第10話

トリアを公爵家の第二夫人として受け入れジェダルとミルファが義理と兄と姉になった二週間後。

ユミルは自分の部屋にジェダルとミルファを呼び出していた。

二人が揃うなりユミルは腰に手を当てふんぞり返ると満面の笑顔で口を開く。


「ジェダルお兄様とミルファお姉様の御披露目会の準備をしたいと思います!」


「御披露目会……?」

「……めんどくさ」


こてりと首をかしげたのがミルファ、眉間にシワを寄せてぼそりと呟いたのがジェダルだ。


「ジェダルお兄様、面倒なのはよーく分かるわ。私も最初の頃は綺麗なドレスが着られる事より、何時間もじっとしていなきゃいけないのが嫌で嫌で仕方なかったもの」


自分の呟いた言葉に同意したユミルにジェダルは怪訝な顔をする。


「でもね、しっかり自分に合った服を身につけないと貴族ってやつはすぐに人を見下してくるの。もちろん、皆が皆そういう腹黒ばかりじゃないけど」

「別にそのくらい気にするもんか。見てくれでしか判断出来ない奴らなんてほっとけばいい」


ぷいっとそっぽを向くジェダルにユミルは真剣な眼差しを向ける。


「確かに自分一人がどう言われようがそんな相手は無視すればいいんだけど、もしそれで一緒にいる叔母様やミルファお姉様まで馬鹿にされたら?ジェダルお兄様は無視できる?」


ジェダルがはっとして顔をあげるとじっとこちらを見つめるユミルと視線がぶつかった。


「私は嫌よ。私のせいで大好きな家族が他の誰かから馬鹿にされるなんて。だからしっかり戦装束を身に付けて、馬鹿にしようとしてきた人達を返り討ちにしてやるの!」


ニヤリと笑うその笑顔が何処と無く頼もしく思えて、気が付くとジェダルは御披露目で着る服選びを了承していた。

悔しいけれどユミルの言うことは納得できるものだったからだ。

服ひとつでそこまで変わるとも思えないが大事な母や妹が馬鹿にされるのは耐えられない。父の居ない今、二人を自分がしっかりと守ってやらなくてはと思う。

そんな思いで用意された大量の服を選んでいく。

服といっても様々でよく見てみるとシャツ一枚取ってみても襟や袖のデザインが全部違う。

色味も微妙に違っていて身につける靴や装飾品によって組み合わせは無限に広がっていた。

この中からどうやって服を選べばいいのかジェダルが頭を抱えていると、衝立を挟んだ向こう側からユミルとミルファがドレスを選ぶ声が聞こえてくる。


「ミルファお姉様にはこの色が似合うと思うの!あ、でもこっちのフリルも捨てがたい!」

「そうかしら……えへへ、ユミルちゃんにそう言われるとお姫様になったみたいで……少し照れちゃうな」

「ん"ん"ぁ"ー!!お姉様てばマジ天使!!」


……とんでもないダミ声が聞こえた気がするがきっと気のせいだ。

見た目は美少女の義妹が出した声だとは思いたくない。

別の意味で頭を抱えているとユミルの執事、ラスが黒い箱を抱えてジェダルの元にやってきた。


「失礼します、ジェダル様。もしお気に召すものがなければこちらなどいかがでしょうか?旦那様からの贈り物です」

「……公爵様が?」


義理の父となってもドードンを父と呼べないのはジェダルにとって亡くなった父こそが唯一の父親だからだ。

そんなジェダルの気持ちを分かっているドードンはジェダルがよそよそしくとも何も言ってこない。

しかしジェダルはそうとも知らず、もしかしたら家族のような扱いは今のうちだけでいつか追い出されるかも知れないと不信感を募らせていた。


ドードンから贈られてきた箱を眺めてみる。

黒い箱は少し劣化していて新品でないことは一目で分かった。


(やっぱり……俺みたいな平民には新品なんて勿体ないってことなんだろうな……)


卑屈に思いながら箱を開けてみると、その中に入っていたのは一組の立派な礼服だった。

礼服なのにかっちりとしすぎないデザインはジェダル好みで、ベストや上着はグレーで統一されている。しっかりと手入れされていたようでセットの靴もピカピカだ。

ジェダルが思わず礼服に見とれているとラスがふわりと微笑む。


「こちらの服は旦那様のお兄様……ジェダル様のお父様がジェダル様と同い年の時に気に入って着ていたものだそうです。背格好が近いのでもし気に入ればとのことでした。旦那様は大事に取って置かれたそうですよ」

「父さんが……」


上着を箱から取り出してみると滑らかな手触りに上質な生地だとすぐに分かった。

鏡の前に立ち、恐る恐る体に当ててみると鏡の中に自分の父親とよく似た顔立ちの少年がいた。


『ドードンのやつ、ずっと大事にしてたのか。もう俺は着れないのにな』

「っ!?」


一瞬だけ父の声が鏡から聞こえた気がしがしたがそこに写るのは目を見開いた自分の姿だけ。

間違いなく幻聴のはずなのに嬉しそうな、昔を懐かしむような父の声は耳の奥に染み込んで離れない。


(公爵様は……俺が思うような悪い人じゃないのかもしれない……)


そう思えたのは父が気に入っていた服を大事にもっていてくれたからだろうか。

それとも優しい父の声が聞こえたせいだろうか。


(……俺は、これからちゃんと向き合わなきゃ。公爵様達と……そして母さん達を守れるくらい強くなる。そしたらきっと父さんだって安心してくれる)


ジェダルはそう心に決めると手に持っていた上着を羽織った。

それはまるで彼のために誂えたかのようにぴったりだった。


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