第13話

「という訳でやって参りました騎士団訓練所!」

デテンと効果音を背負い、両手を腰にあて仁王立ちで訓練所に通じる入り口を見上げるユミルはテンションが高い。

ジェダルから叔父のレシピノートを借り父の許可を得て、そのレシピを試してみることにした。

いざ街へ食材を買いにいこうとした時、騎士が一人公爵家を訪れた。以前ユミルが仕留めた三角牛が食べられるかどうかという結果を伝えに来たのだ。

結果は食べることは可能という事、ただ味はいまいちだという。それを聞いたユミルは文字通りの飛び上がって喜びそのまま騎士団の訓練所に向かった。


「美味しいお肉が私を待っている!今行くわよ私の愛するお肉ちゃん!」

舞台女優のように声高らかに叫ぶユミルに訓練所入り口の警備員達はそっと目を反らす


(わかる……分かるぞ、その気持ち。どう見ても頭のおかしい令嬢だもんな)


ラスは思わず苦笑を浮かべる。

それに気付く事なくユミルは少々音程の怪しい鼻唄を歌いながら訓練所に足を踏み入れた。


「こちらでございます、どうぞお足元にお気をつけ下さい」

先導してくれるのは公爵家に知らせを持ってきた騎士だ、彼に案内されてついたのは書斎のような立派な部屋だった。

「ただいま団長を呼んで参りますので、しばしこちらでお待ち下さい」

革張りのソファーに座るように促されユミルは遠慮なく腰をかけ、ラスはその斜め後ろに控えた。

どうやらここは騎士団長の書斎らしい。


「……わざわざ団長さんなんて呼ばなくても、お肉さえあればそれでいいのに」


団長がくると聞いたユミルは居心地が悪そうにポツリと呟く。


「騎士の方々からすれば、そう言うわけにもいかないでしょう。なにせ、お嬢様は圧倒的な剣捌きで三角牛を倒したのですから」

「あら、あれくらい他の子達だって出来るでしょう?貴族の女の子は難しいかもしれないけど男の子なら余裕で」

「出来ません」

「……きっと騎士団の方々なら簡単に」

「出来ても数人でしょうね。簡単に三角牛を一人で討伐できるのは隊長クラスかそれ以上の者達だけでしょう」

間髪いれずに答えるラスにユミルはなんとも言えない表情になった。

その時、控え目にノックの音が響く。返事をすれば二人の男性が入ってきた。一人は討伐訓練の時に指揮官を勤めていたライアンだ、彼は何やら小さな包みを抱えている。

もう一人は白髪混じりの短髪に黒い眼帯を嵌めた大きな熊のような男だった。騎士服の胸元には騎士団長を表す勲章がつけられている。彼が騎士団長で間違いなさそうだ。

幼い子供なら怯えて立ち竦むような風体だが、ユミルはソファーから立ち上がるとスカートの裾を軽く摘まんで一礼した。


「はじめまして。私はディーダ公爵の娘、ユミルと申します。この度は突然押し掛けてしまい申し訳ありません。騎士様から三角牛についての報告を受け、自分の目で確かめたく無理を言って押し掛けてしまいました。お忙しいところお時間を作っていただいてありがとうございます。」


ユミルの挨拶に熊のような男はくしゃりと目元にシワを寄せ、胸元に片手を当て礼を返す。


「はじめまして、ディーダ嬢。私は騎士団団長、ノルマン・ディックともうします。まずは先日は我が騎士達はのせいでその身を危険に晒してしまったことお詫び申し上げます。」


見た目とは裏腹にその所作に荒っぽさはなく、寧ろ紳士的と言える。

ユミルはノルマンやライアンと軽く挨拶を交わすと早速肉の話題を切り出した。


「早速なのですけど、三角牛のお肉はどちらに?」


よほど気になるのか落ち着きのない様子にノルマンは苦笑を浮かべる。


「こちらに」


スッと手を上げるとライアンが抱えていた包みをテーブルに置いた。

丁寧に開かれたその中には保存食のように乾燥させられ、一口サイズに分けられた肉の欠片がある。

それを見た瞬間、ユミルの瞳はキラキラと輝いた。


「長期保存が聞くように処理してあります。ただ、味はお伝えさせていただいたようにあまり……」

「いただきまーす!」

「「あ」」

ノルマンの話もよく聞かずユミルは肉の欠片を手に取ると口に放り込む。止める間もない動きにライアンとラスが思わず声をあげた。

周りの目など気にしないユミルは乾燥させられたものとはいえ、やっと食べられる牛肉にありつけて満面の笑みだ。

しかしその笑顔も一瞬のうちに消える。


「……美味しくない」

「お嬢様、お行儀が悪すぎます」


へにょんと眉を下げ、顔の中心に皺を寄せたユミルをラスは呆れながら注意する。


「それに、最初に味はあまりよくないと報告を受けたでしょう」


何を考えているんだという副音声まで聞こえそうな言い方にユミルは涙目になりながら口の中の肉の塊を飲み込んだ。

やっとお肉が食べられるという嬉しさのあまりに口にしたそれはゴムのような弾力で中々噛みきれないし、小さい欠片一つ食べただけなのに妙に口の中が油っぽい、そのせいか味もよくわからない。飲み込めたのが奇跡だと思えるほどだ。


「あー……やはり、そうですよね」


ノルマンはなんとも言えない顔でユミルを見つめた。

まさか公爵家のお嬢様がこんなものを食べるとは思いもしなかった。食用か調べることになった時も何かの冗談かと疑ったくらいだ。


「……申し訳ありませんが、口直しのお茶を用意させていただけませんか?」


主人の様子を見て申し出たラスだが、すぐにユミル本人に止められた。


「待ってラス、お茶は大丈夫よ。ディック団長、騎士団の厨房をお借りできませんか?このお肉を美味しくできる方法があるかもしれません」

「厨房……ですか」


困惑した様子のノルマンはユミルを見てからラスに視線を向ける。

まるでこのお嬢様は何を考えているんだ、と問うようだ。


「……ご迷惑おかけして申し訳ありません」


こういう人なんです、という言葉を飲み込みながらラスはノルマンに頭を下げた。


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