第16話

ユミルが騎士団訓練所から持ち帰った三角牛の乾燥肉は、同じレシピで公爵家の人々に夕食として振る舞われた。

口々に美味しいと告げる家族にユミルは満足げに微笑む。


「お父様、今日のスープは気に入ってくださったかしら?」

「あぁ。兄のレシピを使って作ってくれたと屋敷の料理長から聞いたよ……ありがとうユミル。まるで兄の料理を食べている気分だ」


今は亡き兄に思いを馳せるのはドードンだけではない。

トリアやジェダル、ミルファも同じだった。それぞれが愛した夫を、または父の事を思い出しているのだろう。


「よかった!お父様のお墨付きなら魔物の肉でも安心して王家に提出できるわ!」


ユミルのその言葉にドードンがピタリと動きを止める。


「……ユミル、今……なんと言ったのかな?」

「安心して王家に提出できるって言ったわ。それがどうかした?」


首を傾げるユミルにドードンはそうじゃないと首を横に振る。


「これは、魔物の肉が……使われているのか……?」


震える手で彼はスープの中に沈む肉を凝視する。


「えぇ、そうよ。安全かどうか心配してるなら騎士団の方々に調べて貰ったから問題ない………お父様?」


言葉を続けるうちにドードンが小刻みに震えているのに気が付いてユミルは首を傾げる。

そしてハッとした。

いくら優しい父でも魔物の肉を食べさせるなんて、と激怒するかもしれない。

慌てて食卓を囲む家族を見てみれば皆驚いたようにスープを見つめている。

やはり魔物の肉を食べるという発送は常識的に考えられないようだ。


「ユミル」

「は、はいっ」


怒られる、と身構えた瞬間ドードンは食事中だというのに勢いよく椅子から立ち上がった。



「よくやった!これで食料不足が解決する!!」



「……え?」


ドードンはポカンとするユミルに歩みよりがっしりと抱き締めた。


「そうか、そうか……ユミルが肉を求めていたのは食料不足で困る人々を救うためだったのか……魔物の肉に着眼して調理法まで調べようとしていたとは……!なんていい子なんだ!」

「あ、え?お父様?」


訳もわからずされるがままになっているユミルは困惑を隠せない。

どうやらドードンの中で『食料に困る人々のために魔物の肉を求め、独自に食料不足の改善方法を探っていた娘』として認識されしまったらしい。


「違うんです!私はただ本当に美味しいお肉が食べたいだけで……」

「取り繕わなくていい。今まで分かってやれなくてすまなかった……もし魔物を食料に出来るのなら畑を作ることができない土地でも食べ物に困ることはなくなる。魔物は至る所に生息しているからな。さすが我が娘、目の付け所が違う。困窮する人々を思うその心に私は感動した!これからは騎士団の訓練に同行することを許そう、危険を恐れていては人々を救うことなどできないからな」


ドードンは完全に勘違いしているが、ユミルは父の言葉にキラリと目を輝かせた。


「……お父様、騎士の訓練に同行していいって本当?美味しそうな魔物を見つけたら持って帰ってもいい?色々調べたらどれが食べられてどれが食べられないか、もっと詳しい事も分かると思うの!」

「もちろんだ!食用可能かどうかは公爵家と縁のある機関で調べさせよう。好きなだけ持って帰っておいで」

「……!お父様大好き!」


ユミルは行儀が悪いと分かりながらもドードンに抱き付く。

母であるアネッサはその光景に自分の娘が知らない間に立派に成長していたと涙ぐむほどだ。

それはアネッサだけでなくトリアやミルファもだった。

ユミルが困っている人を救うために小さいながらも必死に頑張っていると真に受けてしまっている。



ただ、ジェダルとラスだけはユミルがそんな崇高な考えで行動するはずがないと思っているので何とも言えない微妙な表情を向けていた。

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