第6話

騎士達の討伐訓練はそれほど危険が伴うようなものではなかった。

訓練で戦う魔物はスライムや一角兎(通常の兎より二回りほど体が大きく角が生えた魔物)といった低級の魔物が多く、数もそんなに多くない。

あくまで訓練であるため低級の魔物しか出ない場所が選ばれていた。

そんな事を知りもしないユミルは最初こそ牛に似た魔物が出たら肉を譲ってもらえないか聞いてみようとわくわくしていたが、訓練が終わりに差し掛かる頃にはつまらなさそうな顔をしていた。


「退屈ですか?」


不意に声をかけられて顔を上げると苦笑浮かべながら隣に控えるローツと視線が合う。


(せっかく見学させてもらってるのに私ったら……!)


ユミルは思い切り気分を顔に出してしまっていた事を反省しつつ慌てて取り繕う。


「そんな事はありませんわ、皆様の訓練を見学できて光栄ですもの……あふ……」


完璧に取り繕ったつもりが我慢できない欠伸が口から漏れだしてしまった。


「も、申し訳ありませんっ!私ったら!」


慌てて口許に手を当てて隠すも既に遅く、ローツは欠伸をするユミルを見てくすりと笑う。


「……お嬢様、無理を言って見学させていただいているのですよ。もう少し気を引き締めてください」


ラスにも指摘されユミルは顔を真っ赤にした。

確かに無理を行って見学させて貰ってるのは自分なのだ。いくら目的の魔物が現れないとは言え、これでは見学を許可してくれた騎士の人達に申し訳ない。


「ご、ごめんなさい……」


欠伸を見られてしまった羞恥心と申し訳無さに俯くと、その視界にすっと丁寧に折り畳まれた紙の包みが差し出された。

縦横三センチ程の大きさで中に何か入っているらしく厚みがある。


「宜しければこちらをどうぞ。乾燥させた肉を加工して味をつけたものです、スパイスが聞いているので目が覚めますよ」

「お肉!」


肉、と聞いてユミルがぱっと顔を上げる。そしてすぐにラスを見た。

一応ユミルも公爵令嬢なので出されたものをすぐに受け取るわけにはいかない。危険な物で無いことをラスに確認させてからでないと迂闊に受け取ってはいけないと両親から言い付けられていた。


「失礼します、ローツ様。これでも一応お嬢様は公爵令嬢ですので、安全かどうか私が確認させていただいても宜しいでしょうか?」

「あ、そうですよね。気が回らなくてすみません」


そう言われて気が付いたのかローツは申し訳なさそうにしつつ包みをラスに手渡す。

ラスが紙の包みを開けると内側は肉の油が染みないようにツルツルとした蝋のようなものでコーティングされていて、乾燥し小さく切り分けられた肉の欠片がいくつか入っていた。

匂いを嗅ぐとローツの言っていたようにスパイスの香りがふわりと漂う。これなら確かに目が覚めそうだ。

ひと欠片口に含むとピリッとした刺激と共に肉の旨味が口一杯に広がった。


(……めちゃくちゃ美味しい!)


初めて食べる乾燥肉に感動し思わずラスはローツを見つめた。


「これは騎士団で支給される非常食か何かですか?」


そうであるなら是非個人的に仕入れたいと思い尋ねてみればローツは「いいえ」と首を振る。


「乾燥した肉事態は非常食として持たされることもありますが、これは下町の知り合いに頼んで加工してもらった物なんです。乾燥しただけでは味が無くてあまり旨くないので」

「そうでしたか……私も乾燥しただけのものなら食べたことがありますが、ここまで美味しいものは初めて食べました。ローツ様のお知り合いは相当腕がいいのですね」

「お褒めに預かり光栄です」


楽しそうに話し出したローツとラスにユミルは痺れを切らしていた。

話に夢中になっているラスの袖を軽く引っ張る。


「ねぇ、ラス。もう確認はいいでしょう?私にもひとつ――」


「「「うわあああぁ!!!」」」

「三角牛だ!全員待避!急いで逃げろ!!」



ねだるようにユミルがそう告げた瞬間、討伐訓練を行っていた騎士達から大きな悲鳴が上がった。

何事かと視線を向ければ、額に鋭い角と頭部の両端に大きい巻き角を生やした牛のような生き物(一般的には三角牛と呼ばれる魔物)が一人の騎士を追いかけ回しているのが目に入った。

ライアンが待避命令を出しほとんどの騎士は無事だがたった一人だけ、三角牛に追い掛けられている。


「く、来るなあぁ!!」


その騎士はハドル。

ローツを痛い目に遭わせようと魔物寄せの香を小瓶に入れ上着のポケットに忍ばせていた彼だったが、ついさっきうっかり小瓶を割ってしまったのだ。

それにつられてやって来たのが三角牛。

騎士達の悲鳴と香の匂いに興奮した三角牛は香の匂いが染み付いた上着を着たハドル目掛けて走ってくる。

そのハドルはあろうことかユミル達目掛けて一直線に走ってくるではないか。


「お嬢様、こちらへ!」


ラスがユミルを守るため手を引いて距離を取る。

予想外の事態に慌てたラスはローツから渡された乾燥肉を落としてしまった。


「あぁっ!私のお肉!!」

「それどころではありません!早く逃げなければ大怪我ではすみませんよ!」


ユミルが手を伸ばすもラスとローツに庇われ避難させられる。

地面に落ちた乾燥肉は脱兎のごとく逃げるハドルと三角牛によって無惨に踏みつけられた。


「ディーダ嬢、お下がりください!すぐに討伐します。クロバー、お前はディーダ嬢をお安全な場所へ!」


ライアンが駆け寄りユミルを安全な場所に誘導するように指示を出す。

しかしユミルにはその声が聞こえていない。ただ呆然と踏みつけられた乾燥肉を見つめていた。


「た、助けてくえぇっ!」


そこに再び三角牛に終われたハドルが戻ってきた。


「お前達、剣を構えろ!来るぞ!」


ライアンの言葉に騎士達が剣を構える。ローツも腰から下げた剣に手を伸ばすがそこにあったのは鞘だけ。剣がいつの間にか無くなっている。

抜いた覚えなどないのに、とローツが慌てて辺りを見回すとその剣は白く細い手が握っていた。

その手の持ち主はユミルだ。


「お嬢様!?いつの間にそんなものを!?」


ユミルがローツの剣を手にしていることに気が付いたラスが剣を奪い取ろうとするが、ユミルは着ていたドレスをひらりと翻し避ける。

そしてあろうことかこちらに突っ込んでくるハドルと三角牛の前に飛び出した。


「お嬢様!!」


ラスが慌てて駆け出すがハドル達がユミルにぶつかる方が早い。


「よ、避けてくれっ!!止まれないんだっ!!」


まず先にハドルが走ってくるが、ユミルはラスを避けたときのようにふわりと彼を避ける。

その動きは自由に舞い踊る桜の花びらの様にもみえた。

思わず見惚れる騎士達がいる中でユミルは三角牛と対峙する。


その目は完全に据わっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る