第11話

公爵家の新たな家族達のお披露目は滞りなく行われた。

問題はその後に起きた。お披露目会が終わりその片付けに使用人達が奔走している中、なんの前触れもなく彼がやって来たのだ。

「遅くなってしまったけれど、私にも祝わせてくれ。我が婚約者候補殿に新しい家族ができたことを」

そういってユミルの前に立つのは濃い灰色の髪を項で束ねた美男子、ユミルより三歳年上の第三王子アンバーだ。

すっかり忘れていたが彼女はアンバーの婚約者候補だった。


(……お肉しか頭になくて忘れてたけど、そういえば王子様の婚約者候補だっけ……)


乙女ゲームのシナリオでは、ユミルは公爵家の権力や卑劣な嫌がらせなどを駆使し他の候補者達を蹴落としてアンバーの婚約者になっていた。

しかし肉への情熱に思考の七割……いや、八割を傾けているユミルにとってもはや王子との婚約などどうでもいい。

寧ろ婚約なんてしたくない。

王子の婚約者になろうものなら行動が制限されてしまうことは明白。

美味しい肉探しが出来なくなってしまう。


「後日王城へ挨拶に伺う予定でしたが、殿下自ら祝いに足を運んでくださるとは……光栄です」


ドードンが感激した様子でアンバーに頭を下げる。


「気にしなくていい。このまま婚約が成立すればいずれは私も家族になるのだから祝うのは当然の事だ」

「あ、それは有り得ません。私、婚約者候補を辞退しますので」


ユミルの言葉に空気が一瞬で凍りつく。


「ユミル!?な、何を言い出すんだ!」

血の気の引いたドードンが慌ててユミルに注意するが彼女はにっこりと微笑みアンバーを見つめる。


「王家にとって魅力的な血筋のご令嬢は他にたくさん居ますもの。私でなければならない理由など無いでしょう?ですから私は婚約者候補を辞退します」


蝶よ花よと育ててきた娘がさすがに王族に対してこの様な物言いをするのはいただけない。どこで教育を間違えたのかと頭を悩ませるドードンを他所に、ユミルから婚約者候補の辞退を告げられたアンバーは目を丸くする。


「それだけではありません、私は殿下の婚約者になるより大切な夢があります、だから万が一婚約者に選ばれて行動が制限されると困るのです」


自国の王子を目の前にして堂々と語るユミルは自信に満ち溢れていた。


「その夢とは何か……聞かせてもらえるか?」

アンバーは王家との縁を繋ぐことよりも大切だと言い放ったユミルの夢がなんなのか気になり尋ねてみた。

「美味しいお肉をたくさん食べることです!」

その言葉にドードンはついに意識が遠退いた。父親の心中など気が付かないユミルは言葉を続ける。

「この国の料理がけして不味いわけではありません、腕の良い料理人もたくさんいらっしゃいます。けれど私の望むお肉料理には程遠いのです。私は至高といえるくらい美味しいお肉が食べたい……その為なら人生をかけてもいいと思うほどに」

至高の肉料理、それが何かはユミルの頭の中にしか答えはないが話を聞いていた何人かの使用人は想像してごくりと唾を飲み込んだ。

「殿下の婚約者になれば王妃教育は必須、その時間を私は至高のお肉料理を探し求めることに当てたいのです。人生は一度きりですから自分の人生に妥協して後悔はしたくありません」

ですから婚約者候補は辞退致しますと繰り返したユミルをアンバーはじっと見つめる。侮辱されたと気分を害した訳ではない、ただ不思議だった。『至高の肉料理』とやらを求めるその情熱が彼には理解できなかった。

食事なんて不味くなければなんでもいいと思っている。生命活動を維持するために体に栄養を取り込む、それだけのことだ。自分にとっては取るに足りない事なのにどうしてこの少女はそれが宝物であるかのようにキラキラとした顔で語るのか。分からないからこそ知りたいと思った。


「……貴女の言い分は理解した。けれどこれは私と貴女だけの問題ではない、王家と公爵家の問題だ。婚約者候補を蹴ってまで至高の肉料理とやらを求めたいのならその価値がある程の物だと私を含めた王家に証明してほしい」

「証明、ですか?」

「あぁ。期限は一年。一年後の今日、王家に至高のところとやらの研究成果を報告してくれ。それで国王陛下や妃殿下を納得させることができたら婚約者候補から外して貰えるよう私が進言する」

「一年……分かりました」

その場を見守る誰もが無理だと思った。

しかしユミルは何か策でもあるのか笑顔で頷いて見せる。


「一年後の報告を楽しみにしている」


アンバーはふ、と小さく口許を綻ばせるとそのまま公爵家を後にした。

この後、ユミルは公爵夫妻に三時間のお説教を受けることになるのだが王家の馬車を見送る彼女はまだそれを知らない。


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