第5話
数日後、ユミルはお供にラスを引き連れて騎士団の討伐訓練が行われる場所に向かう馬車に揺られていた。
先日ドードンと約束した訓練を見学するためだ。
「ふふふ……楽しみだわ」
堪えきれないと言うように笑みを溢すユミルを前にラスは嫌な予感がした。
彼女のことだ、絶対に見学だけで終わるはずがない。
「お嬢様……何を企んでいるのですか?……もしや騎士の方々から魔物の倒し方を教えてもらおう、あわよくば討伐した魔物の肉を譲ってもらおうなどとは思ってませんよね?」
気のせいであってくれと思いながら尋ねるとユミルは驚いたように目を瞬かせた。
「どうして私の考えてることがわかるの?まさかラスは人の心が読めるかしら?」
あっさりと肯定されラスは項垂れる。
(嘘だろ……この方は本当に貴族のお嬢様なのか?)
心の声が口から出なかった事を誉めて欲しい。
ラスが知るこの年代の女性、特に貴族の女性は流行のファッションやアクセサリーを追い掛けることはあっても肉を追い掛けることはまずしなかったと思う。
(これが本当の肉食系女子……なんてな)
本来、肉食系女子とは恋愛ごとに積極的で自分から男性を捕まえにいくような行動を起こす女性の事を指すのだがユミルにも当てはまるのではと思う。
男性を捕まえるという意味でなく文字通り肉を食べることに関して情熱がある、という意味で。
「心が読めるのではなくお嬢様が分かりやすいのかと」
心の中に浮かんだ言葉を飲み込みながらそう答えればユミルは困った顔をした。
「あらやだ、そんなに?これでもポーカーフェイスのつもりなんだけど……これじゃあ貴族令嬢として社交界の荒波はわたっていけないわねぇ」
片手を頬を当て染々と呟くけれどラスにはその仕草すら胡散臭く見えてしまう。
(ポーカーフェイスを辞書で引き直せ。そもそも貴族令嬢として社交界を渡っていくようなご令嬢は魔物を狩りに、なんて言い出さないだろう)
ラスが心の中でツッコミをいれていると馬車が止まった。
どうやら目的に着いたらしい。
ユミルとラスが馬車から降りるとそこは森の入り口だった。
三十人程の若い騎士と引率と思われる中年の騎士が一人、森の入り口でユミル達の到着を待っている。
二人が馬車から降りたのに気がついた騎士達はビシッと隊列を整えて騎士の礼をした。
ユミルは彼らに近付くとまず今回見学を許可してくれたことに対して礼を述べた。
「本日皆様の討伐訓練を見学させていただくことになりました、ユミル・ディーダと申します。けして皆様の邪魔は致しません、私の我が儘を聞いてくださったこと感謝申し上げます」
十二歳の少女にしてはしっかりした口調に騎士達は感心していた。彼らを代表して中年の騎士が口を開く。
「お初にお目にかかります、ディーダ嬢。私は今回の討伐訓練で指揮官を勤めるライアン・モトリーと申します」
ライアンと名乗った騎士は四十代前後だろうか。栗色の髪を後ろに撫で付けていかにも騎士らしいがっしりとした体格をしている。
「ディーダ公爵からお話は伺っております。けして危険な目には合わせませんのでご安心ください」
「はい。本日はよろしくお願い致します」
挨拶を交わした後、ライアンはユミルを騎士達から少し離れた場所に案内した。
そこには日除けの布が張られていて簡易の椅子とテーブルが用意されている。
これらはユミルの来訪をきいたライアンが用意したものだ。
「どうぞこちらへ。万が一の事がないように護衛として騎士を一人付けさせていただきたいのですが、宜しいでしょうか?」
案内されるまま椅子に腰掛けたユミルが頷くとライアンはぴっしりと背筋を伸ばし待機していた騎士達の中から深い緑色の髪をした一人の騎士を呼び寄せた。
「ディーダ嬢、彼はローツ・クロバーと言います。今日訓練を受ける騎士の中では一番の実力者です。クロバー、何があってもディーダ嬢を守るように」
「はっ。よろしくお願い致します」
ローツと呼ばれた騎士は十代後半くらいだろう。綺麗な姿勢を維持したまま頭を下げる。
「こちらこそ宜しくお願い致します」
ユミルが微笑みながら挨拶を返せばローツは顔を上げて人当たりの良さそうな笑みを返した。
その様子を見守る騎士達の中に一人、ローツを睨み付ける少年がいた。
彼の名はハドル・サンデス。伯爵家の三男で金を詰んで騎士になった少年だ。歳は十六になる。
ハドルは実力も権力もあった為、今まで他の騎士達を上官が見ていないところで自分の召使いのように侍らせてきた。
しかしローツがそれに気付き上官に報告したことにより厳しい罰を受けたばかりだった。
端から見れば自業自得であるがハドルはローツが告げ口したと怨み、今回の討伐訓練で仕返しをしてやろうと考えていたのだ。
ユミルが見学に来たことはハドルにとって想定外だったが、もし彼女が巻き込まれるなら自分が助けに入ればいい。そうすれば公爵から感謝され自分の立場は確実なものになるだろうと彼は軽く考えていた。
それが自分の首を締めることになるとは気が付かずに。
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