第9話
ユミルの叔母は名をトリアといった。
その子供達はどちらもユミルより歳上で兄はジェダル、妹の方はミルファというらしい。
歳を聞くとジェダルはユミルの二つ上、ミルファは一つ上とのこと。
見た目から年下か同い年と思っていたユミルは大いに喜んだ。
「私、上の兄弟が欲しいってずっと思っていたの。お兄様とお姉様が一気にできるなんて夢みたいだわ」
お茶を飲んでいる間にすっかりユミルはジェダルとミルファの兄妹になついたようだ。
一方でトリアはまだ少し戸惑っているようでジェダルは警戒心が解けていないのか、母であるトリアと妹であるミルファを守るようにじっとユミルやその後ろに控えるラスを見つめている。
唯一反応を示したのはミルファだった。
「……私が……お姉様?」
彼女がこてりと首を傾ると肩まである栗色の髪がさらりと揺れる。癖っ毛と言うこともあり茶色いトイプードルが首を傾げているように見えてユミルはふにゃりと頬を緩めた。
「そうよ!家族になるんだもの!ミルファお姉様って呼んでいいかしら?」
ユミルの言葉にミルファは目を瞬かせたかと思うと同じ様にふにゃりと笑う。
「うん……ふふっ……こんなに可愛い妹が出来るなんて嬉しいな、よろしくねユミルちゃん」
「うん、仲良くしてねミルファお姉様!」
えへへ、と無邪気に笑い合う少女二人に空気が和む。
何処と無く笑顔が似ているのはやはり従姉妹だからだろうか。
ユミルと微笑み合う自分の娘を見ながらトリアは人知れず安堵していた。
元々おっとりした性格ではあったが元気に笑う子だったミルファは、父親を亡くした直後から笑わないどころか一言も喋らなくなっていたのだ。
まだ亡くなってから二日しかたっていない、ショックから立ち直れないのはミルファだけでなくジェダルもトリアも同じだった。
時間が過ぎれば気持ちの整理がつくだろうとは思っていたが、トリアは喋らなくなった娘を心配していた。
だからこうして娘が笑顔を取り戻せた事を嬉しく思う。
暖かい気持ちで少女二人のやり取りを眺めていると不意にノックの音がして、先程飛び出していったアネッサを引き連れたドードンが戻ってきた。
トリアが慌てて挨拶するより早くアネッサは彼女に駆け寄るとその体をぎゅっと抱き締める。
「っ奥様!?」
驚いて思わず声をあげたトリアにアネッサは涙声で謝罪の言葉を口にした。
「ごめんなさい、私ったら早とちりで……!大切な人を亡くしたばかりのあなたの気持ちを汲み取ることが出来なかったわ……どうか許して」
「そんな、奥様が謝ることなど……!私がきちんとご説明していれば誤解させることもありませんでした」
「説明させる暇など与えず飛び出したのは私よ、もっときちんと話を聞くべきだった」
「しかし私が……」
「いえいえ私が……」
「まあまあ、二人ともそこまでにして」
いっでも終わらない女性同士の謝罪合戦を止めたのはドードンだ。
「アネッサとも話し合ってきた。トリア、あなたをディーダ公爵家の第二夫人として迎え入れたい」
「第二夫人!?」
ドードンの言葉にトリアは慌てる。
「そんな……!私は使用人として雇っていただければそれで充分で……」
「兄の愛した家族を使用人にするつもりはない。もちろん第二夫人は肩書きだけだ、兄の子供達により良い教育を施す為にも母親であるあなたに肩書きがあった方が便利だからね」
「しかしっ…………あの、奥様。夫や子供はともかく私はただの平民です。公爵様の第二夫人だなんて形だけとはいえ醜悪な噂になるのでは……」
ドードンを説得しようとしていたトリアだが彼の意思が変わらないと見ると、アネッサの方に語りかける。
いくら夫が元貴族とは言え自分や子供達は根っからの平民だ、貴族の生活に馴染めるとは思えない。
それに貴族の世界は優雅なだけではない。スキャンダルが好物の貴族も多いと夫から聞いたこともある。その中の入れば間違いなく自分達は恰好の的になるだろう。
自分だけなら構わないがそれで義弟夫婦に迷惑はかけたくないと思った。
そんなトリアの心情をアネッサは察したようだ。
優しい微笑みを浮かべアネッサはトリアの両手をそっと包み込む。
「そんな噂がたったとしても真っ向から否定してやればいいのよ。それに真実は違うことを誰より私達が知っているもの、寧ろ真実をドラマチックに吹聴してドードンの株をあげるチャンスだわ。だからあなたは私達に遠慮することなんてないのよ?貴族の生活は大変かもしれないけど、その分子供達には一流の教育を受けさせてあげられる。得られる知識が増えればきっと子供達の未来に役立つはずよ」
アネッサの言葉にトリアは視界が歪むのを感じた。
夫を失った悲しみが言えたわけではないけれど、守ってくれようとする家族に出会えた事に喜びを感じたのだ。
自分達の生活だけでなく子供達の未来のためにこの義弟夫婦は手を差し伸べてくれた。
夫が亡くなり頼れる実家も友人も無かったトリアは全て自分で背負っていた。
愛する人を失う悲しみも、子供達のことも、明日からの生活も。
自分が何とかしなければ、自分がしっかりしなければ、と。
それは無意識に自分を追い詰めていた。
夫を尋ねてきたドードンが差し伸べてくれた手にすがり付いてしまうほどにトリアの精神をたった二日で消耗させていたのだ。
そんな自分を受け入れて支えてくれる、共に頑張ろうと励ましてくれる公爵家の人々にトリアは深く感謝した。
「……ありがとう、ございます」
こうしてドードン公爵家は新たに三人の家族を迎える事になった。
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