第7話 体質

「シマさん、あそこ!」

「ん?」

「あの猫、確か、猫集団の一人じゃないっけ?」

「あ~あの連中の」

「何してるんだろ?」

「なんか怪しいな〜」

「何か落ちてるのかな?」


白キジトラが下水溝の脇に立ち、ウロウロしたり覗いたりを繰り返している。


「どうしたんですか?」

「えっ!」

「何してるの?」

「あ、あの、その、なんか、ここから小さい声が聞こえてきて」

「声?」


僕達は下水溝を覗き込んで見た。


「あ!子猫!」

「うっ!臭い!」

「やっぱり子猫でした?!は、早く、何とか、何とかしなきゃ!」

「ちょっと、白キジさん、落ち着いて~」

「で、でも~。あ~どうしよ、どうしよう」

「ちょっと、僕佐伯さん家に行って、母猫呼んでくる!二人はここで見張ってて!すぐに戻るから!」

「わかった!」


シマさんは猛ダッシュで佐伯さん家の母猫達に緊急事態を伝えに行った。

母猫が呼べば声を頼りに近づいて来るはず。


「白キジさん、よく気が付きましたね!」

「は、はい」

「白キジさんなんて呼び方、失礼ですよね。お名前なんですか?」

「あ、でも、白キジって呼ばれています」

「そうなんですか?」

「はい」

「名前、いらないですか?」

「あ、別に、特に困らないんで」

「そうですか」

「はい」

「昨日はそちらのボスさんと師匠の言い争い、すごかったですよね」

「ボスは別に悪気はないんです、ただちょっと口悪いだけで。みんな誤解しているんです、あの人の事」

「そうなんですか?」

「はい。ご飯の横取りしてるわけではなくて、私達の為にご飯を取ってくれてるだけなんです」

「私達?」

「はい、前列の2匹は優秀なんですが、後ろの白茶トラと私は臆病者で弱く、なかなかご飯を食べれなかったんです。数が多いじゃないですか。なんか入っていけなくて。それに気づいたボスが私達の為に嫌われ者になって取ってくれたんです。おかげで痩せ気味の私達は平均体重になれました。ボスは、もともと太りやすい体質なだけなんですよ。同じ量を食べても何故か肉付きが違うんです」

「そうだったんですね」

「ボスは、弱い私達を守ってくれてるんです」

「白茶トラが他の猫達から威嚇を受けてもう逃げ場がなかった時も、ボスがやって来て、追い払ってくれました。私も何度もその経験があります。ある時、ボスが言いました。「お前達は弱いんだから、俺様の近くにいろ!」って」

「惚れちゃいますね~」

「そうなんですよ!私、オスですけど、恥ずかしながらその時ばかりは、キュンとしてしまいました」

「キュン、キュンですよね!」

「はい!」

「それからはボスの近くにいて守ってもらっています」

「そうなんですね」

「はい」

「あれ?子猫の声、聞こえなくない?」

「すっかり話し込んじゃって、忘れてました!どうしよう、確かに聞こえませんね!大丈夫ですかね!」

「寝てるのかな?」

「私、ちょっと下水溝の中に降りて見てきます!」

「え!狭いですよ!大人の体じゃいっぱいいっぱいですよ」

「大丈夫、猫は狭いところが得意ですから!やってみるだけやってみます!」

「何かあったらすぐに知らせて下さいよ!」

「はい!」


白キジさんは暗くて臭い下水溝の中を腰を低くしながらゆっくり入っていった。

子猫の小さな鳴き声が再び聞こえると、白キジさんのお尻が下水溝の入り口からそろりそろりと出てきた。

そして、白キジさんが顔を出すとその口元には小さな子猫がぶら下がっていた。


「白キジさん!」


白キジさんが子猫をそっと脇に置くと、「にゃあお、にゃあお」と元気よく鳴き出した。

白キジさんの体はヘドロのようなものがついて、黒く悪臭をまとっている。


「下水溝の掃除までしてきちゃったかな」とホッとした様子で冗談を言った。

「白キジさん・・・・・・」


丁度その時、シマさんと母猫らしき猫が緊迫した様子でこちらに走って向かってきた。


「あ~ぁ。良かった~。どなたがこの子を?」


一目瞭然だったが一応僕はお知らせした。


「白キジさんです」

「ありがとうございます。本当にありがとうございます」

「いいえ、無事でよかったです」

「あの、今度改めてお礼させて頂きますので」

「いえいえ、そんな、いいですよ」

「この子、お腹空かせてると思いますので、佐伯さん家に戻らせていただきますね。すいません、失礼致します」

「はい、どうぞ、お気をつけて」


母猫はどぶ臭くなった子猫を咥えて帰って行った。


「白キジさん、その体・・・・・・どうするの?すっごい、臭いよ」

「シマさん!失礼だよ!」と、僕は小声で言った。

「あ、これですか?う~ん。水は嫌いなんで芝生の所へ行って擦り付けて汚れを落としてきます」

「そうですか。餌やり場近くの公園の芝生がフワフワで綺麗でおススメですよ!」

「ありがとうございます。じゃあそこ、行って来ます。では」


白キジさんは誰も近づけないオーラーをまとって公園へ向かった。

その後ろ姿はたくましく、大きく、力強かった。

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