第6話 佐伯さん家

「あの坂を登ったとこが佐伯さん家だよ」

「あの青い屋根のですか?」

「そうそう」

「佐伯さん家の納戸や広い庭に母猫達が集まるんだ」

「なんでですか?」

「ここが安全だからだよ」

「他の場所は安全じゃないんですか?」

「もちろん、他の場所で出産子育てする母猫もいるけど……安全ではないよな〜」

「そうなんですか」

「保健所って知ってる?」

「いえ」

「保健所に連れて来られた動物達がどうなるか知ってる?」

「い〜え」

「殺されるんだよ」

「!」

「その中で圧倒的に数の多い生き物が、子猫らしい」

「!!」

「猫嫌いな人間が子猫を見つけて通報したら、保健所の人が捕まえに来るらしい」

「!!!」

「子猫と母猫の鳴き声がうるさいらしいよ」

「そんな〜」

「母猫がナーバスになるのもわかるよな〜。だって危険だらけだもん」

「そうですね」

「でも佐伯さん家は絶対に通報しないから安心なんだ」

「なるほど」

「それに他の場所だと大変だろうしな……」

「大変?」

「腹に子供がいたら、その分栄養が必要だろ?たくさん食べなきゃ。でもお腹が大きいと動き辛くて狩りもできない。餌場まで行くのも一苦労だ。でもここにいれば直接佐伯さんからご飯が貰えるし、安心して出産できる。出産後も子猫が襲われる心配もないからね」

「襲われる?」

「空からはカラスが狙っているし、地上からは・・・・・・盛りの付いたオス猫達がいるからな」

「オス猫?」

「そうなんだ、子猫を殺せばまたメス猫と交尾ができるからって子猫を殺してしまうんだ」

「そんな~」

「子育て中の母猫達は気が張ってるから、すごく攻撃的になるんだ。オス猫が相手でも本気で戦いに行く。母は強しだよ」

「子供を守るためですもんね!」

「ここなら佐伯さん家の奥さんが悪巧みしてるオス猫が侵入して来ても追い出してくれから心強いんだ。」

「なるほど。安心して子育てができるんですね」

「そういう事。女同士の結束は強いんだよ」

「ほ~」

「母猫達はたまに坂を下りて散歩に行くこともあるよ。散歩というか、パトロールかな。その時は子育てに開放されるらしい。普通にしてれば挨拶してくれるよ」

「子猫って見たことないんですけど、さぞかし可愛いんだろうな~」

「やっぱり玉無しだな〜」

「え?それをどこで?」

「後ろ姿見ればわかるよ」

「し、しまった」

「去勢されたオス猫は父性本能がでやすいらしいよ」

「そうなんですか~」

「大丈夫だなって母猫が思えば、子猫に触らせてくれるよ。俺も子猫と遊んだりするよ」

「そうなんだ!」

「子猫は何匹か生まれてもちゃんと育つのはその内の数匹だけなんだ」

「死んじゃう子猫がいるんですね……」

「そうなんだ。だから複数生まれてくるわけで、俺たちがこうして生きているのも奇跡的な事なんだよ〜」

「本当ですね~」

「亡くなった子猫達は佐伯さんが作ったお墓に入るらしい」

「優しいな、佐伯さん」

「中にはさ、子猫を産んだままどっか行っちゃう母猫もいるらしくて、そういう子猫達は佐伯さんが見つけて別の母猫達の所に持っていくんだって。そうすると、母猫は自分の子猫じゃなくても乳を飲ませるらしいんだ」

「みんなで子育てしているんですね」

「そういうこと。実は俺もここで育ったんだよ。兄弟がたくさんいて楽しかったな〜。お腹が空くとさ、今日はどのお乳にしようかな〜って味比べしたりして!」

「羨ましいです。僕はずっと一人でしたから。兄弟が欲しかったし、お母さんにも甘えたかったです」

「そうだよな、同情するよ・・・・・・。ペットショップなんてなくなればいいのにな!命を売買するような惨い下品な商売!」

「ここに来るまで猫らしい生活を知りませんでした。でも……知ってしまったら、やっぱり……こちらの生活の方が幸せな気がします」

「これから猫らしく生きていけばいいさ!」

「そうですね、これからですね!」


一匹のまだ若い猫がやってきた。


「おはようございます」

「おはよう」

「おはよう」

「先輩方、散歩ですか?」

「おう」

「がきんちょばっかでうんざりしてたんですよ〜

先輩、どっか遊びに連れてって下さいよ〜」

「お前、まだ乳飲んでるだろ?」

「えっ?!あっ……はい」

「まだ乳飲んでるような奴とは遠くには行けない、母ちゃんが心配するぞ」

「……」

「あともう少し大きくなったらいろんな所連れてってやるからよ」

「絶対ですよ!」

「今は兄弟と遊んで、しっかり甘えとけ!」

「は〜い」

「じゃあな」

若猫は残念そうに戻っていった。

「確かに若い内にしかできない事を充分味わった方がいいですもんね!」

「そうそう」

「じゃあ、今度はテレサゾーンに行くか」

「テレサゾーン?」

「ちょっときついかもしれないけど、見ておいた方がいいと思うんだ」

「はい、シマさんがそう言うなら」

「よし、じゃあ出発だ」


2匹は同じ速度で坂を下っていった。

まるで兄弟の様に。















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