第4話

串肉を綺麗に完食し屋台を後にした二人は街の中心部にある市場を一回りして屋敷に帰ることにした。


「あれだけお店があったのに牛に似たお肉を扱ってるところがひとつもないなんて……」


ユミルは帰りの馬車の中でため息をつきながら肩を落とす。

市場にはかなりたくさんの店があった。飲食、その中でも食材を扱ったところを重点的に回ったがどれも牛肉はもちろん類似した肉ですら取り扱っているところは無かったので落胆が激しい。


「もういい加減諦めたらいかがです?」

「嫌よ……私はどうしても美味しいお肉が食べたいの。諦めきれない、美味しいお肉の為なら何だってするわ」


いくらラスが諦めるように促してもユミルは頷こうとしない。


(まさかお嬢様がここまで頑固だったとは……)


馬車の窓から外を眺めため息をつくユミルを見ながら呆れを通り越して感心する。

だからつい口にしてしまったのだ。

今後のユミルの生き方を大きく変える事になるその言葉を。


「屋敷でも街の市場でも取り扱ってないのなら、いっそご自分で狩りに出掛けてはいかがです?騎士団では遠征になると魔物を狩って食べる事もあるそうですから、お嬢様も魔物を狩って理想の肉を探せばいいんですよ。まあそんな事、さすがに出来ないでしょうが」


ラスとしては冗談のつもりで告げた言葉だった。

ユミルはきっと「そんな事できるわけ無いでしょ」「魔物なんて食べられるわけ無いじゃない」と言って笑うだろう。そう思ったのだが顔を上げた彼はひくりと頬を思い切り引きつらせた。


先程まで落ち込んでいたユミルの目が今までで一番輝いていたから。


「……凄い、ラスは目の付け所が違うのね!さすがね、ラスの言うとおり買うことができないのなら自分で探しにいけばいいのだわ!牛の代わりに魔物……食べたことがないから食べられないと思い込んでいたけれど……試してみる価値は充分あるもの。そう、牛がダメなら魔物を食べればいいじゃない!!そうと決まれば帰ったら早速お父様に交渉しなくちゃ!」

「あ、あの……お嬢様……?私は冗談のつもりで……」


ラスが止めようとする声をユミルには全く届いてない。それどころか満面の笑顔をラスに向け手をぎゅっと握るとお礼を述べた。


「ありがとうラス!あなたのお陰で目が覚めたわ、ラスが居てくれて良かった!」


無邪気な笑顔を向けられては「やっぱり冗談でした」と改めて言うことも出来ずラスは頬を引きつらせたまま曖昧に笑うことしか出来なかった。






◇◇◇


「という訳でお父様!私、魔物を狩りに行こうと思うの!」


街から帰宅するなりとんでもない事を言い出した娘に母である公爵夫人アネッサは卒倒し、父である公爵ドートンは卒倒はせずとも思い切り石化してしまった。


「きゃー!?奥様!お気を確かにっ!」


控えていた侍女達が慌ててアネッサの体を支える。

それを見たユミルは心配そうに「あら、お母様ったら貧血?もっと鉄分を取らなきゃ駄目だわ、料理長に言っておかないと」と眉を下げる。自分の発言のせいだとは欠片も思っていないようだ。


「ユユユユユユユミルっ!魔物狩りになんて何かの冗談だろう!?狩りが見たいのか!?なら騎士達の討伐訓練に連れてってあげるから!」


思いの外早く石化から戻ったドートンが動揺を隠すことも出来ずにそう言えばユミルはきょとんとした後、首を横に振る。


「訓練じゃなくて実践したいのよ!お父様、危険なことは絶対しないから!お願い!」

「何を言ってるんだ!?そもそも魔物狩り自体かなり危険だぞ!?駄目だ!」

「どうしても駄目なの?」

「……ユミル。私は何もお前が憎くて意地悪をしているんじゃない、可愛い娘に何かあれば私もお母様も悲しいんだ、わかってくれ」

「…………わかったわ。お父様、困らせてごめんなさい……」


父親に悲しげな顔でそう言われてしまえばさすがのユミルもこれ以上求めることはできない。

この場は引き下がる事にしたようだ。


「お父様……もう魔物狩りに行きたいなんて言わないから、さっき言っていた騎士の訓練なら連れてってくれる?見学だけでいいし、危ない物に触ったりしないって約束するから」


眉を下げながらねだるユミルにドードンは安堵して頷いた。

魔物狩りに行きたいと言われるよりよっぽど安全だし、恐ろしい目に会うことは早々ないだろう。

唯一心配なのは年若い男の群れが、目に入れても痛くない程可愛らしい娘にちょっかいをかけないかと言うことだがその辺りはラスに任せておけば問題ない。


「あぁ、もちろんだ。なら早速見学の手筈を整えておこう」


ドードンがそう言って微笑めばユミルは花が咲いたように可憐に笑った。



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