第2話

「ラス、街に行くわよ!」


ユミルがそんな事を言い出したのは天気の良い昼下がりのこと。

食後の紅茶を飲んでいたと思いきや突然、良いこと思い付いたと声を上げた。


「なんでまた街に……だいたいお嬢様は一応これでも公爵令嬢なんですよ?欲しいものがあるなら商会の人間を呼びつければいいではありませんか」

「一応って何よ!それに私の目的はお肉なの!家で食べられるならとっくに食べてるわよ!」

「また肉ですか。鶏や豚の肉だって栄養はありますよ、妥協してはいかがです?」

「い、や、よ!美味しい牛肉を………むがっ」


牛肉への思いを断ち切れず『牛肉を食べたい』と言いかけたユミルの口をラスは容赦なく塞ぐ。


「牛の肉を食べることは法律に違反すると何度もお教えしているはずです。その頭の中は空なのですか?旦那様や奥様をまた卒倒させたいのでしょうか、それとも縛り首にされたいという自殺願望がおありで?」

「う……」


口を塞がれたままユミルは首を横に振る。

本来ならば使用人が仕える人間の口を塞いで物理的に黙らせることなど許されないが、そうでもしないとユミルはまた公爵夫妻を卒倒させるだろうとこの短い付き合いの中でラスは理解していた。

よく言えばそれだけ真っ直ぐであり、悪く言えば周りが見えないほどにのめり込むのがユミルなのだ。


「……でしたら牛の肉が食べたいなどと堂々と口にするのはお止めください。お嬢様一人が罰せられるならまだしもディーダ公爵家に何かあれば、路頭に迷う使用人がいることをお忘れなく」


私が罰を受ける事を心配してくれたんじゃないんかい!と心の中でツッコミをいれながらユミルはこくこくと頷いた。

牛肉を諦めるつもりは更々無いが優しい両親に迷惑をかけたいわけではない。

その反応に安心したのかラスはユミルの口から手を離しながら問い掛けた。


「それで、どうして肉が食べたいという思考から街へ行く事になるんです?」


ユミルの発言を否定しながらも一応話を聞く気はあるらしい。

なんだかんだ言いながらも面倒見が良いんだよなと思いながらユミルはにっこりと微笑んだ。


「私、気が付いたのよ。美味しいお肉は向こうからはやってこない。ならばこちらから出向くしかない……街に行けば牛に代わる美味しいお肉があるかもしれないでしょう?それに街の人達の方が美味しい調理法方を知ってるかもしれないもの!家に籠っていたんじゃ運命のお肉とは出会えないのだわ!」


瞳の奥に炎が燃えているのではと思わせる程に熱の籠った眼差しを向けられラスはピクリと口許を震わせた。

ユミルの見た目はまだ十二歳と言えども美しく愛らしい。そんな美少女に熱っぽい眼差しを向けられたら男女関係なく絆されてしまう者が多いだろう。

肉を食べに行きたいと言う台詞がなければ言い寄られていると勘違いしてしまいそうだ。

もちろんユミルは色恋の感情など欠片もなく、いかに美味しい肉を求めて街に繰り出したいかをラスに熱弁しているだけなのだが。


「……分かりました、旦那様に相談してみます」

「ほんと!?さすが話の分かる男!よっ、イケメン!出来る執事!」


視線に負けてため息混じりにそう言えばユミルは目を輝かせてラスを褒め称えた。


「ただし!旦那様から了承を得られなかった場合はキッパリ諦めて下さいね」

「わかってるって!やっぱり持つべきものは有能な執事だわ、さすがラス!」


絶対わかってないという言葉を飲み込みながらラスはユミルを近くにいた侍女に任せ、ディーダ公爵のいる執務室へと足を向けた。



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