロウの物でない。考えていて頭が混乱してくる。

「まあ、落ち着きましょう」

「そうは言ったって」

「おい、スケロウ。このままあーだこーだ言っていても現状は進展しないぜ」

「そうかもしれないが」

「そうですね。少し静かにしてもらえれば説明しましょうか」

 担任の言葉で俺たちは口を閉じた。

「まずは、君たちの体について説明しましょうか」

「おう。お願いするぜ」

「はい。私たちは日々潜入スキルを身に着けている訳ですが、その一つです」

「ちょっと待った」

「何でしょう?」

「この肉体は変装とかそういうレベルを超えてるとしか思えません」

 そりゃあもう。指の太さも服装も見える部分は何から何まで違和感の塊だ。

「それは仕方ありません」

「何故です?」

「君たちはまだこの技術を習っていないのですから」

 確かにそのとおりだ。俺はナメロウと同じクラスで同じ授業を受けているため程度の差こそあれやってきたことはほとんど変わらない。どちらかが知っていてどちらかが知らないということはなかろう。

 そのうえ、今のところ学んでいることといえば、初歩的と言えばいいのか、これまでにこの学校に来る前にも不可能でないピッキングやら話術やらがメインだった。そこでこんな魔法のようなものを見せられてしまえば混乱必至だ。

「なら、どうして習ってないことが僕たちの身に起きたんだ?」

「それは私の技術ですよ」

 担任はポケットから折りたたまれた布を取り出して自らの身体を隠した。

「これじゃあ何も見えないじゃないか」

「……」

 珍しく担任から返事がない。

 それからもゆらゆらとたなびかせている布を見守っているとパッと布が上へ投げられた。思わず目で追ってしまってから視線を戻すと布が担任の背の高さまで降りてもその姿は見えなかった。そのまま地面へと着いた。うずくまったような人のシルエットを残して。

 しゃがんだだけ? ただのマジックですらないじゃないか。

「はあ」とため息をつこうと口を開くと、

「ジャンジャジャーン!」

 と高い声とともに布から人が飛び上がってきた。

「うわっ」

 と反射的にナメロウとともに警戒するも見た目は担任の物ではなくなっていた。

「どうだい。これが君たちが体験している現象の一部だよ」

 何故かしゃべる方まで変わっている。

 担任の不思議な雲を掴むような、というよりも目立つ格好だったあの担任が居ない。これでスパイ学校の教師をやっていたことへの回答を得たような思いだった。

「すげー」

 ナメロウは興奮気味に声を漏らしていた。

 確かにすごい。こんなものずるだ。

「何よりも敵を欺くにはまず味方から。自分も欺いてみせようという訳さ」

 担任の言葉どおり俺は今自分の体をそれと判断できなかった。

 同級生の来ている女子制服に身を包んだ担任。それに見合った見た目に変わっている現実。そして言葉の最後のウインク。完全に欺かれている。

「なあ! 僕にもこれを教えてくれないか!」

 ナメロウは先程と違いはっきりと、そして、立ち上がって堂々と声を出し頭を下げた。

「だーめ」

 どんな想像力を働かせようと普段の担任の姿からは出てくることのない類の可愛らしい声、仕草でナメロウの願いは取り下げられた。

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