潜入中2
彼は勇気の持ち主だった。
彼は強き者だった。
それゆえ力は正しい方向へと使われていると確信していた。
たとえ世界を見れば何も起きていないことと同じでも。宇宙を見れば何も起きていないことと同じでも。
「やめ、やめて」
「へへっ、それはできないな。約束を破ったことはお前が悪いんだぜ?」
「でも、僕だって好きで破った訳じゃあ」
「うるせい! そんなことは知ってんだ! なんだ、だからお前は許されて当然だと?」
「そうは言ってもこれだって必要はないことじゃ」
「そうかもな!」
彼は見てしまったのだその光景を。
しかしそこでただ触らぬ神に祟り無しと立ち去ってしまえば良かったものを彼は関わる道を選んでしまった。
そのことが人生に強制的な転機をもたらすことになるとはその時は考えもしなかったことだ。
「駄目じゃないか」
「なんだよ。兄さん。俺が何かしてたか?」
「筋肉ムキムキの男が小さな女の子に対してしていいことじゃあ無いだろう」
彼は怯むことなく前へ出た。
少女のような容貌の持ち主を守るように仁王立ちの姿勢をとった。
「あのなあ、俺たちの勝手だろ? あんたは部外者なんだからほっとけよ」
静かに燃える怒りの炎には急速に薪がくべられていた。
ふつふつと確実に激情へと変貌の片鱗を見せつつあった。
今では先輩の、当時はただのチンピラとしか見ていなかった。実力の差を正しく認識できていないせいもあったが、
「勝手じゃない! 社会のできごとだ。俺も一員である以上介入する権利は持ち合わせているはずだ」
そしてその場の全員が思ったことだろう。面倒な奴が現れたと。
「お兄さん。私も彼に呼び出されてここに来たの。今の状況は同意のうえ、むしろ自分に対する戒めのためなの。さあ、早くここから離れた方が身のためだわ」
少女はそこで彼がその場にしゃしゃり出てきてからはじめて声を発した。
あまりの甘ったるさに彼は意識を一瞬なりとも失った。
「そうだぜ、どっかへ行くのは兄さんのためでもあるんだ」
彼には言葉の中身など既に聞き取れていなかった。いや、はじめから見かけたときから少女の音を耳にし脳は機能停止していたと考えたほうが分かりやすい。彼はそのまま少女を見下ろした姿勢のまま呆けていた。
するとやがて、ビリビリバチバチと路地の壁に穴が開いて紫色の空間から手が伸びた。
非現実的現象に直面してやっと意識を取り戻した彼だったがもう遅かった。
「残念だったな」
「ごめんなさい」
筋肉ムキムキ男と甘ったるい声の少女に人のものとは思えぬ力で穴へと突き飛ばされた先は既にスパイの養成学校でもう彼に日常へと戻る術は残されていなかった。
「お前も連れて来られたのか?」
そこでもさらに現実を受け止められない彼に対して隣から声がした。
「いや、なんか壁がバチバチ〜って」
「そうか、僕は首根っこ掴まれて空を飛んでここに」
「……」
高所恐怖症の彼は想像だけで膝が笑ったが必死に作り笑いを見せて強がったりして見せていた。
「やあ、ようこそここは君たちのような運の悪い人が来る場所じゃ無いのですが、君たちはもう外の世界で生きられないと思ったほうがいいですよ」
サーカスの団員のような見た目で空を飛びながら話しかけてきた奇っ怪な男は少しずつ目線を下げさせる。
彼は隣の男の方が信用に足ると感じ視線を空飛ぶ男へ向け続けた。
「どういうことだ」
叫んだのは隣の男だった。
「なに、そんなことすぐに気にはならなくなりますよ。さあ、君たちの入学を認めましょう」
突然視界の霧が晴れた。
霧がかっていたことすら認識できなかった周囲が一気に明瞭な見た目を表に出す。
特別な設備など見当たらない普通の見た目の学校がそこにはあり彼は自分がその校庭に居ることを確認した。
「これは……一体?」
隣の男は声を発したものの答える者は居なかった。サーカスの団員のような男も姿を消しておりただただ途方に暮れてしまった。
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