第3話
結果から述べるとユミルの街歩きは父であるディーダ公爵によって許可された。
もちろんラスを含め数人の護衛付き合である。
そして現在、ユミルは目をキラキラと輝かせながら街歩きをしていた。
平民の女の子が着るような量産品のワンピースを着ていても綺麗な金髪を隠すカツラを被っていても顔の愛らしさは隠しきれていない。
そんなユミルの隣を歩くラスもシンプルなシャツとズボン姿だ。
兄妹に見えるように変装し、人拐いに合わないようにユミルの手はラスにしっかり握られていた。
「ねぇ、ラス……じゃなかった兄さん!あっちから美味しそうな匂いがするの。きっとお肉よ、すぐ行きましょう!」
手を離せば一人でたったか走って行ってしまいそうなユミルにラスはため息をつく。
「落ち着け、そんなに急がなくても肉は逃げない」
その言葉を右から左へ聞き逃しながらユミルは匂いの元に向かってとことこ歩いていく。
辛うじて人にぶつかってはいないが本当に肉しか見えていないようだ。
やがて彼女はひとつの屋台の前で足を止めた。
そこでは熱い鉄板の上で串に刺さった鶏肉を焼いていた。一口サイズに切られた鶏肉を串に刺して焼いた焼き鳥のようなものをお客に提供する串肉の店のようだ。
ユミルもラスも実際にこうした露店を見るのは初めてだったこともあり、思わず作業をする店員の手元を凝視しているとそれに気が付いた店員が声をかけてきた。
「おや、いらっしゃい。随分可愛いお客さんだ」
ユミルが顔を上げてみると店員は目尻のシワが目立つ中年の男性だった。
鶏肉を焼くゴツい手とは一致しない優しそうな雰囲気が何処となく自分の父と重なる。親近感を覚えたユミルはにっこりと微笑み挨拶をした。
「こんにちはおじさん!美味しいそうなお肉の匂いにつられてつい来ちゃった」
「おやおや、嬉しいこと言ってくれるねぇ」
本命は牛肉のユミルだが鶏や豚が嫌いなわけではない。寧ろ好きな部類に入る。
この串肉屋から漂う匂いはそんなユミルの腹の虫を刺激するには充分だった。
ぎゅー、くるるる……
突然、鉄板で肉を焼く音に負けないくらい大きな音がした。
ラスがもしや、と隣を見ればそこには繋いでいない方の手でお腹を抑え顔を真っ赤にしたユミルがいた。
「……ぷっ」
思わず吹き出したラスをユミルは真っ赤な顔のまま軽く睨む。
「し、仕方ないでしょっ!あんまり良い匂いなんだものっ!」
恥ずかしそうに言い訳をするユミルを宥めラスはポケットから串肉一本分の貨幣を取り出して男性に差し出す。
「おじさん、妹が我慢できないみたいだから一本ください」
「はいはい、まいどあり」
男性は微笑ましい眼差しを向けると貨幣を受け取り串肉を一本ユミルに差し出した。
「ほら、お嬢ちゃん。熱いから気を付けて、優しいお兄さんに感謝しないとね」
「うぅ……ありがとう、兄さん」
ユミルは串肉を受け取るも恥ずかしさが消えないようでまだほんのり頬を染めたままだ。
そんな彼女を眺めているラスの前にほこほこと湯気を立てた串肉がもう一本差し出された。
驚いたラスが顔を上げると男性が悪戯っぽく微笑む。
「優しいお兄さんにサービスだ」
「良いんですか?お金ならちゃんと……」
申し訳ないとポケットから貨幣を取り出そうとしたラスを男性はやんわりと止める。
「一本くらい平気さ、もちろんうちの家内には内緒だけど。そのかわりまた買いに来てくれよ」
「ありがとうございます」
ラスが串肉を受け取った時、男性の背後からにゅっと子供が二人顔を出した。
一人は垂れ目で栗色の癖っ毛を肩まで伸ばした女の子。もう一人は女の子と同じ色の髪を短かめに切り揃えた活発そうな少年だ。二人ともユミルより少し年上くらいだろう。
「あー!父さんがまたお客さんにサービスしてる!」
「売り上げか減ったって母さんに怒られるよー!」
「お前たちいつのまに!?いいか、これは母さんには内緒だからな?な?」
三人並ぶと見た目が良く似ていて一目で親子だとわかる。
ラスはその光景を少し羨ましく思った。
ラスの両親は彼が幼い時に二人とも流行り病で亡くなっているのだ。
いつもは忙しくしているお陰で気にすることはないが、仲のいい親子を見ていると不意に自分の両親を思い出して寂しくなる時がある。
そんなラスに気が付いたのかユミルはいつの間にか離れていた手をぎゅっと握った。
「兄さん、私にはこのお肉少し量が多いみたいなの。少し食べてくれない?」
そう言って串を差し出したユミルにラスはふわりと口許を緩める。
「……そうだな、ユミルが食べ過ぎて太ったら困るからな」
「んもうっ!せっかく私がお肉をあげるっていってるのにその言い方は無いでしょっ!」
自分なりの精一杯の気遣いをからかわれてユミルはぷくっと頬を膨らませた。
「ごめんごめん。ありがとう」
ラスは苦笑浮かべ謝ると自分を気遣ってくれた優しいユミルに微笑みを向けるのだった。
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