第11話 2リーグの最下位から五年連続優勝になったチーム
食事が終わって、二人がその場から解放されたのは、その場が始まってから四時間後だった。
「どうしたんだよ。ずいぶんげんなりとしちゃってまあ」
「どうしたもこうしたも」
マーチ・ラビットはビーダーが自分を連れていく、その日の宿泊場所を見て、さらにうんざりした。食事をしたレストランにも引けを取らない、高級ホテル。それがスポンサーからの好意だ、としても。
「あんたは俺を困らせるのが楽しいのか?」
「そりゃあ楽しくないと言ったら嘘になるけどさ」
ふふん、とビーダーは口元を上げる。
「でも宿泊先も、少なくとも今日は指定されてるのだから、仕方ないだろう?」
「ストンウェル。そう呼べばいいのか?」
何となく、余裕たっぷりの答えに、そのまま返したくなくて、別の質問を彼は投げかける。やはり同じ様に、軽い嫌み混じりの答えが返ってくるとマーチ・ラビットは思った。
だが。
「おい?」
「ああ? ああ。いや、そう。俺はストンウェルってのが、一応本名だからな。ノブル・ストンウェル」
「全然名前と態度が合ってないぞ……
「そういうことは、俺が生まれる前に親に言ってくれって言うの。マーティ・ラビイさん? あんたの本名は、何?」
「それが本名だよ。ちゃんと登録もしてある」
「それはそうだろうがね」
ふん、とビーダーはポケットに両手を突っ込み、軽く、その厚い胸を張る。
「ま、いいさ。とにかく試合が一週間後にある。で、あんたに出て欲しい。あんたはできるはずだ」
「俺はベースボールなぞやったことないぞ」
「そんなこと俺に言われたって困るよ。とにかくあんた方の頭目がそう言ったんだし」
マーチ・ラビットは太い眉を寄せた。代表ウトホフトはそんなことを言ったのか。
あの穏健な外見からは想像もつかない、代表の男を思い出す。帰ったら問いつめてやりたいものだ、と彼は思う。
「ルールとかは、まあ何だっていいさ。TVの試合くらい見たことはあるだろう?」
「まあね。別に夜に見る番組が無かったりすると、つい見てしまうものだろう?」
「夜に一人なんてのは寂しいねえ」
「別に。ただ相棒は夜まで仕事がかかるからな」
「ふうん、相棒が居るのか」
ビーダーはそう言うと肩をひゅっとすくめる。
「あいにく、ガールフレンドも居るしね」
「ふうん。相棒はガールフレンド、とは違う訳。おモテになるではないの」
「悔しかったら、お前もいいのを捕まえてみろよ」
彼は口元をゆるめる。間違いではない。一応、ゼルダのことを彼はガールフレンドと認識していた。ただそれが彼女の認識と同じであるという訳ではないのだが。
「いいの、は一人居ればいいんだよ。俺はひじょーっに愛情深いもんだから、延々一人のひとをもうここ十年がとこ、追いかけてるんだけどねえ」
「十年! お前一体幾つだよ」
「29、かな。あんたよりは年下じゃないかね。でもまあ、あんまり歳なんて、ねえ。あまりアテになるものじゃあなし」
「まあ確かに」
自分の歳を彼は知らない。このくらいだろう、と予測をつけて、登録してあるが、それだけだ。
「けどお前、純だねえ。十年なんてさ。俺には想像できないよ」
するとビーダーはにっこりと笑って、こう言った。
「お褒めいただきありがとう」
マーチ・ラビットの気が抜けたことは言うまでもない。
*
「さぐり合い?」
ジュラは何を言ってるんだ、という顔でキディに向かって問い返した。
「何を言い出すんだよ。いきなり」
「隠さなくたっていいよ。俺だって一応、あの店で働いているんだし、マスターの知り合いってことは、ただ者じゃないことくらい判るもん」
「そう言ってもらえるのは嬉しいんだけどな」
ふん、とジュラは自分の髪をかき回す。
「あいにく、そういうキミが思うような、物騒な用事じゃないんだよな、俺がここに来てるのは」
「でも、何か目的があるのは確かだろ」
「そりゃあね」
そして彼はぱらぱら、と一冊の雑誌を手に取る。
「俺はさ、しばらくこうやって、ベースボールのあるひとつのチームを追いかけてた時期があってね」
「ひとつの?」
「うんまあ。色々追ってく、という手もあったけれど、やっぱり一つに絞ったほうが、判りやすいものもあるだろ?」
キディはうなづいた。
「俺が追ってたのは、当時全星系でナンバー2リーグにあったコモドドラゴンズ」
「ナンバー2リーグの? 1リーグのチームの方がニュースにはなるんじゃないの?」
「どっちかというと、欲しいのはドラマ」
そしてページをキディに向ける。
「この時、彼らはまだリーグの最下位に居たんだよ」
「うん?」
その写真も、まだ小さいものだった。組写真ではなく、本当に「記事」に過ぎない。
「でも」
そして彼は別の雑誌を開く。
「これが翌年。彼らはリーグで優勝を果たす」
「ええ!」
「で、この全星系のベースボール・リーグは、下のリーグで五年連続優勝すると、上部リーグの最下位チームと交代することができるんだ」
「ああ、それは何となく」
