第12話 「キミの現在の混乱につけ込むことはできるさ」

「何を難しい顔しているの」


 問われて、はっとキディは我に返る。どのくらいぼんやりしていたのだろう。何を自分が考えていたのか、よく思い返せない。


「可愛い顔なのに、難しい顔してちゃ、台無し」

「俺は可愛くはないよ」


 あえて表情を硬くして、彼は答える。


「可愛いよ」


 そういうと、ジュラはキディのあごを持ち上げるようにして、自分の方を向かせた。はっとしてキディは無表情のまま、相手をにらみつける。


「怖い顔だね」

「あんたは、知ってるんじゃないのか?」

「何を?」

「このひとが、今は誰なのか」

「そうだね」


 しゃらっとした口調で、ジュラは言う。


「網を張っていたのは、間違いないよ」


 やっぱり、とキディは口元をくっと結ぶ。


「だけど、ね」


 くく、と笑う男に、キディは何となく腹の中が熱くなるのを感じる。まだその手は自分の顔に触れている。払ってしまえばいいのに、何故かそうできなかった。


「ジュラあんた、何か、他に、知ってるの?」

「いいや」


 触れた手が、短い彼の髪をかき分ける。そういえば、誰かにこんな風に触れられたのは、どれくらいぶりだっただろうか。相棒も触れることはあるけれど、触れるだけだ。そこには何かの意図がある訳じゃない。

 自分は期待しているのだろうか、と時々キディは思う。期待しているのだろう、と思う。でもそれは好きとかそういう感情ではない、とも。

 何か違うのだ。

 自分の中の何か、が相棒に対して、期待してしまうのが判る。その一方で、期待は決して現実にならないことを、自分が確信していることも。

 それがおかしい、とはキディも思うのだ。思うのに、それが何故なのか、彼には判らないのだ。

 何かが引っかかっている。

 そしてその引っかかっている原因が何処にあるのか、彼にも判っているのだ。記憶だ。何処かで糸が絡まってしまった、自分の過去にその原因はあるのだ。

 思い出さない限り、何かがずっと気がかりなままなのだ。それは判る。それは判るのだ。

 なのにその一方で、それは駄目だ、と叫ぶ者が、キディの中にはあった。思い出したくない、と泣き叫ぶ、そんな自分の姿が。


「あんたさあ、……俺の相棒がどういう状態だか、マスター・ウトホフトから聞いてるんだろ?」


 そう言いながら、触れる手をさりげなく自分の顔から外す。


「一応ね」

「どんな風に聞いてるの?」

「聞きたい?」

「聞きたい」


 あのマスターは、以前、彼らの仲間の素性もそうやって何気なく探り当てていた。探り当てたからこそ、それに関係した人間を、ここへと引き寄せたのだろう。それがどういう方法であるか、はキディにはまるで予想がつかなかったが……


「ねえ君、君の相棒は、『尋ね人』に依頼したことがある?」

「一応頼んだ、とは聞いたけど」

「だとしても、たぶん、出て来ないと思うよ」

「どうして?」

「だって誰が、思うだろう? そんな、有名な選手が、政治犯と取り違えられて、流刑星に送られ、そして帰ってくるなんて」

「そりゃあ」

「普通は、考えないさ。だいたいあの番組を見るのは、『知り合いが突然訳もなく居なくなった』人や、確実に投獄されたことが判ってる家族親族友達くらいなもんだ。だからこそ、効果はあると言えばあるんだが…… その選手の『知り合い』がこの惑星の上に居ると思うかい?」


 キディは首を横に振る。


「似てるな、とは思う。だけど、それをそのまんま行方不明になった選手と結びつけることはしないよ。それに、もう居なくなってから六年経ってるんだ。全星域リーグの地元であるならともかく、そうでないファンだったら、まずあきらめてるさ」

「だってあんたはあきらめてないじゃない」

「俺はね」


 くす、とジュラは笑った。


「そりゃあ俺は、筋金入りのファンだった、と言えばおしまいだからね」

「好きだったの?」

「興味深い、対象だった。判る?」


 いや、とキディはまた首を横に振る。その顔にまた、相手は触れる。


「こうやって、触れようとは思わないけれど、興味深い相手、っての。判る?」

「何となく」

「ものすごく、確かに魅力ある存在だよ。だからといって、近づいてどうこう、なんてことは思わなかった。インタビウしたとしても、俺は絶対に自分がそのひととの間に徹底したラインを引いてたことを知ってる」

「何で? もったいないじゃない」

「そうすることで、俺は、まっすぐに相手と向き合えるんだよ。俺はフォトグラファ。相手はベースボールの選手。この場合は、その前に俺が撮ってた政治家とか、軍人でもいいよ。とにかく俺は自分の立場にちゃんと立った上で、相手と向き合いたかったんだよ」

「ふうん……」


 では一体今この手は何をしてるのだろう、とキディは思う。その手が、髪に入り込み、首の辺りに回ってきている。振り払えばいいのに、どうしてもそれができない。


「……あんたさあ」


 何、とジュラは答える。


「俺には、そのラインは引かないってことだよね」

「これはあくまで私的なことだからね」

「ふうん。それはそれでいいけど…… 俺の疑問に、答えられる?」

「疑問次第だけど」

「俺は引っかかってるんだ。ずっと。何か、色々。でも俺は俺がどうしたいのだか、判らないんだ。あんただったら、判る?」

「いいや。俺はキミじゃないから、キミがどうしたいのかは、判らない」


 だから、とジュラはそう付け加えた。


「キミの現在の混乱につけ込むことはできるさ。写真に興味はある?」

「格別には」

「それもまたいいさ」


 思考が胡乱なものになってきていた。流されるのも、悪くはない。キディは目を閉じた。

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