第15話

「お前が三角牛を一人で倒したってヤツだろ!他の団員から話を聞いて勝負したくてウズウズしてたんだ、なんでもいいからオレと勝負しろ!」

「……何か勘違いされているようですが、私ではありませんよ。三角牛をたった一人で討伐したのはこちらにいらっしゃる私の主人です」

「……ど、どうも」


ラスの後ろからひょこっと顔を出したユミルは軽くお辞儀をする。

もし彼が『三角牛を一人で倒した人間と勝負がしたい』と言うのであればそれに該当するのは自分だ。正直に名乗り出た彼女を見てアシュトンは一瞬ポカンとした後眉間にシワを寄せた。


「そんな可憐な女の子が剣なんて持てるわけないだろ!?」

「あらまぁ」


可憐と誉められユミルは嬉しそうに声をあげるが、ラスは胡散臭いものでもみるような視線をユミルに向けた。


「お嬢様が……可憐?」


確かに黙っていれば見惚れるような容姿ではあるが一度口を開けば肉肉肉……可憐な要素など何処にあるというのだろう。

そんなラスの心中など欠片も感じ取れないユミルは「ラス聞いた!?可憐だなんてはじめて言われちゃった」と浮かれている。


「とにかくオレと勝負――」

「いい加減にしろ!」


ノルマンがアシュトンの頭部を思い切り殴り付けた。

ガツンッという重い音と共にアシュトンは頭を抑えて踞る。

痛みで言葉も出ないようだ。


「愚息がご迷惑をおかけして申し訳ない」


ノルマンはラスに向き直ると深々と頭を下げる。


「いえ、お気になさらず。うちのお嬢様に比べたら可愛いものですから」

「……うぐ」


迷惑をかけているという自覚があるユミルは小さく唸る。


「さて、お嬢様。我々はそろそろお暇致しましょう」

「え、まだスープ残って……」

「お、い、と、ま、し、ま、しょ、う」

「……そ、そうね。そうしようかしら」


ラスの顔には『面倒ごとに巻き込まれるのは断固として拒否する』とありありと書いてある。

まだ出来たばかりのスープに未練はあるが仕方ない。

ユミルは残っていた三角牛の乾燥肉を包んでもらうとノルマン達に礼を述べて騎士団訓練所を後にした。






帰りの馬車の中、ユミルは申し訳なさそうに座席の上で縮こまっていた。

ラスの言葉に改めて自分が如何に彼に迷惑をかけていたか自覚してしまったのだ。

肉が食べたいとただをこねてみたり、肉を探して街に連れ出してみたり、肉を求め騎士団の訓練見学に付き合わせたり。


「あの……ラス……。迷惑かけて、ごめんね」


ぽつりと謝罪の言葉を口にすれば向かいに座っていたラスはきょとんとした顔で首を傾げる。


「突然どうされました?」

「私、お肉の事ばかりでラスに迷惑がかかるとか……考えてなかったの……迷惑をかけてごめんなさい」

「今更ですね」

「うっ……」


容赦なく一刀両断されてしまいユミルは唸る事しかできない。


「確かに……お嬢様は後先考えず飛び出して肉肉肉と、貴族のご令嬢ではまずあり得ない行動を取ることが多いです」

「……」


返す言葉もなくユミルは眉を下げた。

事実なだけに言葉が刺さる。


「ですが、それがお嬢様らしくていいと、私は思いますよ」

「ラス……」


思いがけない言葉に顔を上げるとラスは目を細めては微笑んでいた。


「お嬢様は今のままで、私を振り回すくらい元気なままでいてください。私はどこまでもお供しますから」

「うん、ありがとう……ラス」


ラスの言葉にユミルは頬を緩める。

思うままに行動してきたユミルだったが、心のどこかで自分の我儘を押し付けすぎて嫌われてしまったらどうしようという不安もあったのだ。

肉に意識を取られて埋もれていたその感情は、一度意識してしまえば中々忘れられない。


肉を追い求めすぎて回りに嫌われるくらいなら、いっそ諦めてしまおうかと考えはじめていたユミルをラスの言葉が引き留めた。


これが尚更ユミルの暴走を加速させることになるのだが、その事をラスはまだ知らない。

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