「記憶」ではなく、彼の「知識」にあった。
「そしてコモドドラゴンズは、見事五年連続優勝して、とうとう六年目に、ナンバー1リーグに行ったんだ。俺はその経過をずっと撮ってた」
「長いね」
「長いよ。だからそれにつきっきりという訳にはいかなかったけど」
「へえ……」
キディは感心する。やっぱりいい仕事していた人なんだ、と。ちらちらと目にとまる写真も、選手達の良い表情が写っている。
「ところが、その六年目、ナンバー1リーグのチームは、各地を回りだした。全星域統合スポーツ連盟の命令でね」
「命令で」
「さすがにそれに楯突くと、星域の何処でも試合できなくなってしまうもんなあ。それは困る」
「悪い時に、コモドドラゴンズは当たっちゃったんだね」
「そう。最悪だった」
ジュラはそう言って、目を伏せた。
「九年前のことさ。俺はちょうど、他の仕事が入っていたので、コモドドラコンズの、その遠い惑星への遠征にはついて行けなかった。そこはその頃も、ひどく政情が不安で、あちこちで反政府の運動が起こっていた。学生も血気盛んだった」
「―――それって、このアルクのこと?」
「そう。連中は、そういう所に当てられたんだよ」
「当てられた」
「と、俺が邪推しているだけかもしれないけど…… けど、『新参者』に対する処置としては、ありがちなことだろ」
「新人いじめ。新人いびり?」
「陰湿だよな。でも馬鹿馬鹿しいけど、そういうのが何処にだってあるんだよ」
ふう、とジュラはため息をつく。
「ところでキディ君や、コモドドラゴンズがどうやって、2リーグの最下位から、五年連続優勝にもって行けたと思う?」
「……? 何か、新兵器でも入った訳?」
「新兵器。そう、新兵器が入ったんだ。このままではナンバー3リーグに落とされてしまう、と焦った当時のコモドドラゴンズのオーナーが、ヘッドハンターを思いっきり全星域に走らせたんだ」
「へえ……」
「で、ヘッドハンターもさすがに、ここで探さなくちゃ後が無い、ってことで、ずいぶん一生懸命探した訳だ」
「見つかったの?」
「見つかったから、五年連続優勝ができたんだよ。まあ、そいつが入ったおかげで、チーム全体の志気が上がったってこともあったらしいけどね」
確かにそれはあるよな、とキディも思う。ムードメイカーという奴だ。それはどんな場所でも存在する。反政府組織であっても、飲み屋であっても。
「いい打者だったの?」
「や、投手。でかい身体に、剛速球を投げたね。そりゃあ、同じくらいの球を投げる投手はそのチームにも他に居たさ。だけど、彼が投げると、その速い球が、ひどく重い、破壊力があるものに見えたらしいね。打者にしてみたら」
へえ、と再びキディは感心する。
「どんな人? この雑誌に載ってる?」
「載ってるよ。俺は正直、彼をずっと追いかけていたと言ってもいい」
「そうなんだ」
「実際、追いかけて写真を撮るのが、こんな楽しい奴はいなかった。何かな、居るだけでその場の雰囲気が明るくなる奴って居るだろ?」
「居るね」
キディは自分と交友関係のある連中の顔を思い浮かべる。まあ一癖も二癖もあるけれど。
「彼はそんな奴だった…… ほら、ここに出てる。これが最初だった」
どれ、とキディはジュラの広げた雑誌をのぞき込む。同じユニフォームを着た男達ばかりで、すぐには個別の見分けがつかない。体型にしても、皆スポーツマン体型であるし……
だが、え、とその時キディは声を立てていた。
「ジュラ、このひと……」
ぱっと顔を上げて、問いかける。
「うん、その人だ。彼が、そのコモドドラゴンズを昇格に導いた男だね。D・D」
「まじ?」
「おい? キディ?」
「本当の本当に、このひとが、その、野球選手だった訳?」
「本当の本当、だよ――― おい、どうしたの」
ほとんど、掴みかかりそうな勢いで、キディはジュラを問いつめた。そんなはずない。そんなはずは。だが。
明るい茶の髪、太い眉、濃いつくりの顔。そして広い肩幅と高い背。
自分の知っているのよりは、それでももう少し若いけれど。
でも。
「おいどうしたよ、キディ」
「このひと、それで、どうなったの?」
「どうなったって」
ジュラの表情は戸惑った様に歪む。こんな反応が来るとは思ってもみなかった様だった。いや、かまはかけていたのかもしれない。
「今、このひと、どうしているの?」
「それが判ったら、俺は苦労しないって」
「って」
「あのさキディ君。俺は、このひとを探しに来たんだよ。九年前、このレーゲンボーゲン星系に遠征に来て、……ちょうどその時に起きた暴動の中に巻き込まれて行方不明になったこのひとを」
「暴動の」
時間的には、合うのだ。
だって。
キディは信じられないながらも、その写真を食い入るように見る。この姿を、自分が間違えるはずがないじゃないか。
今より少し若い、相棒の姿が、そこにはあったのだ。
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