第8話 TNR活動

「シマさん、みんなボスの事勘違いしてるみたいですよ」

「え?そうなの?」

「良い人みたいです」

「へ~」

「白キジさんと白茶トラさんの為にご飯を取ってたみたいなんです」

「そうなんだ~。でもな~食べ物の恨みは尾を引くからな~」

「そうなんですか?」

「うん、大抵の生き物はそうでしょ」

「そうなんですか〜」

「ま、でもいい奴なら良かった」

「はい」

「ところでシマさん、テレサゾーンって一体何ですか?」

「マザーテレサって知ってる?」

「いえ」

「マザーテレサは病気で死を待つだけの人でもお世話をして愛を捧げた人なんだって」

「偉大な方ですね〜」

「テレサゾーンはいわゆる、その、病気の猫とか老猫達がいる所なんだ」

「なんでみんな同じ場所に集まるんですか?」

「やっぱりそこも安全だからだね」

「そっか〜」

「斎藤さん家の近くだから、定期的に問診しに来てくれるんだ。本当に重症な猫は斎藤さん家で余生を過ごすんだよ。でも中には頑固者もいてさ」

「そうなんですか~」

「あ、あそこ、あそこ」

 

そこは平屋の空き家で緑が生い茂り、窓ガラスはほぼ全部割れている。おかげで換気がしっかりできていた。


「お邪魔します~」


僕達はゆっくり中へ入っていった。

静寂に包まれたその場所は不思議と神聖な感じがした。

毛がボサボサの猫や目ヤニがひどい猫、やせ細った猫がそれぞれ休んでいた。

シマさんはキョロキョロして、誰かを探している様子。


「うめさん!」

「あ~こりゃこりゃ、シマちゃん、元気かね?」

「元気ですよ!うめさん、体調はどうですか?」

「絶好調よ」


うめさんは小さめな体をした三毛猫で毛並みは顎下の届く範囲だけが綺麗だった。


「良かった!今日はうめさんに友達を紹介しに来ましたよ」

「と、友達!」


僕は初めての友達認定に顔がにやけてしまった。


「こちら、マーブル」

「は、初めまして、昨日この島にやって来ました、マーブルと申します」

「マーブルさんかね、いい名前ですね」

「はい!シマさんがつけてくれました!」

「ほうほう、そりょあよかったね~」

「はい!」

「うめさん、何か欲しいものないですか?食べたいものとか。取って来ますから、何でも言って下さい」

「な~んにもいらないよ」

「遠慮しないで下さい」

「本当にな~んにもいらないよ。若い二人の顔を見れて嬉しいよ」

「また、来ますね」

「ありがと」


シマさんと僕は周りに迷惑にならないよう、ゆっくりと忍び足でおいとました。


「俺のお母さんがうめさんにお世話になったんだ。若くして母になったお母さんに子育てについて教えてくれたんだって」

「そうなんだ〜」

「うん」

「俺さ、ここだけの話、お乳が大好きでさ!なかなか乳離れできなかったんだよね〜」

「へぇ〜」

「体が大きくなってもお乳飲んでてさ!心配になったお母さんがうめさんに相談したら、乳離れさせなさいって。じゃないとその子の為にならないよって言われたみたいでね、それからはお乳をねだりに行くとシャア!って。あまりの変容ぶりに戸惑ったけど、周りの子達ももうお乳飲んでなかったの知ってたからさ、諦めたよ」

「お乳って美味しいんだね」

「うん!美味しいし、吸うのが楽しいんだ」

「そうなんだ〜」

「また吸いたいな〜」

「僕も吸ってみたいな〜」


頭の中がおっぱいでいっぱいになると、お腹が空き自然と餌やり場へ足が向かった。

餌やり場近くの公園には白キジさんが未だ背中を芝生に擦りつけ、悪戦苦闘している様子。


「猫は綺麗好きだからね〜」

「匂いが取れるといいですね〜」


餌やり場にはお腹を空かせた猫達が徐々に集まってきていた。


「シマさん、あの猫の耳、先っぽが……。あ、あっちにも!」

「あ〜あれ?あれは目印だよ」

「何の目印ですか?」

「人間が猫の事を想いましたよっていう印」

「?」

「『耳カット』って言うんだ。地域によってカットの仕方は違うらしいんだけど、要は去勢、避妊手術しましたよっていう印らしい。因みに外国ではさ、タトゥーらしいよ、カッコいいよね!」

「ジャスティン・ビーバーみたいな?」

「いやいや、片耳だけだよ〜」

「そうなんだね、安心したよ〜」

「右耳だとオスで左耳だとメスなんだよ」

「へぇ〜」

「猫を捕獲する事を英語でTrap。 去勢、避妊手術はNeuter。また自由に戻す事をReturn。 これらの頭文字をとって『TNR』って言うんだ」

「へぇ〜」

「去勢、避妊手術しないと猫ってどんどん増えていくんだ。メス猫はオス猫より発情期が早くて生まれて5ヶ月〜発情しちゃうんだよ!」

「早い!」

「冬が終わって日照時間が延びてくる2月〜4月と気温が上がって湿度も高い6月〜9月が繁殖期なんだって」

「へぇ〜」

「妊娠期間は2ヶ月くらいだってよ」

「これまた早い!」

「猫の数が増えたらさ、島民の人はご飯や掃除が大変になるし、俺達猫もご飯の奪い合いで争いが増えて怪我しちゃう」

「大変だ〜」

「人間と猫達が平和に共存していく為に去勢、避妊手術は欠かせないんだ」

「でも……どうやって?」

「それがわからないんだ。ある日突然いなくなって、戻ってくると耳カットされてるらしい」

「シマさんは耳カットないですね」

「そうなんだよね〜」

「僕は去勢されてるのに耳カットないですよね?」

「だってマーブルは家猫だったから〜」

「でも僕1人でしたよ、メス猫がいなければ増える心配ないですよね?」

「スプレーさせない為じゃない?くっさいからさ〜」

「なんか色々事情があるんですね〜」

「そうだね〜」

「でもシマさん、色々知っててすごいですね〜」

「全部先輩から教えてもらったんだよ」

「師匠が?」

「そうそう」

「さっすが師匠だな〜」


お待ちかねの口笛時間。

僕は耳カットの猫を見つける事に夢中になってご飯を食べるのを忘れてしまった。


「おぃ!新入り!」

「えっ!」


振り返ると肥えた茶トラ、ボスが魚のブツ切りを放り投げてきた。


「これでも食っとけ!」

「あ、ありがとうございます!」


ボスはブツ切りを拾い直し、口いっぱいにして白キジさんがいる公園へと向かった。







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